第53話 初めての模擬戦③




 

 あの後、千堂は一旦体勢を整える為にフオンから直ぐに離れると息つく暇も付かずまたも一瞬でフオンの元に近付き、斬撃を打ち込んだ。


「オラっ!!」


 上段から打ち付けるように自分の背丈を超える大剣を軽々と操り、フオンに容赦なく叩きつける。


 ガキンッ!!


 金属と金属が打ち付けられる音が鳴る。


 そんな中、千堂の猛威をまた難なく受け止めるとただフオンは自分が持つ片手剣で軽く押し返す様に弾く。


「…………」


 無言で自分の攻撃を弾くフオンを見て「これでも本気でやっているんだが、なぁ!」と呟くと尚も、諦めずに猛攻を止めない千堂。弾き返された状態から回転するとその勢いのまま叩きつける。


 ガキンッ!


 ただし、その斬撃もフオンに簡単にいなされていたが。


 それでもめげない千堂は何度も何度も自慢の剣撃をフオンに打ち込んだ。


『『『────』』』


 そんな二人の強者の闘いを息を呑みながら観客席で観ているネロ達。


 千堂の連撃は凄い。凄いのだが、それを軽くいなすフオンはもう訳が分からなかった。


 それから一合、二合────と、もう何合剣を併せたかは分からなかったが、ついに千堂は汗だくになるとフオンから1メートル程離れた場所に退避し、無様にも膝をついてしまった。


「ハッ、ハァ、くそっ!強いとか言うレベルじゃ、次元じゃねえぞ────コレは」


 膝をつきながらもフオンを見つめて千堂は呼吸を整えていた。


「…………」


 逆にフオンは汗など一切もかかずに初めと同じ様に涼しげな表情をしながら千堂をただ佇むと見ている。


 冒険者達はそのハイクオリティの闘いに全くついて行けていなかったが、一つだけわかることがある。

 それは、と。千堂も言っている通りに強さのレベルがベクトルが違うのだ。


 フオンと千堂の間には絶対に越えられない壁が存在する様に見えた。汗をかかない。息切れしないのは当たり前だが、それでも凄いことだが、フオンは「スキル」を一切使わずに素のままで闘っているのだ。


 それも初めにいた位置から一歩も動いていない状態で。


 その事に誰もが驚きを隠せなかった。


「────千堂さん。このままじゃあただ、アンタが無様に俺に手も足も出なく終わるだけだ。が、それは俺も本意じゃない。だからアンタの本気を見せろよ?あるんだろ?とっておきの「スキル」が?」

 

 フオンにそう問われた千堂は諦めたのか天を仰ぐと、今まで以上に真剣な表情を作り、フオンを見てきた。


「────ふう、分かった。フオン君の言う通り俺も奥の手を使う。これは対魔物用の技なんだが。んな事を言っている場合じゃないよなぁ………」

「そうだ、使いどきに使わないと宝の持ち腐れだからな。今、俺に見せてみろ」


 自身の剣を床に刺しながら腕を組むフオンはそんなことを千堂に伝える。


 ただ、言われた千堂は苦笑いを浮かべてしまう。


「………これじゃあ、どっちが教官か分からなくなるわな」

「………確かに」


 そう二人は話すと少し笑い合った。


 が、それも一瞬で千堂が持っている大剣を目の前に掲げるとある「スキル」名を呟く。


「………今から見せる「スキル」は数多の俺の想い、想像を具現化した「スキル」だ。恐らくフオン君には通用しないだろう。だが!それでも俺はこの「スキル」に賭ける!────『剣生成』!出力MAX!────そして、形を、為せ!!」


 千堂がそう「スキル」のトリガーの言葉を紡ぐとフオンを囲む様に数多の光が宙に生成された。


「────ほう?」


 その光景を見たフオンは少し感嘆の声を上げていた。


 その光は次第に様々な剣の形を生成するとフオンを囲む様に剣先を向ける。そのまま空中に固定された様に止まった。


「どうだ?コレが俺が今出せる最大火力の「スキル」だ。その名を『剣生成』。自分が想う剣を想像して投影する技、俺はこの「スキル」で【投影技法】という二つ名を持っている」

「────二つ名はどうでも良いが、面白そうな技だ。やるんだったら早く見せてくれ。俺に奥の手を見せてくれるのだろう?」


 フオンは敢えて煽る様に片手を前に出すと「クイクイ」と動かす。


 千堂はその煽りに乗る訳では無いが、自分の奥の手を見せても動じないフオンを見て決心した。


「────分かった。君の望みだ、そして俺の腕試しでもある。だから今、君に挑み限界を越える!────彼方へと全弾、放射!!!」


 千堂の号令が響き渡ると空中で留まっていた魔法の剣は一切にフオンに放射された。


 今、目前に数百、数千の剣山が押し寄せてくるのにフオンは不適に笑うと持っていた片手剣を生面にただ、構えた。


「────その限界を、打ち砕く」


 フオンはそう呟くとフオンに到達した剣から、片っ端に自分の剣を払い弾き返していった。


 キンッ!────キン!キン!キン!キキッン!────キキキキキッキキキィン!!


 と、絶え間なく闘技場内に金属と金属がぶつかり合う音だけが響き渡る。


 普通だったら、そんな沢山の剣を弾くなどという芸当は到底無理だ。だがフオンには出来る。その神がかった動体視力、鍛えた身体、一億年という長い年月で培った経験・技術、底から溢れる力はフオンを裏切らない。


 そんなフオンには数多の剣を一斉に弾く事など造作も無い事だ。その方法は実にシンプルで自分に向かってきた剣を弾く。弾く。次に押し寄せてくる剣よりも速くコンマ1秒に満たない速度で動いてただ、捌くだけの簡単な作業だ。


 それを何度も、何度も、何度も何度もただ同じ事を繰り返すだけなのだから。


 今、フオンが使っている何も装着の無い片手剣は一見ただの剣の様に見えるが、そうではない。この剣はネロが元々いた「異世界ノクナレア」で手に入れたどの鉱石よりも硬いと名高い「」の武器なのだ。


 武器の材料は他に鉄、銀、鋼。ダマスカス鋼、オリハルコン、ミスリルなどが上がるが。地上に出る前に試した結果、フオンが振るってその力に耐えうる武器がヒヒイロカネ製の片手剣だけなのだ。なのでフオンは今も愛用をしている。


 ただ一つ面倒臭い事と言えば、力の制御だ。自分の思い通りに剣を振れば一振りでこの闘技場など吹き飛ばしてしまう威力を持っている為に力のセーブが一番大変だ。


 だが、そんなフオンの考えなど知らない人々達は普通の人とは違う常識を逸だしている目にもたまらぬ動きを、神がかったその光景を見て、何が起きているかは分からないながらも千堂を含める人々は傷一つ負わないフオンを見てあんぐりと皆一様に口を開けて見ている。


 その光景は正に開いた口が塞がらない状態になっていた。


『『『…………』』』


 そんな中、フオンはただ黙々と剣を弾き落とす。 


「────はっ、はははっ!こりゃあ凄えや。避けるものばかり思っていたが全弾弾き返してやがる。それもその弾き返した剣を観客に当てない配慮もしながら………」


 強力な「スキル」を使った代償か脂汗を流しながらその場で蹲り顔だけ上げた状態で今もただ自前の剣で弾き返しているフオンを見ている千堂はそう呟く。

 今、千堂が言った通りフオンはただ、剣を弾くだけではなかった。剣を弾くと共に観ている観客に決して被弾させない様に精密な腕捌きで剣を扱う配慮までしているのだ。


『────ありえねぇ、だろ』


 そんな中、一人現実で起こっている事が信じられずそう言葉を漏らした冒険者がいた。


 そんな冒険者の言葉を耳聡く聞いていたフオンはその言葉に剣を弾きながらも反応する。


「ありえない、か。だが目を背けるな。今起きている事は現実なのだからな」


 ただ、そう返された冒険者はそれでも「いや、だとしても無理だろ。そんなんもう人間技じゃないだろ………」と呟いた。


 他の見ていた人々も同じ気持ちなのかその冒険者の言葉に同意する様に頷いていた。


 でも、フオンだけはその言葉を否定する。


「────"無理""無茶""無謀"。それらは簡単に言葉に出来る。それに止めるのは諦めるのは簡単だ。だが、それで良いのか?人間は少しでも常識を越える事を間近で見ると諦める。少しでも困難な事に立ち会うと逃げ出す。何もせずに停滞している人生などに意味はなく。甘えるのも、大概にしろ」

『『『…………』』』


 そのフオンの言葉に誰も言い返せなかった。


 それはそうだ。ここにいる人々のほぼ全員がフオンの言葉に当てはまるのだから。


「血反吐を吐きながらも努力をして、それでも叶わない奴が初めて────諦めの言葉が言える。なのに多少の事でウダウダと言うな。常識に囚われるな。自分の考えが全て正しいと思うな。ルールなど捨てろ。全てを疑え。そして、お前らの粗末な考えで────物差しで────物事を、測るな!」


 フオンはそう叫ぶと今までよりも剣を振るう腕にほんの少しだけ力を込めると────押し寄せてくる残りの剣を全て一閃の元に弾き返した。


 そんな光景を見ていた冒険者達からある言葉が呟かれた。


『────凄い』

『アレが人間の到達点、なのか?』

『………ルールに囚われない姿、抗う、常識が通用しない存在。それは、正に────「」』


 ────と。


 観客に徹している人々は口々にそう呟く。


 そんな人々は初めフオンの強さに圧倒され恐怖を畏怖を感じていたが、今は羨望、情景の様な眼差しを向ける人々で溢れかえっていた。


 そんな中、フオンは千堂に顔を向ける。


 そのフオンの表情は無表情になっており、完全に千堂から興味を失っていることが伺えた。


「千堂さん。俺が言うのもアレだが「S」ランクの強さはこんなものなのか?正直に言うと────期待外れ。簡単に言うと、弱すぎる」


 そんなフオンの何も包み隠さない言葉に千堂は苦笑いを浮かべてしまった。


「………これでも俺は強い方だぞ?他の「S」ランクや「SS」ランクの奴らは分からんが、俺は自分が強いと自負して────いた」

「ふむ、アンタは一応俺との闘いで自分の強さが本物では無い事に気付いているか」


 千堂の負け惜しみなど言わない素直な言葉にフオンは好感を持っていた、それも過去形で自分は強く無いと自覚できているのだ。


 なのでそんな千堂に一つアドバイスをする事にした。


「千堂さん。アンタが俺に攻撃を届けられないのも体力の減りが違うのも理由がある。単純にアンタは「スキル」に頼りすぎだ。見ていたら分かる。自分の「スキル」に体がついていけずにいる。"自分"では、"周り"からはしっかりと扱えてる。闘えていると思うかもしれんが俺からしたら遊戯に等しい」

「────俺は「スキル」を扱えていないと、フオン君はそう言うのか?」


 そんな千堂の言葉にただ頷く。


「そうだ。自分の「スキル」だから多少は使えている様だが所詮は多少に過ぎない。それ以上の域に到達しない。だから弱い。だから息切れをする────だから「スキル」を一切使わない俺に、何も届かない」

「────ぐっ!」


 フオンに駄目だしを喰らった千堂は何も答えることが出来ずに下を向いてしまった。


(────俺も言い過ぎた感はあるが、これが冒険者協会のトップの力と言われると納得がいかん。俺が昔目指した冒険者はこんなにも弱い存在だったのか。だが、これで自分の未熟さを気付けただろう)


 その事にフオンは少し言い過ぎたかと思っているが、これで自分の未熟さに気付けたなら良いだろうとそう、思っていた時、観客席で見ていた一人の冒険者が立ち上がるとフオンの元に近付いた。


 その冒険者はフオンとネロとは違くてなんちゃって初心者とは違う、本物の初心者装備を身に包んだ男性冒険者だった。


 そんな初心者冒険者は千堂を庇う様にフオンに向き合った。


 その姿は悪に立ち向かうヒーローの様に周りからは見えて実にカッコいい姿なのかもしれないが、フオンからしたらただの馬鹿、あるいは愚者が躍り出てきたのに過ぎなかった。


 



 

 









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る