第12話

「――お前、なんであいつのこと知ってる」

「へ、いや、あの」


 エイドの怒気のこもった声がキュウの視界に広がった。怖い、けれど向かい合わなければいけないような気がして、キュウは口をつぐんだ。


「昨日、お見舞いに来てくださったので……」

「スリープが、見舞い?」


 心底信じられない顔をしていた。それほど珍しいことなのだろうか、彼が表に出てくることが。キュウはエイドの次の言葉を待っていた。ふと、またあの歌がキュウの耳に届く。


の声だ……」

「は?」

「ほ、ほら、あの人の声ですよ! えっと……スリープ? さんです!」

「――お前……!」


 再び彼に、今度は胸倉むなぐらを掴まれる。ドンッと大きな音がそこら中に響いた。その所為で、船に乗っていた鳥たちが一斉にどこかへと飛んで行ってしまった。


「なんで、あいつの声…………」

『どうしたエイド。……って、おい! 何やってるんだ!』


 たまたま近くで歌っていたスリープが、キュウを襲っているエイドを見て慌てて仲裁に入った。胸倉を掴まれていたキュウは、けほけほと空咳をし、息を整えた。するりと抜けたエイドの手はスリープによって抑えられている。何が起きているのか、混乱している様子でエイドはスリープを見た。


「ス、リープ……?」

『何してるんだよお前らしくもない。こんないたいけな少女の胸倉を掴んでどうするつもりだったんだ』


 スリープはつい自分のことが彼に聞こえないことを忘れて叱り続けた。エイドは何を言われているのか理解ができておらず、ただ彼の表情と勢いに困っていた。


「ご、ごめん」

「……。エイドさん。スリープさんは怒ってませんよ。私の胸倉を掴んでどうするつもりだったのかと、問いたいだけみたいです」

「え……?」

『君……』


 エイドは少し悩んだ後、スリープを見て答えた。


「……何故この子にはお前の声が聞こえるんだ、と、それを聞きたかっただけなんだ」

『……だからって胸倉を掴むことはないだろう。謝れ、エイド』


 スリープは彼には聞こえない言葉を発して、それと同じ意味を持つだろうジェスチャーで『謝れ』と伝える。エイドはそれを読み取り、申し訳なさそうにキュウに頭を下げた。


「すまなかった」

「い、いえ。大丈夫です」

『大丈夫じゃないだろう。怖かったんじゃないか』

「あ……大丈夫です。少し驚きましたけど、怖くはなかったと思います」

『そう……もうすぐ朝礼の時間だな。どうする、君も来るかい?』

「え、朝礼?」

「げっ! 今日兄貴の代わりに朝礼の号令するんだった! 悪いスリープ、先行ってる!」


 エイドは急いでその場から走り去っていった。

 号令とは何だろうか。分からないキュウは、ちらりとスリープの顔を窺った。彼はとても楽しそうな表情を浮かべていたので、キュウも釣られて笑った。


『……? 何笑ってるの』

「え。だって、スリープさんが笑ってるから」

『僕が……?』


 スリープは自分で気づいていなかったのか自分の顔を手で触れた。口角が上がっていることに気がつくと口元を手で覆い、赤くなった。


「あの、」

『っ、なんでもない! 僕たちも朝礼、行くよ!』


 先ほどまでは『来る?』と優しく言ってくれていたのに、いつの間にか強制となった朝礼への参列。

 キュウは少しだけ彼に心を開いてもらえただろうかと思っていた。

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