第8話

 エイドたちが謎の少女を見つけて騒いでいる間、その裏ではエイドが探している、スリープが格納庫の上で歌を歌っていた。

 なにやら様子が騒がしいと感じた彼は目を開けてむくりと体を起こし、そして声のする方に足を向けた。そこではエイドが横たわっている少女の首元を支えている姿があった。その様子から見て、恐らく少女に人工呼吸でもおこなったのだろうか。近くにいたビリーブが「女の子にちゅーしたぞー」と、彼にちょっかいを掛けていた。

 その風景をスリープは楽しそうだ、と思ったが、同時に近づけないとも感じていた。

 あの場所は彼らのもの。

 そこに自分が足を踏み入れるのは場違いだ、と。

 いつからかネガティブ思考になってしまった自分にスリープは静かに腹を立てた。


 ――自分の立場に腹を立てているの?


 心の中で声がする。その声は八年前、自分の所為で失ったの声だった。

 ねっとりとした、耳に絡みつく彼女の誘惑に、スリープは耐えるしかなかった。


『ああ……。そうだよ』

 ――でもそれは自業自得じゃない。君は自分からあの輪から逃げたんだもの。

『逃げたわけじゃない。僕を見るとみんなが悲しい顔をするから、』

 ――それが、逃げ、というのよ。


 嘲笑する彼女の声に怒りを覚え、スリープは思わず側にあった壁を右手で思い切り殴った。若干のヒビが入り彼の右手が赤くなる。

 その音に気づいたのか、スリープを見つけたエイドが驚いた表情をして立っていた。


「……驚いた。ここだったか、スリープ」

『……エイド……』

「探してたんだぞ。もうすぐ薬の時間だっただろう」

『お前、さっきの子は』

「……ん? 何か言ったか?」


 ……そうだ。彼には聞こえないのだ。


 スリープの喉元にはあざのような模様が一周していた。それはあの八年前に天竜族の使者から受けたもので、声を発しても他人には聞こえないという呪いだった。

 この呪いの所為で、スリープはあの日を境に他の船海族と会話が出来なくなってしまった。聞こえないのなら伝えようがない。スリープは肩をすくめ愛想笑いを浮かべた。


「あ、すまない。えっと、さっきな、多分地陸族の少女なんだが、その子がこの船に乗っていたんだ。俺たちを見た途端驚いて生け簀に勢いよく落ちたんだ。なんとか息を吹き返してくれて、今はアイとクリーンが様子を見てくれているよ」


 なんで愛想笑い一つでそこまで言いたいことが理解できるのだろうか、と逆に不思議に思うスリープだったが、エイドが彼のよき理解者であることに変わりはなかった。スリープは胸を撫で下ろし、エイドに手を差し出した。


「? ああ、薬。ちょっと待っててくれ。水持ってくる」


 エイドがその場を離れ、スリープは一息吐いた。また、彼女の声がスリープの心の黒いもやを刺激する。


『……いつか必ず来るって、言ってたじゃないか……。……


 悲痛にも似た彼の声は、どこにも届くことはなかった。


 少ししてエイドが戻ってくる。その姿を確認するとスリープは不思議と心の波が穏やかになった気がした。ふっ、と自然と笑みが零れる。


「どうした? 何かいいことでもあったか?」

『いいや……』


 スリープはエイドに『手を差し出してほしい』とジェスチャーをした。エイドはその意味が分かったのか右手を彼に差し出した。スリープは差し出された掌に言葉を書いていく。


「『なんでもない。ただ、その子が助かってよかったなと思って』……。そうだな。まだ意識は戻ってないけどな。それにしてもなんで地陸族の人間なんかがこの船にいたのかな。……あとで兄貴に聞いてみるか。スリープ、俺そろそろ仕事に戻るよ。薬はちゃんと飲めよ!」


 スリープは「分かった」という表情をして、去って行くエイドを見送った。手渡された薬の包みを見つめてスリープはなんとも言えない感情を抱いた。


 ……エイドには聞こえない。

 僕のこの声が。

 誰にも、聞こえないんだ。僕の声は。

 何も伝えられない。歌えない。寂しい。

 このまま、消えてしまいたい。誰も知らない。

 君のことを、君の真実を、エイドでさえ知らない。


 また、の声がスリープの心を支配する。


『またお前か。消えろよ』

 ――何故伝えない? 伝える手段は、いくらでもあるのに。

『黙れ。僕の前から消えろ!』

 ――そうやって人を遠ざけて。そうやって孤独になっていく。


 孤独……その言葉に、スリープはショックを受ける。


 ――つまらない人生ね。と、彼女が言う。

 つまらないことなど、当に分かり切っている。

 スリープは薬の入った包みを握り締め、聞こえることのない声を殺してその場に崩れた。

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