第9話

 一方、医務室ではエイドに助けられた謎の少女が眠っていた。アイとクリーンがその様子を不思議そうに窺っており、そこにエイドが戻ってくる。


「あらエイド。スリープは見つかったの?」

「……ああ。それで、彼女は?」

「ま、まだ、目を覚ましません」

「そうか」


 エイドは眠っている彼女の側に寄り添い、まだ乾き切っていない彼女の前髪を触る。アイはその表情に思うところがあったのか、柔らかい笑顔を零し、クリーンに声を掛けた。


「……。あとはエイドに任せましょう、クリーン」

「え?」

「別にここを任せてもいいわよね? エイド」

「ん? ああ……。お前たちは仕事に戻ってくれ。見ていてくれてありがとう」


 アイは「行きましょう」とクリーンの背中を押しつつ医務室から出て行った。


 エイドは彼女の前髪に触れながら考えていた。

 地陸族の人間が何故この船に乗っていたのか。船に乗ることができるのは数時間前に停泊していたあの時間のみ。船員たちは朝の清掃をしていたし、生け簀の周りにだって何人かはいたはずだった。なのにどうやって彼らの目をくぐって生け簀に入ったのだろうか。謎だらけである。

 それに――。少女には『彼女』を彷彿とさせる雰囲気があった。この船では『彼女』の名前を出すことは暗黙の了解。特に、事件の当事者であるエイドとスリープの前では禁句だった。思い出したくないことではあったが、いつまでも逃げられないということなのだろう。


「……お前は誰だ。どこから来た。……フリーという女性を、知っているか?」


 その問いに、答えはない。


「そう、だよな。……俺も、仕事に戻らないと」


 エイドは少女から離れ、医務室を後にした。


 少しして、スリープが医務室の前にやってきた。理由は特になかった。ただ、あのエイドが助けたという地陸族の人間が気になったのだ。

 静かに医務室の扉を開き、噂の少女を見つけた。スリープは、驚いた。いつもささくれた心を支配する『彼女』に、似ていたのだ。

 スリープは無意識に少女の首を絞めていた。ぐっと力が入り少女の口から空気の抜ける音がする。


「……かはっ、く、るしぃ…………っ」


 ――何をやっているんだ僕は、と。

 ようやく自分のやっていることに気がついたスリープは勢いよく少女の首から手を放し、そして自分の感情を抑えるように右手首を左手で握り締めた。

 こんなことをしても何にもならない。

 僕は彼女のことを恨んでいるわけじゃない。僕は彼女を殺したいわけではない。

 ただ、会って。あの日のことを聞きたいだけなんだ。

 その気持ちに嘘はなかったが、結果、目の前の少女を殺しそうになった。


(酷い男だな、僕は)


 スリープは苦い表情をして少女の様子を見守ることにした。

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