第28話

「ルーナ! ルーナ‼」

『おいキュウ、危ないから戻れ!』

「キュウ、スリープ、戻れ!」


 デッキに打ちつける雨の勢いに視界を奪われる。

 キュウは何やらずっと嵐の中へ叫んでいたが、それがなんなのか、誰の名前なのか、スリープとエイドには皆目見当もつかなかった。

 再び、目の前に大きな雷が落ちる。突風が起き、スリープたちは咄嗟に視界を腕で覆った。風が収まった頃、彼らはを見た。


『――……竜……⁉』


 伝説でしか聞いたことのない『竜』が、彼らの目の前に現れたのだ。

 スリープが竜を見るのは、これがである。


いかずち分かち現るは天の恵の象徴か】


 天竜を歌ったうたにこんな一節があった。まさしく今ここで、彼らはその一節を体感していた。


「天竜族……なのか?」

『エイド……』

……! やっと、来てくれた……」


 キュウは竜に臆することなく、ホッとした表情を浮かべた。瞬間、気を失いその場に倒れそうになった。彼女の体を支えたのは他でもない、彼女の中に溶け込んでいた、天竜ルーナであった。


 ――『……見つけてくれて、ありがとう、


 ルーナは眠るキュウ――こと、リュカの額に静かに優しい口づけを落とした。

 ルーナはリュカの中へ溶け込むようにして消えた。リュカの目が覚めたのだが、その目は先ほどまで彼らの目の前にいた彼女ではなく、目の前にいた竜の目と同じ色をしていた。声も、重なって聞こえた。


「『……久し振りね、スリープにエイド』」

「――フリー……なのか……?」

「『ええ。そうね。、あったわ』」

『では、今は違うと?』

「『……ええ』」


 ルーナは目をゆっくりと伏せた。深呼吸を一度だけすると、掌を彼らの目の前に差し出し、そこへ息吹く。淡い光を帯びたそれは、ルーナがずっと返そうとしていた、スリープの『歌』の結晶であった。


「『これはスリープ、あなたの『歌』です』」

『歌……?』

「『あの嵐の日に、あの竜に奪われた、あなたのうた。やっと、取り戻すことができたのです。やっと、あなたに返すことができます』」

『返す……。…………フリー、じゃあ、というのか?』

「『……ええ』」


 雨が激しく降る。その中心にはスリープとルーナの世界ができていた。エイドはただ二人を見ていることしかできなかった。


『……ッ、じゃあ、……』

「『今あなたが見ている彼は――です。彼はあなたと私の記憶から生まれた、亡霊』」

『……!』

「?」

「『……エイド。あなたに、スリープの声が、みんなに聞こえていない理由を教えましょう』」

「聞こえない理由だと? 俺たちにあいつの声が聞こえない理由があるのか?」

『エイド……!』

「『スリープ! いつかは知る日が来る。そのが、今なのです』」

『フリー!』

「スリープ、俺は大丈夫だから。フリー、教えてくれ」

「『……分かりました。スリープの声が聞こえなくなった理由は、主に二つあります。一つは、彼の歌声自体の喪失。それはこの光が彼の体に戻ればその首の痣は消え、声も戻ることでしょう』」

「もう、一つは」

「『もう一つは――』」


 ルーナはふっと目を一瞬伏せた。


「『――この船に乗るスリープ以外の全員が、八年前のあの日にということ』」

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