第124話

『蜘蛛の粘玉』を作ること2時間後…私たちはその日の部活動を終了し皆で帰路につくこととした。

錬金術で錬成した『蜘蛛の粘玉』はそれほど多くは出来上がることはなかった。

何せ作れる人物が私とネルちゃんぐらいしかおらず他のクラスメイトは失敗続きで作れる人がかなり限られていたからだ。


私がこうして作れたのは…おそらくというか結局はレベルが高かったからとしか言いようがないだろう。

ということはネルちゃんはレベルが高いっていうことになるがまぁ元から錬金術に精通していた彼女だ。

多分錬金術で失敗しない方法とか身についているのだろう。


そんなことを考えながら歩く帰り道私たちは皆と別れ自分の寮へと帰る時だった。

ガサッという音と共に何かが飛来してくる影が視界の端に確認できた。

脊髄反射でそちらを向くがもうそれは遅くその影の姿は一人のクラスメイトの首へ深々と突き刺さっているのが確認できる。


一瞬の静寂そして絶叫の声が辺りに響く。

一人のクラスメイトの女子が叫び出したのだ。

それを皮切りにその場を逃げ出すクラスメイト達一番は自分の身だと考えた結果なのだろう。

足早にその場から逃げようとして地を蹴り空振る足を必死にばたつかせ動き回る。


「落ち着いてくれッ!各自防御体勢をッ!」


そう、その場にいた一人である殿下が指示を叫ぶがそんなもので人が急に落ち着くなんてことは無くクラスメイト達は逃げ出そうと足を手を腕を使って逃げ出す。

こうなれば仲間なんてものは関係ない。

ここにいるのは瞬時に統率が取れる訓練を受けた騎士ではなく逃げる訓練も防御をする訓練もましてや統率を取る訓練すら受けたことがない子供だけだ。

自分が、自分が助かれば良いという我を出し人を蹴り落とす醜くそれでいて実に人間らしいその姿が私の目に映った。


助かりたいための行動は一つの出来事を生んだ。

それは弱いものいじめだ。

自分が助かりたいためにはどうすれば良いかと考えた結果たどり着いたのは遅れれば狙われるという単純なこと…考えれば直ぐに実行に移すのが無駄に自分に価値があると考える人間だ。

そうして彼は足が遅くこの中で一番価値のない人間を自らの手で押し除け転ばせた。

彼は逃げる…自分がやったことをその場では考えず自分がやったことこそ正義だと信じきって走る。


「まさに阿鼻叫喚と言ったところかな?」


そんな光景を私はただ黙って見て一言呟いた。

足を動かし首に矢が突き刺さったクラスメイトを見る…失血多量でこれじゃあもう助からないだろう。

いや私だったらもしかしたら助けられるかもしれないがまぁそんな義理をする相手じゃない。

私はその矢が飛んできた方向を見る。


そこには木の上に登ってこちら側に矢をつがえ今にも逃げ惑うクラスメイトに向かって矢を射ろうとしている一人の男性の姿が見えた。

服からしてこの学園の生徒なのだろう。

何故ここの生徒なのにその生徒に向かって矢を射ろうとしているのだろうか?

まぁそんなものはどうでも良いことか…殿下は…まだこの学園を出ていない。


「はぁぁぁ…面倒くさい」


ため息を吐く。

殿下がまだこの学園から一歩も外に出ていないということは私はまだ殿下を守る護衛としての仕事をしなければならないということ。

つまりは殿下を守るための行動を強制的にしなければならないということであり。


人数は…一人だけか。

もうちょっと奇襲なんだし暗殺者とか雇っているものだと思っていたがなんというか拍子抜けだな。

マジで単独の犯行なんて…ちっとも面白くない。

やるからにはここの全員を暗殺するぐらいの気持ちで人数揃えてきて欲しいんだが…その方が敵の戦力を減らせるし。


「ここは風でいいか…新緑なる風よ…我の敵を吹き飛ばせ『ウィンド』」


そうして魔法が発動し強風が木に向かって放たれる。

その風により木は枝を揺らし葉と虫を吹き飛ばし風に煽られ足を滑らせ矢をつがえていた男性は木から落ちてくる。

私はその隙を逃すことなく脚に力を入れて地を蹴り一気に近づくとその男性の首根っこを掴み取る。

ここは殺すべきだろうか…それとも気絶させとくべきだろうか?


そのままその男の首を掴み思考すること数十秒後後ろから殿下が「殺すなッ!」という声が聞こえたためその掴んだ首の力を緩めいつの間にか来ていた騎士に任せることとした。

その脚で人集りができている方へと足を進めるとその中心には先程首に矢を射られたクラスメイトの姿があった。

クラスメイトはぐったりとしているが息をしている。

どうやら通報を受けてここまで来たこの学園の保健室の先生が魔法で治療しているらしい。


そういえばこの世界には身体の回復を促す魔法があるということをすっかり忘れていた。

確か水と光の魔法には回復する魔法があるんだっけか。

それ以外には…神聖魔法という神の信徒になることによって身につく特殊な魔法が回復する手段を持つんだっけかな?

そんなことを考えていると殿下がこちらに向かって歩いてくるのが見えたのでそちらへ顔を向ける。


「すまないなこんなことになってしまって…疲れただろう?もう解散だから各自夜道に注意して帰るように」


そうクラスメイトの全員に聞こえるように伝えると殿下はどこか重い足取りでその場を去って行く。

それぞれが重い足取りで帰って行き…その場には私と二人の女子が残った。

一人は暗い顔をしたネルちゃんそしてもう一人は顔を青くしてその場に蹲り震える名前を覚えていない女の子。

確かこの子は…あぁ逃げる時に囮と言わんばかりに転ばされた子か。


「もう今日は帰ろうかな?」


そう聞こえるように呟き足を寮に進める。

私はついてくる二人分の足音を耳で聞き取りながらゆっくりとそれでいて不自然ではないように足を進めた。

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