14話 あの日、あのこと

 ランプの明かりに照らされながら、家に一つしかない椅子に座って、女が買ってきたパイ包みを噛じる。

 日が沈んだ後、女の言葉が頭の中でぐるぐる周って、味がほとんどわかりゃしねえ。

「殺したいものを確実に殺せるよう、準備は私がしておく。ゴーヴァンはこれでも食べて、ここでしばらく待っておいで」

 食べるのは止めて、椅子に座ったまま目を閉じる。

 義兄さんのことを思い出す。

 まだ義兄さんより背がずっと小さかった頃、ガキの頃だ。

 物心ついたときには両親はいなかった。流行りの病で死んだと姉さんには聞かされてる。

 村のみんなの助けもあったが、姉さんは一人でオレを育ててくれた。機織りと刺繍が得意で、キレイな模様を服に刺繍してもらったときは、村の遊び仲間に自慢したりしたもんだ。

 そんな姉さんが結婚することになった。まだオレの背丈が姉さんの肩より低い頃だ。

 嬉しかった、家族が増えることが。嬉しかった、村で一番の戦士と言われていた人が兄になることが。

 本当に幸せだった、幸せそうな二人を見るのが。そんな二人に愛されていると感じるのが。

 オレは元々戦士に憧れてたから、義兄さんに頼んで武器の扱いを教わったり、狩りに連れて行ってもらったりしていた。

「お前は弟だから特別だぞ」

 義兄さんはよくそう言っていた。実際、年の近い奴らが木の枝を振り回して遊んでいる中、オレは義兄さんから武器の使い方を教わっていたし、弓を手に狩りへ一緒に行くこともしていた。

 あの日もそんな毎日と変わらない日だった。オレの背丈が、姉さんと並ぶくらいになった頃だ。

 義兄さんと狩りへ行き、森の奥に入った時だった。

 オレの肩に痛みが走った。オレの上げた痛みの声に駆け寄る義兄さん。ぼやけて行く視界、義兄さんがオレを呼ぶ声。

 あのときのことで覚えているのは、ここまでだ。

 気がついたときはボロ一枚着せられて、牢の中で兄さんに抱えられていた。

 それからは最悪の、地獄のような日々だった。

 目が気に入らないと鞭を打たれ、態度が悪いと鱗を焼かれ。生え変わったから良かったが、何本が歯が折れるまで殴られたもあった。

 それは義兄さんも同じだったのだろう。日が経つにつれ俺たちの体の傷は増えていた。

 その頃はまだガキだったから、どうして自分がこんな目に合うのか理解できず、理不尽にただただ泣きたくなったこともあった。

 その度に義兄さんはオレを抱きしめて、額をこすり合わせながら、優しく話しをしてくれた。

「いいか、あいつらは俺達が怖いんだ。だから痛い思いを、怖い思いをさせて言うことを聞かせようとするんだ。でもお前は強い戦士の子だ、俺とシアラの自慢の弟だ。弱いやつなんかに負けるな。」

 そう言われる度、泣きそうになると笑いかけながらオレの目を隠し言葉を続ける。

「泣くんじゃない。戦士が泣いていいのは人生で三度だけだろう。こんなことで、あいつらのせいなんかで泣くんじゃない」

「でも義兄さん、いつになれば姉さんの所に、みんなの所に帰れるの」

「大丈夫だ、きっと帰れるとも。オレだったシアラに会いたい。何せ俺を初めて泣かせたのはシアラ何だぞ」

 そうやって昔の話を、他の氏族や魔獣と戦った話を聞かせて、オレを落ち着けてくれた。

 ボロボロになって硬い床に眠る時も、古い時代の勇敢な戦士の話を聞かせてくれたり、自分の持っている知識をオレに教えたりしてくれた。

 オレも義兄さんもこの街の奴らには反抗的だった。

 だから買い手がついても、相手を殴り倒してすぐに返された。

 考えてみれば、いつ殺されてもおかしくなかったが、竜種自体が珍しかったせいなんだろう。殺されるでなく、牢へ戻されるのをオレと義兄さんは繰り返していた。

 一緒に買われた後、腹の立つ買い手だったから二人で殴り倒した後は、ボロボロにされて牢に戻された後に二人で馬鹿みたいに笑い転げたもんだ。

 奴隷にそこまで反抗された奴らがやり方を変えたのは、オレの背丈が義兄さんと同じくらいになった頃だ。

 魔獣相手に戦わされるようになった。

 魔獣。野山の獣より高い知恵を持ち、魔術師がつかうような術を使う事の出来るやつもいるという獣。

 最初は義兄さん一人で戦わされた。

 ああ、あのときの胸糞悪さ。観客席から聞こえる歓声と、殺せという罵声。こいつらは義兄さんに死ねと言っているのだと分かった瞬間、目に映る全ての連中が憎くて仕方なかった。

 戦う意志がなければ殺す、と言うかのように闘技場に経つ弓兵。戦う義兄さんの死を望む観衆。憎くて、辛くて、ただそれを見せられるだけで何も出来ない自分が嫌だった。

 義兄さんは傷は負いはしたものの、無事だった。

 その日から、義兄さんは戦った魔獣とどう戦えばいいか、剣一本で魔獣相手にどう立ち回ればいいか、オレに教えてくれるようになった。そのお陰で、オレは今日まで死ぬことなく、戦い続けられた。

 だが俺達を殺したかった連中からしたら、おもしろくはなかったんだろうな。

 次の相手は同じ奴隷だった。剣も持ったこともない奴らに剣を持たせ、オレを、義兄さんを殺させようとした。

 当然殺されてやる気なんざなかった。訳も分からず武器を持たされて震える相手を、殺した。

 もし相手が戦士ならどれだけ良かったか、そう思ったことがないわけじゃない。だが、死んでやるつもりもなかったし、命乞いをする相手を斬り殺す胸糞悪さは忘れやしねえ。

 義兄さんも同じだったんだろう。奴隷を斬っただろう後は、静かだった。けど、怒っているのは分かった。

 そして奴らはやり方を変えた。オレと義兄さんを戦わせた。

 右腕の傷に触れる。あの時、義兄さんの攻撃を受けて負った傷、オレが義兄さんを殺したときに負った傷。

「義兄さん、義兄さんっ!」

 あの頃のオレの声が頭の中に響く。

 傷口を押さえても止まらない血、冷たくなっていく義兄さんの体。

 泣き続けるオレの目を隠そうとしてくれたのか、笑いかけながら僅かに上げられて、すぐに地に落ちた腕。

「食事は済んだかね?」

 いつの間にか女が戻ってきていた。

「おや、ずいぶん残してるじゃないかね」

「ウルセェ、食う気がわかねえんだ」

「まあ、いいさ。準備ができたからついておいで、奴隷商の元締めの屋敷の場所がわかったからね」

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