13話 吸血鬼
指先を唇に当て、毒蛇の笑いを浮かべたまま口から出た言葉。
「願いを、だ?」
「ああ、何でも構わないさね。とは言っても、胸の印を消す事は出来ないから、この街でやっておきたいこと、と言ったところかね」
やっておきたいこと、だ?
「ハッ、だったらこの街の奴らを全員殺したいって言ったらどうする」
「相当数のヒトがいるから一晩では無理だね。少し時間をくれるなら、私一人でやれるさね」
女の目の色が変わった。鮮血のような赤、命を失わせるような色だ。
「しかし、その程度でいいのかね?」
「その程度、だ?」
腹の中が煮える感覚。
「この街の奴らにオレがどうされてたか知って言ってんのか! ガキの頃から貰ったもんなんざ、鞭と焼きごて水攻めだ! ここの連中が楽しむだけに、どれだけ他の奴隷を殺させられたと思ってやがる! そのせいであの人を」
いつの間にか女の胸ぐらを掴み上げていた。
ああ、思い出せば出すほど、目の前のコイツから殺してやりたくなる。
右腕の傷が疼く。怒りとも悲しみともつかない感情が、胸の内で煮えたぎる。
「ああ、そんな目をする程の思いをしてきたのだね。なら、いいさね」
女の手がオレの手に重ねられる。
「私はこの街の人間を、たくさん殺そう。ゴーヴァンは、特に憎いと思う者を手にかければいい。それで、どうだい?」
何言ってやがる、この女。
「私の目を見ないようにしていたのに、今はこうして私の目を睨みつけて、瞳に怒りを燃やして目を合わせてる。そんな目を無視できるほど、私の心は冷たくも壊れてもいないさね」
血よりも赤くなった目を睨む。
「出来るのか。オレが、復讐したいと言えば」
「出来るともさね。後はゴーヴァンが一言、言ってくれればいい」
右腕の傷に触れる。
オレの罪。だが、それを背負わせたのは、この街の奴らだ。
「オレの手で復讐できるなら、してやる。オレにあの人を、義兄さんを殺させた奴らを殺させろ」
「良いとも。願いを叶えてあげるさね」
毒蛇が笑った。
「でも一つだけ、試させて貰わないといけないことがあったね」
「血を飲ませておくれ。私の牙を受け入れて、ね」
女がオレの首を抱き寄せ、首筋に噛み付いてきた。
「んっ……あ!」
一瞬の痛みの直後、体の芯を燃やすような、夏の日差しでのぼせたような熱が体を焼く。
けどそれは熱病のような不快な熱じゃなかった。このままコイツに噛まれ続けたいとすら思える、そんな感覚。
首筋から何か、コイツの牙だろう、それが抜かれていくのが分かる。ああ、クソっ! なんでもっと噛んでほしいなんて考えちまうんだ!
首から血を吸われる感覚がどうしようもなく心地よいのが腹が立つ。
ああ、血を飲んでるんだろう。女が喉を鳴らす音が妙に大きく聞こえる。
「どうかね、ゴーヴァン。今、どんな気持ちさね」
オレから離れて、女が笑う。
オレの血で赤く濡れた舌と、異様に長い牙が目に入った。
「クソっ、オレに何しやがった化け物! 何だよ、この妙な感じは!」
「もっと噛んで欲しいかね?」
「冗談じゃねえ!」
女の牙に目が行く。一瞬、一瞬だが、この熱をもっと欲しいと望んでしまう。
ダメだ、絶対に! 化け物がやったことだ、ただ不快なだけだろう!
女に噛みつかれた傷に爪を立て、睨みつける。
「いい、いいね。そうやって睨み返してくれる気概がなければ困るというものさね」
女の手が傷に爪を立てるオレの手に重なる。
「小さい傷だが、傷は傷だ。そんなに爪を立てたらいけないよ。大丈夫、毒はすぐに抜けるからね」
「やっぱり毒なのか。この化け物が」
「化け物呼びは随分だね。言ったろう、私は吸血鬼だって。ゴーヴァンが肉や魚を食べるようにヒトの血を飲み食らう、それだけさね」
十分、化け物だよ。
「でも良かった、今度は頭をぶつけるようなことをしなくて」
「そりゃ覚えちゃいねえが、自分で自分を殴っちまいたい気分だ」
「それだけ言えるなら十分。少し横になっておやすみ。何か夕飯になりそうなものを、買って来てあげるよ」
女と目が合う。いつの間にか目の色が、血のような赤から金とも緑ともつかない色になっていた。
顔からは毒蛇の笑いが消えていた。
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