第7話
「うぉおおお⁉」
エイドは思わず奇声を上げてその場に固まった。まったく理解が追いつかない。何事かと、声に驚いた別の場所を探していたビリーブがエイドの側へ駆け寄った。
「ど、どうしたエイド、大声なんて出して。おかげで酔いが醒めたぜ?」
「いや酔いとか聞いてねえし。……ビリーブ、見ろ。人間がいる」
「そりゃ人間だろ。俺たちも……人ではあるし?」
混乱の末、エイドもビリーブも変なことを口走っていた。エイドは
「そ、そうだよな。俺たちは、人だな?」
「? ……あー。エイドはこれに驚いたんだなー」
ビリーブはエイドの奥にあるそれを見つけて眺めた。それは、小さな人間の少女だった。この船の人間ではない。それだけは断言できた。
船海族は自分の船に乗っている船員を全員が憶えている。一瞬でこの少女が船員でないと見破ったビリーブだったが、しかし可笑しいとも思っていた。
「見たことない顔だな。他の船の船海族か?」
「いや……違うと思う」とエイドは少女に近づき、彼女の服についていたものを手に取った。
「このピンク色のひらひら、昔兄貴が持って帰って来た『花』っていう陸のものにそっくりだ」
その言葉を聞いたビリーブは、ふざけた様子もなく、本気で驚いた表情をした。
「まさかこいつ、地陸族か?」
「この船では見たことないだろう」
「そんなことが起こりうるのか?」
「だから理解できてないんだろう……」
「――なに? 何事?」
彼らが騒いでいたのが部屋の外にまで聞こえていたらしい。エイドの驚いた声などあまり聞かないためかアイたちが心配な面持ちで入ってきた。クリーンは何故かバケツ一杯分の海水を持っていた。
「ど、泥棒ですか⁉」
「ん? この大海原の上を走ってきたのかな? 陸を出航して数時間は経ってるぞ~」
「ぐぴぃっ⁉」
「……その様子だと本気で言ってたなクリーンちゃん。てかそれは?」
「これは、……焦って掃除道具を持ってきてしまいましたあ~‼ アイさ~ん、どうしましょう~!」
「……あなたどれだけ掃除脳なの? どうもしないからとりあえずバケツから手を放しなさい」
「はい!」
素直にアイの言葉を受け止めたクリーンがバケツから文字通り手を放した。ガコンと大きな音が部屋中に響く。すると、先ほどまで動かなかった噂の足がピクリと動き始め、エイドが再度体を硬直させた。
バケツの中に入っていた海水が一気に生け簀に溶け込んだ。
「…………うっ……」
「おい、お前――」
エイドが少女に怒気のこもった声色で近づいたので、アイがすかさず彼を止めた。
「その言い方、海賊っぽくて醜いわよ。怖いわ。自分の領域のキャパが超えたくらいで人殺しみたいな目つきになる癖、やめなさいな」
実際のことをつらつらと言われ、エイドは顔を引き
ゆっくりとエイドの横に寄り、アイは少女を見た。動いているところを見ると意識が覚醒してきているのだろうと思う。
少女の身なりがみすぼらしい。少しだけ彼女のことを可哀想だと思った。
「あら。可愛い女の子だこと。あなた、どこから来たの?」
アイが妖艶な笑顔で倒れていた少女に優しく声を掛けた。するとゆっくりと彼女は目を開けて、定まらない焦点でアイを見つめた。段々と意識が鮮明になって来たのか、彼女は徐々に目を見開いていき、怯えた表情で木箱の物陰に隠れた。その様子に、アイは首を傾げた。
「……? 大丈夫?」
「あ、あぅ……はっ、こ、ここ……どこ、ですか……?」
「……自分がどうしてここにいるのか、理解していないのかしら?」
「そうっぽいな」
「だ、だれ?」
少女は恐る恐るアイたちに聞く。アイが答えようとしたとき、エイドが割って入り答えた。その表情は苛立ちを帯びていた。
「俺たちは船海族だ。お前は何者だ」
「え。船海族⁉ ちょ、ちょっとま……! ――えっ」
混乱した挙句、ふらふらとエイドたちの間をすり抜けて足を踏み外し、そのまま生け簀に少女は落ちた。「あ」と、その場にいた船海族全員が唖然とした。そして数秒してもその少女が浮き上がってこないことに気づく。これで少女が船海族ではないということが証明された。
船海族も少なからず先祖である竜の血を受け継ぎ続けている。その能力が水中内での呼吸が可能だということ。
魚のえらの機能を持つひだのようなものが肺器官に備わっており、水中に溶け込んだ空気を摂取し呼吸が可能となっている。
少女が浮き上がってこないところを見る限り、この呼吸法ができていないことが分かる。つまり彼女は船海族ではないと推測できた。
この船で死人が出ては元も子もない。エイドが上着を脱ぎ棄て生け簀の中に真っ先に入水した。
その後、彼女はエイドによって引き上げられ、人工呼吸という名の延命措置により、一命を取り留めることとなる。
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