第18話

 夕暮れの日差しが差し掛かる頃、船首の辺りを歩きながらエイドは頭を抱えていた。


「はあ……明日は朝一番に兄貴を起こして……」

「よお、辛気臭い顔してるそこの色男。一緒に呑まないか?」

「ビリーブ……?」


 船首より少し離れたデッキの手摺りにビリーブが座っていた。「よっと」と軽やかにデッキの手摺りから飛び降り、エイドの前に立つ。多忙な立場故か疲れの所為でビリーブのことを認識するのが遅れた。目の前に急に現れたビリーブの姿に、エイドは思わず一歩後退った。


「なんだその名前は。俺はそんな顔してない」

「鏡見てみ? してっから! ぎゃはははは!」


 ビリーブの手には半分空いた酒瓶があった。エイドは毎度のことながらこの酔いどれの介抱に慣れてしまっていたので、自分用に持っていた水を仕方なくビリーブに渡した。


「お前……完璧に酔ってるだろ。ほら、水」

「飲もうぜ~、久し振りに水入らずで! あ、だけにってか? きひひっ」

「俺は……」

「いやそこは『オヤジギャグかよ、さむっ』とか言えよ! 俺が痛い奴みたいじゃねぇか!」

「その通りだよ!」


 思わず乗せられて突っ込んでしまった。ビリーブはしてやったりといった表情をしていたのでエイドはビリーブの頭を叩いた。ビリーブは笑いながら痛がった。そこに「あら」と高い声が二人の耳に届いた。


「珍しい組み合わせね。この三人が集まるなんて何年振りかしら?」

「アイ?」

「よう、紅一点!」

「すでに出来上がってるわねビリーブ。私もいいかしら?」


 そう言ってアイは一本の葡萄ぶどう酒の瓶を差し入れた。ビリーブはよし来た! とガッツポーズをし、エイドは突然のことで脳の処理が追いつかなかった。それに、アイが酒を持っていること自体、エイドにとっては見たことのない光景だった。


「――って、お前も飲むのかアイ!」

「目の前に、酒があっては、飲むしかない」

「それ字余りじゃん! ぎゃはははっ‼」


 ビリーブは腹を抱えて笑い転げた。アイは何が上手かったのかどや顔をしていた。エイドは付き合いきれないと溜息を深く吐く。


「……酔っぱらいにはついていけない……。明日臨時で陸に上がるんだよ。早いんだよ。俺は付き合わないぞ」


 エイドがその場を離れようとした瞬間、アイが彼の腕を引っ張り止めた。


「待ちなさいよ。最近、切羽詰まり過ぎなのよ。ちょっとは頭を冷やしたら? じゃないとあなたのありとあらゆる場所を舐め繰り回してやるわよ――ビリーブが」


 新しい角度からの脅しにエイドは思わず息を呑んだ。ビリーブなら、本気でやりかねない。そう判断したエイドは諦めた。


「……。分かったよ、ここにいればいいんだろ……」

「相変わらず可愛くないわね。はい。飲んでみて、落ち着くから」

「なにそれ美味そうじゃん」

「蜂蜜入りの葡萄酒よ。ほら、エイド」


 エイドは覚悟を決めて、アイから受け取った葡萄酒を、飲んだ。

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