第52話 初めての模擬戦②





「いやーさっきのネロちゃんの魔法は凄かったな!次は兄のフオン君と俺の模擬戦か!楽しみだな!!」


 さっきの事は無かったことにしたいのかやけに大きい声を出すと千堂は2メートル先に待機しているフオンに大袈裟に笑いながら話しかけた。


 フオンもフオンで別にさっきの男性陣の痴態をわざわざぶり返す程、ねちっこくは無いので、忘れることにした。


 今、二人は闘技場の再度に2メートル程離れた場所で話し合っていた。


「まぁ、楽しみではある。「S」ランクの冒険者がどれ程強いのか」

「「S」ランクの俺に物怖じしないフオン君が凄いのか、それを認めてる俺がどうかしてるのか、もう訳がわからなくなるな!」

「………それも、この試合で分かるだろ」

「だな!」


 フオンと千堂はそんな会話をしていた。


 普通は不自然な状況だ、絶対強者であるはずの千堂に"初心者"であるはずのフオンとこんな会話をしているのだから。

 それに聞いていたり観ている冒険者達は何かヤジを入れて来てもおかしくない状況だが、誰一人として何も言う人物はいなかった。


 それはフオンが強いという事を分かっているからだ。妹のネロがあんなに規格外な強さなのだからそう思うのは当然だろう。それに初め千堂がフオンを危険視した時点でフオンがとんでもない人物なのは解りきっていた。


 なので今から始まる模擬戦を今か今かと待ち望んでいた。


(………当初は目立たず冒険者ランクを上げて「ダンジョン」に潜るつもりだったが、それももう破綻したな。まぁ、こうなったら後は身バレをしない様に出来るだけ「工藤幸太」だった頃の感情を、気配を消すまでだな………)


 フオンはそう考えると意識を切り替えることにした。


 フオンがそんな事を一人考えていると千堂からある提案を受けた。


「フオン君、俺が言うのもアレだが君の「スキル」の「音」と言う物がどういうものか戦う前に見せて貰っても良いか?君の強さは肌で感じているからよく分かる。けどそんな君が使う「スキル」は「ステータス・レベル」など関係なく────怖いんだよ。フオン君がよければで良いからさ?」


 そんな千堂の言葉に「スキル」など本当はないと皮肉げに言いたい衝動はフオンにあったが、抑えて応えることにした。


「別に良いぞ?それに俺の「スキル」は使わないつもりだったが、まぁ、観たいと言うなら見せる。ただ、威力が出過ぎる恐れがあるから天井に向けてやるぞ?」

 

 千堂の案に特に否定をせずにフオンは乗ることにした。


 その事に千堂も少し安堵していた。


「あぁ、ありがとう。君の好きな様にやってくれて良いぞ!」

「分かった」


 許可を貰ったフオンは千堂から少し離れると自分の右腕を宙に向けると前に出し説明するように喋り出した。


「………俺の「スキル」の説明をするとその名の通り「音」だ。簡単に言えば音が関係する事だったら何でも出来る。今から見せるのは単純な音の威力だ────「音となりて空間を破壊せよスナップ」」


 フオンはそう言うと右手の親指と中指を宙に向けたままスライドさせて「スナップ」と呟いた瞬間────フオンの右手から「パチン」という小さな音が響いた。


 ただ、音が響いたと同時に────



 ボフンッ!



 と、そんな音の後に普通だったら出るはずのないとてつもない風圧がフオンの指から発生し、空間を揺らした。


 その揺れはフオン達が立っている闘技場自体をも揺らした。


『『『────ッッ!!?』』』


 フオンが起こした現象に驚いたネロを除く人々は声に出せない悲鳴を上げていた。


 5分程すると悲鳴を上げていた人々は落ち着きを取り戻した様だが、ありえない物でも見るようにフオンに畏怖の様な感情を向けていた。 


 そんな中、千堂は声を掛けた。


「────最初会った時から。ネロちゃんの兄だから、強いとは思っていたけど君の「スキル」がここまでの強力な物だとは思わなかったよ。それでもさっきの話し振りではフオン君は「スキル」無しでも、強いと?」


 その質問にフオンは頷くとここにいる人々に聞かせるように口を開いた。


「そうなるな、はっきり言うと俺は強い。自慢をする気など更々ないがな」


 フオンはそうどうでも良いと言う様に呟く。


「………フオン君が強いと言うのは分かった。でも、それでも「スキル」を使えばもっと強いはず、じゃないのか?」


 千堂がそう聞くと、聞いていたフオンは首を振ると目を瞑り、口を開く。


「────この世界は今は「スキル」が人々の"基準、価値、全て"を占める。だがその「スキル」自体もつい最近人の日常に土足に入ってきた言わばのような物だ。そんなものが無くとも強い人間は強い。「スキル」に踊らされている人間などただの愚者、或いは弱者だと俺は思う。よく子供の頃思っただろ?「魔法が使えたら〜」、「もし自分に特別な力があれば〜」、と。それはただの夢物語空想に過ぎなかったが、実現された」


 フオンは自分が「」など持っていないという事を悟らせない様に話しだす。

 話していたフオンは一旦話すのを止めると何の感情も持たない瞳で自分の手を見つめた。


 その際、千堂と他の観客に達している人々はフオンの言葉に耳を傾けている。


「────ただ、実現されたは良いが楽しくて自分が強くなったと錯覚して呑気に力の自慢をする人々がいる。それを愚者と言わないで何と言う?だってそうだろう?その力は所詮"貰い物・紛い物"に過ぎん。なのに喜ぶなど滑稽にも程がある。努力して血反吐を吐き手に入れた力に勝る通りは無いんだよ。だから無闇矢鱈に俺は「スキル」を使わない。はっきり言うと俺は「スキル」が────嫌いだからな」


 フオンはそうありもしない事をいけしゃあしゃあと話した。


 ただ、最後の「「スキル」が嫌い」という所だけは何処と無く本気でそう思っている事を感じさせた。


 そんなフオンに千堂は少し声をかけにくそうにしていたが、なんとか声をひりだした。


「────なら、ならだ。今からフオン君は「スキル」を一切使わないで模擬戦に挑むと言うのか?」


 その質問に一切の躊躇いもなくフオンは頷いた。


「あぁ、勿論。ただし千堂さん。アンタは「スキル」を存分に使ってくれ。というか使ってくれなくちゃ困る。勝負にならないし、俺が楽しくないから、な?」

「………それは大きく出たな。と、普段なら言いたい所だが君の言葉には何処か信憑生がある。これはただの模擬戦だ。だが、君の言う通り本気で行かせてもらおう!」


 普段の模擬戦であるなら模擬戦様の木刀を初心者と教官のどちらも使う決まりだが、そんなものを使っている余裕は千堂には無かった。

 なので千堂はそう言うと気迫を高めるようにその場で自分の背負っていた大剣を勢いよく抜刀し、フオンに剣先を向け、戦闘態勢に入った。


 その様子を興味深そうに腕を組み、フオンはただ見ているだけだった。


 周りで観戦しているネロ達はどうなるか様子を見ている。


 何故か審判役をやらせられている蔵はフオンと千堂の両方にさっきから視線を忙しなく向けながら戦々恐々としていた。


 ただ、念の為ネロが気付かれないように安全の為に蔵の身体に幾重もの結界を張っている。


 そんな中、千堂が口を開く。


「────俺はこれでもこの冒険者協会のトップ冒険者だ。背負っている物もあるし勿論プライドもある。だからここでみっともない真似は見せられない。だから────本気を見せラァ!「身体強化MAX」「鬼神化」「闘気」!!」


 千堂はそう言うと自身を強化する「スキル」名を叫んだ。


 千堂が「スキル」を使うと千堂自身の身体が赤く光ったと共に身体の底から青白いモヤのような輝きが立ち上がり幻想的な光景を作り出していた。


『『『おおっ!!』』』


 その光景を見た冒険者達から歓声が上がった。


 「スキル」には「常時発動型」と、今、千堂が見せた様に自分の言葉で紡ぐ「手動発動型」が存在する。


 常時発動型は持っている人が少なく、希少だと言われていて高い「スキル」の能力を兼ね備えていると言われている。


 手動発動型で「スキル」を使うと目に見える力の本流の様な物が分かるため、千堂が「スキル」を使っている事は分かるが、「鑑定用紙」で見た通りフオンの「スキル」構成は常時発動型は無く、手動発動型だけだったので「スキル」を一切使っていない事が分かる。


 そんな「スキル」を一切使わない(使えない)フオンはその様子を見て少し興味を持ったのか片眉を上げた。


「ふむ、アレで強化されたみたいだな?さて千堂さんはどうでるかな?」


 だか、フオンは呑気にも今から闘う様な動作をせずにただ、千堂の様子を興味深そうに見るだけだった。


 そんなフオンの様子を見た千堂は笑いながらも攻撃の姿勢になると、審判であるはずの蔵の合図を聞く前にフオンにいきなり────突っ込んだ。


 突っ込みながらも上段に掲げた大剣を未だに無防備なフオンの頭目掛けて無情にも振り下ろした。


「いくらお前さんが強いと言ってもこの一撃は、どうかな!?────ふんっ!!」


 ガキンッ!!


 そんな金属同士がぶつかり合った様な音が鳴った後、千堂の剣の振り下ろしの勢いが凄まじかったのか周りを包む様に土埃が舞い上がった。

 その土埃が明けたと思うと、フオンが無造作に前に出し片手で掲げている自分の片手剣だけで千堂の猛威を止めている光景が映し出された。


 その事に全力で攻撃を当てたはずの千堂は宙に自分の身体を投げながら、フオンと鍔迫り合いをしている様な態勢を作りながらも引き攣った表情をしていた。


 本気を出してもフオンなら大丈夫だと思っていた千堂だが、流石に自分の本気の一撃を簡単に止められるとは思っていなかった。


「はっ、はははっ!フオン君────君は本当に人間か?」

「人間だ。お前と同じ、な?」


 ニヤリと笑うと千堂にそう返した。


 その時、決戦のゴングは鳴り響いた。










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