第14話
聞こえる。
――探している。
何かを言っている。これは誰の声だろう。
――探しているの。
何を、探しているの?
――音を探しているの。
音を探している……。いったいそれはどのような音なのだろう。
――探しているの。音を。彼の声を。探さなければ、彼は、私の所為で……。
* * *
「――ッ⁉」
キュウは何かに引っ張られるような感覚に襲われ、その意識を無理矢理浮上させた。嫌な汗が体中にべたつく。無意識に息が上がっていた。先ほどまで嫌な夢を見ていたような気がしたが、その内容を彼女はほとんど憶えていなかった。
ただ、怖い夢であったことは憶えていた。
「音……声……? 誰の……?」
『あ、目が覚めたね』
「スリープさん……」
ドアの開く音がしたのでそちらに視線を向けると、水の入ったコップを運んでいるスリープが立っていた。
「あの、ここは……」
『ん? 昨日も寝ただろう。医務室だよ』
「あ……。そうでした」
辺りを良く見渡せば確かに昨日と同じ場所だった。時刻はすでに夜だった。医務室の窓から見える空は黒く、そこには白い星々が散りばめられていた。まるで空が遠くにあるように感じた。
キュウは無意識に医務室を飛び出していた。スリープの止める声も聞かず、空を眺め始めたのだ。
『キュウ、起きたばかりなのだから、あまりはしゃがない方が……』
「スリープさん! 見てください、夏の大三角ですよ!」
――スリープ、あれは夏の大三角と言って、この夏の時期にしか見られない星座なのよ。
『――――』
キュウが、嬉しそうにしている。
スリープは複雑な気分になった。キュウは暗い表情で床を見ているスリープを見て、ここで星が綺麗だなんだとはしゃぐのは可笑しいのか、と思い黙った。黙った彼女を見てスリープは不思議がり、思わず彼女に声を掛けた。
『……? どうしたんだい、フリー』
「!」
初めて、キュウは名前を呼ばれたような気がした。けれどそれは自分の呼ばれたかった名前ではなかった。キュウが驚きショックを受けていると、スリープが名前を間違えたことに気がついたようで慌てて訂正した。
『キュウッ? すまない、今のは……』
「だ、大丈夫です、急で、驚いただけなので」
果たしてそれだけだろうか? 本当に、そうなのだろうか? 鼓動が早い。『フリー』という人物の名前がキュウの頭の中をくるくると回る。だから、聞いてみたくなったのだ。
「……スリープさん、フリーさんって、誰ですか? それほど、私に似ているんですか?」
スリープは『え』と、思わぬ会話の切り替えしに驚いた顔をした。
『フリーのこと、知りたいの』
「だって、きっと似ているんでしょう? 私とその人。……それに、何かを思い出せそうなんです。お願いです、話してくれませんか?」
『…………分かった。あまり、良い話ではないよ。それでもいい?』
「はい。大丈夫です」
――……八年前、僕とエイドとフリーはよく遊ぶ仲だった。僕とエイドは船海族だったけれど、フリーだけは地陸族だった。でもあまり種族間の対立意識を僕らは持っていたわけじゃなかったし、話してみれば
彼女は、とても君に似ていた。容姿というか、雰囲気というか。種族も関係ないと言って仲良くしていたんだ。だけど、あの日……。
……あの日、海が荒れて、僕とエイドは海に揉まれてしまったんだ。フリーは危険を
その時、キュウはその言葉の裏にまだ何か隠れていることを察した。けれどそれは今聞くことではないとどこかで思い止まる。そこまで、現時点でキュウが彼らに近づけたわけではないのだ。
『……その時からだ。僕の声が周りに聞こえなくなったのは。この首の痣が証拠だよ。痣がある限り、君以外には聞こえないんだ』
何故君にだけ聞こえるのかは謎だけどね、とスリープが微笑んだ。
「……。スリープさん。悲しいときは、ちゃんと泣いた方がいいですよ……?」
キュウがそう言うと、スリープは泣くのを我慢したような表情をして、苦く笑った。
『――誰が泣くかよ。ほら、夜も深い。寒くなるから早く部屋に戻れ』
「は、はい。じゃあ、お休みなさい」
キュウはお辞儀をし、医務室へと戻った。スリープは彼女に図星を突かれたことに対して段々と恥ずかしくなっていた。顔の下半分を左掌で隠しながら彼はくつくつと笑った。
『悲しいときはちゃんと泣いた方がいい、ね……。出来れば苦労はしないよ、フリー』
やはり彼女は『彼女』に似ている。その仕草も行動も言動も。だからだろうか。昔のことをよく思い出すのは。
『……僕も早く寝よう』
スリープはひとしきり気持ちの整理を終えると、自室へと戻った。
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