第21話

 同じ頃、この宴会の主役ともいえる人物は、すでに酔いつぶれていた。


「エイドー。……なに寝ちゃったの?」


 エイドの体は見るからに舟をこぎ始めており、アイが優しく揺するも返事がなかった。アイは、やっとか、という表情をしてエイドをゆっくりと自身の膝元に横たわらせる。その顔は穏やかであった。


「ぎゃははは! 相変わらず酒よわっ!」

「ちょっと。せっかく眠れたんだから静かにして」

「う、うす」


 アイの眼光の鋭さにビリーブは軽く怖気づいた。そもそもこの宴会を提案したのは彼女であった。彼女はエイドの幼い頃を知る数少ない人物。こんにちまで彼の姉代わりの立場を担っていた。もちろん、エイドがアルコールに弱いことなど分かり切った上で、アイは酒を勧めたのである。

 エイドの立場はアイよりもと上にあるが、幼い頃からの腐れ縁という関係があることも事実。アイの言うことは断り切れない、エイドの優しさが窺えた。

 アイは空を見上げた。夜空には星が瞬き、雲の一切を風が払い除けその輝きを増す。綺麗な夜だった。

 綺麗な、夜だったのだ。


「……それにしても星が綺麗ね。まるでみたい」

「八年前の、あの日か?」

「……そうよ。あの日もこんなに綺麗な星空だったのに……」

「仕方ねえさ。海の天気はころっと変わる」

「それもそうね。自然には、いくら海を知り尽くしている船海族わたしたちでも勝てないわ」

「……そうだな」


 ビリーブはぐびりと手に持っていた酒瓶をひと口あおった。


 ふと、潮の流れが止まる。前方から吹いていた優しい風が止み、後方から轟々と音を立てた激しい風が吹く。先ほどまで快晴であった空も、急激に天候が悪化していく。

 まるで、八年前の再来のようだと、アイは肌で感じた。

 ぽつぽつと雨が降り始めた。これは危険だと脳が警鐘を鳴らしている。そうこうしているうちにぽつぽつとした雨は小雨となり勢いを増して本格的に降り始めた。


「……ビリーブ、何かが可笑しいわ」

「ああ。とりあえず船内に戻ろう。おいエイド起きろ! 嵐が来るぞー!」


 ビリーブが眠っていたエイドの肩を思い切り叩き起こそうと試みる。エイドはまだ夢の中にいるようで「んぅ……」と声を小さく出す。内心、やっと落ち着いたのに起こすのか、とビリーブは心苦しいものがあったが、アイのあの切羽詰まった表情を見てしまったら起こさざるを得なくなった。


「エイド!」

「……う、ん。ビリーブ……?」

「ああそうだっ、嵐が来るから逃げるんだよ! ああっなんてこった、くそ重いなこいつ! 誰だよこいつに酒飲ましたのは! ……俺だな‼」

「うるさいわよビリーブ! 早く!」


 アイに催促され、ビリーブは意識の朧気なエイドを乱暴に担ぎ、船内のシェルターへと駆け込んだ。

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