第41話 旅立ちの朝⑤





 フオンが起こした「ダンジョン」の階層崩壊が止んでから少しした頃、ネロは無事にフオンの衝撃を防ぎ切った様だが満身創痍の状態になり恨み辛みを口にしていた。


「────お兄ちゃん〜〜威力を出し過ぎなんだよ。少しは僕の身にもなってよ。今回ばかりは、真面目に死ぬかと思った………」

「────悪い。でもこれで無駄な階層巡りは無くなったと思うぞ?」

「だからって限度があるでしょ、普通」


 笑いながら謝ってくるフオンに恨みを込めた表情でネロは見つめていた。


「本当に悪かったって、なんなら詫びに今から階層を降りる際におんぶでもしてやるぞ?」

「マジで?"お姫様抱っこ"してくれるの!?」

「────いや、誰もそんな事を言っていないが………」


 フオンがそう言ってもネロはそんな言葉がもう聞こえていないのか目をキラキラとさせながらフオンに期待の眼差しを送っていた。


 その目を見たフオンは諦めたのか「はぁ、降りる際の一瞬だけだ………」と思い、ネロに近付く。


「………ほら、ネロ、早く下に降りるから俺の腕に捕まれ」

「うん!僕を何処までも連れてって!!」

「お前は何処に行く気なんだ………」


 フオンは呆れながらも両手を前に出して来たネロをお姫様抱っこすると落ちない様に抱えた。


 フオンに抱えられたネロは────


「フゥッーー!!キタコレ!!お兄ちゃんのお姫様抱っこ!!もう僕は此処で死んでもいい!!────いや、駄目だ!まだ幸太君と────「チョメチョメアレやコレ」する事が残っている!!」


 そんな変な事をフオンの胸に顔を埋めながら興奮した様に呟いていた。


「分かったから静かにしろ。それに俺はじゃなくてな。あまり煩くすると、降ろすぞ?」

「いやだ!いやだい!!僕はここから離れない!静かにするから降さないで!!」

「はぁ、分かった。降さないから静かにしとけよ?それに今から階層を降りるから舌を噛んでも知らないからな?」


 フオンがネロにそう聞くと「了解!」と返事をしてまたフオンの胸に顔を埋めてしまった。


 そんなネロの様子を見たフオンは「もういいか」と思い自分が穴を開けた場所に近付くと何も躊躇なく飛び込んだ。


「さて、下はどうなっているのやら────」


 そんな呟きは階層に降りると共に消えて行った。



 ◇閑話休題いざ最下層へ



 5分程フオンとネロは空中の旅を楽しんだ。


 ただ、下に、下に、降りていくだけだったが重力に引かれながら落ちていくのは意外と楽しかった。


 フオンにお姫様抱っこをされているネロも初めは怯えていたが落ちてから少しすると「うわっーー!空中の旅も楽しいねぇ!」と大喜びだった。


「────と、到着か。地面も周りの雰囲気も俺達がいた1階層と対して変わりはないか………」

「そうだね〜僕も「ダンジョン」の最深部は潜った事なんてなかったから何も知らないからねぇ」


 ネロはフオンの言葉に反応しながらも未だにフオンにコアラの様に抱きついている。


 その事に流石にフオンも注意を入れた。


「────ネロ、もう最深部に着いたから俺から離れろ。というか俺の身体から手を離せ」

「嫌だー、嫌だー!!僕はこのままお兄ちゃんと一心同体だい!!」


 首を振りながらフオンの意見を完全に否定して駄々っ子の様になっていた。


 だが、そんな事でフオンは諦めない。


「ネロ、お前だって早く地上に出たいだろ?前、言っていたよな?地上のご飯を食べたいと?それも叶えるのが遅くなるぞ?」

「………でも、お兄ちゃんに抱き付く機会なんてそうそう無いし………」


 そんな風に言い少し涙を浮かべるネロにフオンは出来るだけ優しく声をかけた。


「安心しろ。また機会があればやってやるから今は一旦離れろ。な?」

「────本当?」

「あぁ、本当だ。こんな事で嘘などつかないさ」

「本当にキスしてくれる?」

「────話題を刷り変えるな」


 そんな話をしながらも漸くネロはフオンから離れてくれた。


 解放されたフオンは今一度最深部の周りを確認してみる事にした。


「………何も無いな、ネロは何かある感じはするか?」

「んーん………ここは最深部の事は確かだけど、多分だけど奥の色が違う様に見える壁が扉になってたりして?」

「ふむ、まぁ、行ってみるか」


 フオンとネロはそう話し合うとネロが気になるという奥に向かってみた。


 近くでよく見ると他の壁と色が少し違く扉の様に見えなくも無い壁だった。


 そんな壁を見るとネロが口を開く。


「お兄ちゃん、これは僕の推測に過ぎないけど本来なら「ダンジョンマスター」────「ダンジョンコアの番人」を倒した際に開く扉なんじゃないかな?以前も話したと思うけど。もしかしたらジャック君が先に「ダンジョンマスター」を倒したから開かないのかも………?」

「ふむ、今ネロが言った事はあながち間違いでは無いのかもな」


 ネロの話を聞き、フオンはそう呟いた。


「まぁ、僕もそんなに「ダンジョン」の構造は知らないからななんとも言えないけどね。どうする、お兄ちゃん?」

「………決まってる。もし「ダンジョンマスター」を倒したら開くとしてももうその相手はいない。なら無理矢理こじ開けるまでだろ?」

「────お兄ちゃんならそう言うと思ってたよ。でもどう壊すの?さっきみたいに風圧が凄いのは嫌だよ?」


 ネロがそう言うとフオンはそんなの分かっていると言う様にニヒルな笑みを見せた。


「安心しろ。こじ開けるのに力なんていらないさ、やるのはただ裂くだけだ………」

「あー、「スラッシュ」を使うんだね。まぁアレだったら簡単だね。切り裂くのに特化してるし威力が強いから「ダンジョン」の壁なんてバターの様に切っちゃうでしょ?」


 今ネロが言った様にフオンが考えた自分の「スキル」の一つの「スラッシュ」を使うと言った。


「────恐らくな。ただ、ネロに当たる事はないと思うが危ないから少し離れてろ」

「分かったよ!」


 そう言うとネロは反論する事なくフオンの側を離れた。


 離れたのを確認したフオンは壁に右手の薬指を向けると指を振りながら「スキル」の名前を呟いた。


「────裂け────「断罪せし刃スラッシュ」」


 ただ、その言葉を呟き薬指を高速で三振り振る仕草だけをしただけで────



 スパパパパッ!!



 と風邪を何かが切った様な音が聞こえたと思ったら、フオンの目の前の「ダンジョン」の壁が「ガラガラガラッ」と音を立てて呆気なく崩れた。


 今、フオンが行ったのは素早くただ自身の薬指を振っただけだ。


 ただ、あまりにも早い振り、力を込めた薬指からは目に見えない"真空波"が発生し「ダンジョン」の壁をいとも簡単に裂いたのだ。


「────こんなものか」

「わお!いつ見てもお兄ちゃんの「スラッシュ」は凄いねぇ。惚れ惚れする程の切れ味だよ」

「見ていても意味が無いから、先へ進むぞ」

「うん!」


 フオンとネロはそう言うと空いた壁の向こうへと入ってみた。


 中は自分達がいたさっきまでの空間と殆ど変わりは無かったが、今いる場所は真ん中に透明の水晶の様な物が宙に浮いていた。


 恐らくそれが「ダンジョンコア」だろうと思い2人は近付いた。


 近付くと「ダンジョンコア」も勿論気になるがそれよりも気になる"物"が2人の目に入った。


「────これは、紙切れか?」


 フオンはそう言うと「ダンジョンコア」の近くにあった少し古びた紙切れを屈んで手にとった。


 そこに書かれていたのは────



『2人共また会おう、俺は先に地上に出ている』



 という簡素な内容だった。ただ、その短い文章だけで2人は"誰が"この紙をここに置いたのか"何を"伝えたかったのかは伝わった。


「────ははっ!分かっていた事だがちゃんと"ジャック"はここまで来たみたいだな。先に地上に出てるか。また、会いたいな」

「だね!ジャック君も無事みたいだね!また会える日を楽しみにしているよ!!」


 2人は遠い場所にいる友人に想いを馳せる様に目を瞑り、呟いた。


 そんな2人の顔は何処か晴々としていた。


「………アイツが先に行ってるんだ、俺達がこんな所で立ち止まっている場合じゃ無いよな………」

「そうだね、僕達も彼の元へ、先へ進もう」

「あぁ」


 2人はそう話し合いと「ダンジョンコア」の元へ向かいそれをフオンがただ触っただけで「ダンジョンコア」は砕け散った。その瞬間2人の身体が光り始めた、恐らくそれは「ダンジョンコア」を破壊したことによる地上への「強制送還」が始まった証拠なのだろう。


 その送還の残り時間を使う様に2人は地上に戻る前に話し合う事にした。


「お兄ちゃんは────いや、は地上に戻ったら初めは何をするんだい?」

「俺か、俺は────風呂にゆっくりと浸かりたいなぁ。その後は当初の予定通り冒険者協会に行って冒険者登録だな。逆にネロは何がしたい?」

「僕は君となら何でも何処へでも行けるなら良いさ。ただ、一つ美味しいデザートなんかを食べたいかな?」


 そんなネロの言葉を聞き幸太は「そうか──」と呟いた。


 その時、一段と自分達を包む光の強さが増した様な気がした、それは時期地上に戻る合図なのだろう。


 だから最後の言葉を言うために幸太は口を開いた。


「此処からが俺達の始まりだな。とても長い、随分長い時間待たせた気がする。でもやっと世界を、知れる────」

「そうだね。ただ、幸太君はやっぱり"善と悪"は、どうでも良いと今もまだ思っているのかい?」

「今も変わらないさ。俺は俺が俺であれる様にただ、突き進むだけだ。その道に善と悪など不要の長物だ」


 その話を聞くとネロは少し悲しそうな表情を見せたがそれは一瞬の事で直ぐに笑顔を作った。


「────そっか。それが君の答えなら僕はもう何も言わないさ。ただ、たださ?こんなのはどうだい?」

「ん?何かあるのか?」

「あるさ。とても楽しそうな事が!」


 ネロはそう前置きをすると話し出す。


「────普通の日常が壊れ、非日常と変わってしまったこの世界は「勇者や英雄救世主」を求めている。いずれ僕達が追っている「ダンジョン」の異変が起きている事を察知してを正すだろう。でも僕達はどちらにも属さない。だがらさ────」


 そう一旦言葉を止めると幸太に悪い笑顔をネロは向けると口を開く。


「そんな彼等の事なんて知らないと言う様に周りを………全てを掻き回してやろうよ?僕達はそれが出来て、自由なんだからさ?」


 その話を聞くと幸太もネロ同様悪い笑みを浮かべた。


「────それは良い。楽しそうであり面白そうだな。どちらの味方でもなく敵でも無い存在、か。良いじゃ無いか!最高だ!それに俺達は自由だ!何もかも掻き乱してやろう!!」

「君なら同意してくれると、そう言うと思ったさ!────僕は妖精王であり君の、工藤幸太の相棒ネロ!今からは君の妹の────「」!!」


 そう言うとネロは幸太に向けて握り拳を向けた。


 そんなネロに応える様に幸太もネロのその握り拳に自分の拳を合わせると口を開く。


「あぁ、俺は世界各地の「ダンジョン」を攻略する者、力を欲した渇望者。「スキル無しウァースリィス」工藤幸太!ネロの相棒であり────今からはお前の兄の────「」だ!この世界を俺達でひっくり返してやろう!!」

「あぁ、君の、思うがままに!」


 そう言うと2人はどちらからともなく笑い合った。


 その時先程よりも強い光が周りを照らした、それは2人の未来を照らしている様に思えた。


 2人は地上に送還されるまでそれ以上は何も発することなく向き合い笑っていた。




 2035年4月6日 20時40分「隠しダンジョン」通称────「川越ダンジョン」崩壊。


 "工藤幸太"が遭難してからそんなに時間は経っていないため、誰も「川越ダンジョン」が崩壊したなど気付いておらず。

 

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