第135話

宿屋兼紳士専用酒場兼鍛冶屋というフルコースメニューのような機能を搭載されたもはや何が何なのか原型をとどめていないほどごっちゃになった店それが『無銘天元』。

来るやつは大体がタキシードを身につけたドワーフでありちょこちょこ人族もいるって感じだ。

それでいてくる客は聞き耳を立てるとわかることだが格式の高い人物ばかりであることが確認できる。


例えば青髭のタキシードを着たドワーフは子爵家の執事だったりそこで姿勢を正しながら巨大なジョッキを口に傾けている人族は伯爵家の執事だったりする。

そして極め付けはこの宿屋を経営するドワーフは公爵家の元執事だったりする。


…ここにいるだけで正気度がゴリゴリと削れていくような気がする。

なんていったって私が住む世界が違う程に情勢の話や領土の話が飛び交っているからだ。

こんな時だけ自分のこの全てを認識しようと情報を過剰に集めて来る耳が憎らしく思えて来るわ。


そんなことを考えながら何となく宿のカウンターに頭をつけ情報過多になった頭を整理していると前の方からの視線を感じそちらを向く。

そこには先程まで難しい話をしていたこの宿の主人がこちらのことを観察するような目を向けて立っていた。


「もし…お客様もしかして貴方様は…『小さき英雄』様ではございませんか?」


その言葉にその名に私は肩を揺らす。

それは今になってはもはや黒歴史と化した二つ名である。

『小さき英雄』は今では当初の噂話程度の名前ではなくなり色々な脚色そして度重なる情報錯乱により原型すら留めていない本にまで発展してしまった。


そんな黒歴史をよりにもよってこんな格式の高いで聞くことになるとは…。

ここは素直にうなづくべきだろうか?

それとも隠し切るべきだろうか?


そんな考えをしながら宿の主人を見るともはや確信しているかのようににこやかにコチラを伺っていた。

うん…隠し切るなんて無理だね。

何せ相手が確信してしまっているんだもんそれに元とはいえ公爵家の執事をしていた人?だよ?


「えぇ…まぁ一応そんな感じです。はい…」


「おぉあの物語の元となった人物に会えるとは至極感激でございますね」


宿の主人はそう大袈裟に言うと周りにいたタキシードを着た連中もザワザワしだし「あの『小さき英雄』が」とか「良い話ですな」とか言い出す始末だ。

本になった『小さき英雄』それはそれこそ色々な脚色をされているが一つだけ変わらないことが混じっている話だ。

その一つの事実というのが国賊である参謀によって戦死させられたという話だ。

まぁ当の本人はこうしてのうのうと生きてるわけだが。


おそらくこの話を書いたやつはあの戦線にいた誰かなのだろう。

話にするぐらいの勇気があるぐらいなら助け出して欲しかったとか思ってしまうが…まぁこんなの書くなんて役職で言えば文官くらいだろうしそんな勇気あるわけないか。

…それのおかげで今回の処刑が民間で支持されて行われるわけだしそいつには感謝しなきゃいけないな。


というかこの『小さき英雄』という二つ名も今になって考えてみにゃ見事策略にハマったと思わざるおえない。

有り体に言えば英雄というのは子供から大人まで憧れる…まぁ名を冠するだけでもすごいとされる称号だ。

それをその場にいた小さな子供が戦線で活躍して自らの力で取得したらどうだ?

さらにそれが力を有する貴族ではなく町民またはスラムの人間だったらその評価はどうなると思う?


答えは単純だ。

町民やスラムの人間であっても成り上がれるそんな希望が民間人の間で広まりそいつは英雄視される。

それは民謡にされ話になり話題は広まり一つの活気につながる。

当の本人がそこまでの実力が無かろうと活気をつけるためならば人一人を英雄に仕上げ注目させる。


イードラ王国は帝国に攻められ国宝まで盗まれた…それがわかった際に大きな反響を呼んだ。

財務大臣が宝物庫を見て騒いだお陰で新聞にまでなって王権の危機とまでされた。

その危機を塗りつぶす材料とされたのが『小さき英雄』というわけだ。


できた話だと思わなかったか?

私にこう易々と英雄なんて呼び名がつけられるなんてさ。

今となっては馬鹿な話だと思ってしまうよ。

だからこそ『小さき英雄』なんて黒歴史だ…できれば呼ばれたくない。


「『小さき英雄』様はもしかしてあの国賊の処刑をご覧に来てくださったのですかな?」


「…あぁそうだよ」


私は一瞬あの顔を頭によぎらせながら口で肯定の言葉を流す。

そう言うと宿の主人は「そうですか…」と少し悩んだ素振りを見せると何か決心がついたかのように目を見開き宿の奥の方へといってしまった。

周りいるジェントルメンは「主人の悪癖が出てしまいますな」やら宿の主人がいないことをいいことに色んなことを口々に発している。

そして数分後宿の主人は一枚の紙を持って私の元へと訪れた。


「コレを処刑の時に国の騎士に見せてください…それさえあれば特別に良いところで見ることができますゆえ…では楽しんでください」


そんな言葉と共に一枚のチケットを私は受け取った。

私は若干口元を引き吊りながらぎこちない笑顔でそれを受け取ることとした。

処刑に良い場所も悪い場所もないと思うんだが…やはりこの時代というのは正直いって私には合わない。


何せ処刑というのはこの時代…中世のようなこの世界では処刑というのは娯楽であるから。


処刑が行われれば経済が回る。

人の口が周り悪口や日々の愚痴のはけ口をそして石を囚人、罪人に投げ飛ばされる。

それがこの世の庶民の娯楽である…なんとも腐りきった常識なのだろうか。

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