第15話

 ――どうして見つからないの。


 また、声がする。焦っている女性の声だ。知らないはずなのに、知っている声。


 ――早くしなければ、消えてしまう。


 消える。それはきっと彼女にとって大事なもの。大切な音。


 ――あの痣さえ、消え去ることができれば。


 痣……? 痣って、彼の首にある痣のこと?


 ――早く見つけないと、彼は……!



 * * *



「……そんな……」


 夢はそこで終わった。

 知らない女性がスリープの痣について何かを訴えていたような気がした。とても切迫した声だった、と思う。目を覚ましたとき、キュウは知らないうちに涙を流していた。

 あれはいったい誰なのだろう。自分の中では答えは見つかっているものの、それをそうだと確信することができない。何故なら、自分にしか見えていない存在を証明することはできないからである。


「……変な夢、だったなー……」


 寝ぼけた頭で医務室を出る。瞬間、朝日と共に爆音がキュウの耳を穿った。何事だろうか? と、ぐわんぐわんとした頭を抱えながら音の聞こえる方へキュウは足を向けた。


「――ちょっと! なんなのよこの歌ぁ‼」


 耳を塞いだままアイがキュウの目の前を走ってきた。続いてエイド、スリープ、オールの順に船の先頭に向かって走って行く。決まって全員が耳を塞いでいた。確かにこの歌の音量と歌詞の支離滅裂さには耳を塞ぎたくなるが、しかし、これは一体誰が歌っているのだろうか。犯人は、すぐに分かった。

 ビリーブが船首で酒瓶片手に朝礼歌を熱唱していたのだ。


「――ビリーブ!」

「~♩……お、皆さんお揃いで!」

「何がお揃いでだ。朝からうるさいんだよ、今何時だと思ってるんだ!」

「全部おめぇの所為だよエイドォ!」


 ビリーブは酒に酔っているのか、ゆらゆらと揺れながら勢いと感情に身を任せてエイドに近づき、そして彼の胸倉を掴む。急なことで驚いたキュウはビリーブの言葉の風圧に気圧けおされ、そのままスリープの立つ後ろへと倒れそうになった。


「何がだ!」

「おめぇ、俺の大事なだいっじな酒瓶のコレクションを、全部捨てやがっただろー!」


 きっとこの時、この現場にいた誰もが呼吸することなく沈黙し、ビリーブに蔑みの目を送っていたことだろう。オールに至ってはげらげらとそれはもう腹がよじれるくらいに声高らかに爆笑していた。


「……呆れた。何にイラついてるんだか。たかだか捨てられたくらいで」

「たかが捨てられたこと、されど捨てられたこと、だ!」

「ていうか、あの瓶の山捨てておけって言ったの兄貴だろ。了承済みじゃなかったのかよ」

「なんでもかんでもオールさんの所為にするな! バカ!」


 ギャーギャーと子供のように騒ぎ立てる大人かれらを見て、キュウは首を傾げた。


「…………これは……?」

『……馬鹿な会話。キュウ、真面目に聞かなくてもいいよ。馬鹿がうつるからね』

「はあ……」

「百年前の珍しい瓶だってあったんだぞ! 手に入れるのにどれだけ費やしたと思ってるんだ!」

「知らないわよ。聞くこっちの身にもなってほしいわよ。ねぇ、キュウ?」

「はあ……」


 スイープとアイの呆れた表情に挟まれ身動きが取れなくなっていたキュウはただ彼らの言葉に頷くしかなかった。

 ビリーブは彼らに信じてもらえなかったショックからか、ふるふると肩を震わせていた。


「うう、クーちゃーん!」

「いや、私キュウです」

「クーちゃん冷たい!」

「いやだから私キュウです」

「……何べんも言うようだが、俺は兄貴に頼まれて瓶を全部捨てただけだ」

「だそうですけど」

「嘘だ! まだ中身が入っていたはずだ!」

「……瓶の中身は、綺麗に、全て、飲み干されていたが? ちゃんと確認したのか? 本当に」


 エイドの言葉に、一瞬ビリーブが固まる。


「やっぱり、酔っぱらいの言うことは信用ならないわね」


 解散ね、とアイが溜め息交じりにどこかへと行ってしまった。

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