第6話

 船が出航した。帆が張られ、風に揺られながら船体は海原を進んでいく。


「では、集まれ船員共!」


 オールの一言が船内全体に響き渡る。すると、各箇所で掃除をしていた船員たちが一斉にオールの立つ甲板デッキへと集まった。


「ひとつ! 船海族たるもの、」とオールが船海族式昼礼の出だし部分を唱える。すると彼の後の言葉を、周りの船員たちが声を揃えて、次に続けて唱え始めた。


「船海族たるもの、お酒は残さず飲み干すべし!」

「ひとつ! 船海族たるもの、」

「船海族たるもの、海では泳がないこと!」

「ひとつ! 船海族たるもの、」

「船海族たるもの、洗濯物は真水でやれ!」

「ひとつ! 船海族たるもの、」

「船海族たるもの、美しいものは美しいと愛でよ!」


 一瞬の沈黙が流れた後、オールが「ん?」と首を傾げた。


「……なんか、いくつか変なものが混じっていたような気がするが……。まあいいだろう!」


 オールが一通りの昼礼を終えたころ、誰かを探すように辺りを見回した。



 彼の一言に、船員たちの動きが止まる。

 それは、暗黙の了解。

 彼らが容易に触れてはならない話題だった。


「……そういえば、朝から見かけていないわね?」

「それにエイドも見かけない。一緒に帰って来たんですよね?」

「そのはずなんだが……。んー。まあいっか。いないなんて、いつものことだしな!」


 ――いや、一番に気にした奴が別にいいんかい! と、その場にいた誰もが同じことを思い、そしてツッコみたい気持ちをどうにかして抑えた。その時である。不意に誰かを呼ぶ声が聞こえてきた。


「スリープ、どこだスリープ!」


 噂の中心であるエイドがその場に現れたのだ。彼は何やら少し焦っているようで、その息は上がっていた。


「みんな……。スリープを見なかったか?」

「あら、彼がどうかしたの?」


 アイがエイドを落ち着かせようとゆったりめに話し掛ける。エイドは上がった息を整えるようにして深呼吸をしながら説明を始めた。


「ああ……もうすぐ薬の時間なんだが、見当たらなくて」

「そ、そそそそれ、大変じゃないですかぁ!」

「あらクリーン。あなたがここに出てくるなんて珍しい」


 クリーンと呼ばれた、メガネを掛けたおさげ髪の少女はひとりで慌ただしくしていた。その姿はまるで水を掛けられた猫のように見え、アイは心の中で苦笑した。


「アイさん、早く探しに行きましょうっ?」

「そんな心配そうな顔をしないのクリーン」


 大丈夫よ、とアイはクリーンの頭を優しく撫でた。


「ふむ。では総員、スリープを探すように。以上解散!」


 イエッサー! と船員の返事が船全体に轟いた。同時に解散し、エイドたちもスリープを探しに掛かる。


「じゃあ、あとでねエイド」

「ああ、見つけたら教えてくれ」


 アイとクリーンが船尾に向かい、エイドとビリーブは格納庫と生け簀のある部屋へと向かった。どこにいるのか全く見当がつかないので、しらみつぶしに探すしかなかったのである。

 ふと、生け簀の横に置いてある、釣った魚を一時的に入れておく木箱の後ろに足のようなものが見えた。まさかとは思ったが、スリープならこんな場所でも「眠い」と言って、本能に抗わず寝てしまうかもしれないと考えたエイドは、ゆっくりとその足の場所まで近づき声を掛けた。


「おいスリープ。いつも言ってるけど、そんなところで寝ていたら風邪を引いてしま……」


 近づいて、初めて気づく。その足の正体が違うことに。

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