第25話
寒く、暗い場所に、ある一頭の『竜』が横たわっていた。
ここは天竜族の暮らす、彼らだけの楽園。そして、竜がいるのは、その楽園とはまるでかけ離れた罪人を戒めるための地下牢であった。
ああ、なんと寒い場所なのだろう。
ああ、なんと体の痛いことか。
竜は呻きを上げながら冷たい地下牢の中でそんなことを考えていた。
竜の名は、ルーナという。
ルーナとは、月。
これは、天竜族の第一皇女に使われる名前である。
ルーナは国を治める王家の竜だというのに、罪人としてこの地下牢に現在拘留されていた。
『フリー』として船海族に紛れ過ごして生きていたこと。
これこそが
天竜族は決して、陸と海に干渉してはならない。
彼らは世界の均衡者であり、干渉すればそのバランスが崩れてしまう恐れがあった。そのことを知らないルーナではなかった。
国を担うはずの皇竜が、自ら禁を破り均衡を崩しかけた。
そのため、天竜族の法に従い、彼女は拘束された。
大罪を犯せば『皇』という位など、関係ないのだと国の者に魅せしめるために。
――探さなければ。
彼の声を、探さなければ彼の命が危ういとルーナは知っている。
――探さなければ。
彼の美しい歌声を取り戻さなければ。
ルーナは今持てる力を振り絞り、地下牢から差し込む光に首を伸ばす。そして優しく息吹を放った。息吹は白い糸となり可視化され、その糸はしゅるしゅると音を立て渦を巻き空へと溶け込んでいった。
それを、約八年間、ルーナは続けた。
来る日も来る日も、ルーナは諦めることなく続け、そして、やっとの思いであの日奪われた彼の
八年間の勾留を経てルーナは国に許されその身を解放された。解放された彼女は酷くやつれていた。やせ細り、顔色は悪かった。
だが、目的は見失っていなかった。
まずルーナは、どうやって海の世界に干渉せずスリープに会うかを考えた。
罪を償って最初に、再び海に向かうというのは無謀にも程がある。それは阿呆のやることだ。八年間の我慢が無駄になる。それだけは避けたいところであった。
ではどうするか?
『皇女』という肩書きがある以上、彼女はこの国から出ることができない。
ならばどうするか?
ここは、天竜族の能力を駆使するほかないだろう。
地下牢からの解放、そして自室への軟禁という形にも似た環境下の中、ルーナは水の張った桶を持ってきてほしいと自室に控える女中に頼んだ。
桶を受け取ると、ルーナはその水に息を吹きかけた。白い糸が水に浮かぶ。円を作った糸はそこに地界を映した。
地界を映したのは、自身の依代を探すため。
依代さえ見つかれば、ルーナは陸に降りることなくスリープとの邂逅が可能になると考えたのだ。
ふと、気になる人物をルーナは早速見つけた。地陸族の人間だ。
本当はすぐに接触ができるよう船海族が良かったのだが、波長の合う者がすぐには見つからなかった。早くスリープに会わなければならないという焦りもあり、標的を地陸族に変更したところ、その人物がヒットした。
それは地陸族の、年端もいかない少女であった。
ルーナは、この少女に標的を定め、地界への接触を試みる。
少女は――今にも死のうとしていた。
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