第29話
エイドは、絶句した。
スリープはギリッと口の中を噛み締めた。悔しさからだろうか、口の端から血が滲み出る。
「『あの日、助けられたのはスリープだけでした。エイドを含めた他の船員は、その時すでに手がつけられない状態でした。――助けようとした! でも、無理だった。……彼の声が聞こえないのは、エイドたちが死者であるから。スリープは生者であり、生きる世界が違うから聞こえないのです』」
「死者だから……」
『聞こえない……』
「『ええ。この船の時間は八年前から止めています。その時間を止めている鍵は、スリープの歌です』」
スリープの顔から、表情が消えた。
「『……この光をスリープに戻せばこの船の時間は動き出し、そしてエイド、あなたたちは……消える』」
『――ッ、やめろフリー‼』
スリープが勢いよくフリーの腕を掴んだ。ギリッ、と鈍い骨の軋む音が聞こえた。スリープの悲痛な表情から今のエイドには聞こえないはずの、スリープの声が届いたような気がした。
「『何故止めるの』」
『エイドたちが消えるくらいなら、僕は声なんか戻らなくてもいい!』
「『戻さなければあなたが死ぬことになるのよ?』」
「死ぬ……?」
「『天竜族が船海族から歌を奪うということがどういう意味を持つのか、分かっているの?』」
エイドはルーナの言葉しか聞き取ることができなかった。ただスリープの激昂に一向に引く素振りを見せないルーナを見て、事は深刻なのだと察した。ルーナの口調が、フリーであった頃に戻っていく。
『分かってるよ』
「『分かっていないからそう言えるのよ。…‥八年。八年よ? 八年という長い時間、船海族の命である歌声をあなたは失っていたのよ? その重大さを何故理解しないの‼』」
『――ッ! 分かってるから嫌なんだよ!』
スリープは、ルーナを掴んでいた手を勢いよく振り解いた。
『……ッあの日、僕がフリーに歌を歌ってほしいと、僕が我儘を言わなければ……あんなことにはならなかったんじゃないか? どうして……どうしてあの日、僕もエイドたちと一緒に、死なせてくれなかったんだよ……フリー……!』
スリープはその場に膝から崩れ落ちた。ルーナは
きっと、スリープの心の叫びは彼女の心を抉るものだっただろうに、彼女は引かなかった。
「『……私は、みんなを助けたかった。誰か一人でも見捨てることはしたくなかった。でも、絶命してしまった命は、戻すことはできないの』」
『…………』
「『助けたのは……私のエゴです。所詮は偽善だったのかもしれない。けれど、あなたにいくらあの日のことを咎められようと後悔はしていないわ』」
『……フリー……』
雨が、小降りになってきた。
「『あなたを助けたいの。歌を、受け取って。お願いよスリープ』」
『……嫌だ……』
「『スリープ……!』」
『二度もエイドを……みんなを失うだなんて……耐えられないよ』
「『戻さなければあなたまで死んでしまうのよ?』」
『いいよ……。みんなと、一緒に死ねるなら……!』
バチンッ――‼
何かを叩く音が、船内に木霊した。
その音の正体は、エイドがスリープの頬を叩いた音であった。
スリープは目を見開いてエイドをただ固まった表情で見つめた。
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