第13話
周りの船海族たちがざわついている。
その理由をキュウだけが知らない。彼らの暗黙の了解がそれを物語っていた。
キュウが参加するのはエイドの言いつけで、などの理由があれば理解ができる。だが、そこにまさかスリープが来るとは、彼らは思ってもみなかったのだ。
「お、珍しいな。久し振りだなスリープ」
『オールさん……』
スリープは少しだけ申し訳なさそうな表情をしてオールに一礼した。オールは何も気にしていないと言った表情でスリープの左肩に手を置いた。
「皆静粛に。……ではこれより船海族式朝礼を行います」
エイドが号令をかけると集まった船海族たちが一斉に息を吸った。そして歌い出した。綺麗な曲だった。あまり聞き慣れない言葉が飛び交っている。
それは海についての歌のようだった。だが、キュウには歌詞が分からない。船海族特有の言語で歌われているためである。隣でスリープが『聞くだけでいいよ』と言っていた。彼が歌っているのを真似しようとしても、なかなか音が取れず上手く歌えずにいた。
けれど、彼女はふと、どこかでこの曲を聞いたことがあると思ったのだ。
「――♩、♫~♩~」
キュウは歌い始めた。初めて聞くはずなのに、初めて歌うはずなのに、彼女は先ほどまでとは打って変わって、ほぼ完璧な音程で歌い始めた。歌詞もちゃんと途中からは間違うことなく歌えている。その声に、周りの船員たちは聞き惚れ、そしてエイドとスリープだけが固まっていた。
『この歌い方って……』
「この歌い方は……フリー……?」
『フリー』という単語に、周りの船員たちが息を呑んだ。キュウにも聞こえていたのか彼らの言葉に反応した。すると彼女は急にくすくすと笑い始めて、エイドたちを見つめた。
そこにいたのはキュウではなく、キュウの体を使った『何か』であった。
「『……ふふ、久し振りに歌ったわ……楽しいわね、ふふ』」
間違いない。『彼女』だ。
その場にいた誰もが、そう思った。
次の瞬間、キュウは意識を失い倒れそうになったが、その瞬間を見逃さなかったエイドが彼女を咄嗟に支えた。スリープは驚きを隠せない表情でキュウのことをただ見つめるばかりだった。
「……兄貴」
「ん?」
「朝礼は、もういいよな」
「……そうだな。じゃ、みんな解散~」
オールの一言で船員たちがハッとした。そして彼らに一礼したのち、
「……どうして、この子……」
「…………。分からない。何も、分からないんだ」
「何だか不思議ね。まるで八年前の姿のまま、フリーが帰ってきたみたい」
アイの一言でエイドとスリープの表情が曇った。
「しかしこの子、よく眠るわね」
アイだけは表情を変えず、キュウの頬に手を触れた。汗を掻いて濡れた前髪をよけ、彼女の顔をよく見た。八年前に突如いなくなってしまった友人に重ねて。嫌なことも良いことも思い出させてくれる人だったと、アイは「ふふっ」と微笑みながら思った。
「……まあ。いつまでも暗い顔をしていたら若船長の威厳が無くてよ、エイド」
「……お前」
「あら、本当のことじゃない」
「……。もういい。寝かしてくるから、アイとスリープは各自仕事に戻ってくれ」
「分かったわ」
スリープも頷いた。
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