7話 買い物をしよう

「こちらでよろしいでしょうか?」

「うん、悪くないんじゃないかい。ゴーヴァン、どうだね?」

「ボロ一枚に比べりゃなんだってマシだよ」

 胸の奴隷の印が隠れるなら服なんざ何だっていいだろ。

「何だってマシ、ね。なら私とおそろいの服にでもするかい?」

 ヒラヒラしたスカートの裾を軽く上げ、くるりと回る。

 前言撤回だ。

「イ、ヤ、だね! ああ、この服がいい。こいつにしてくれ」

 オレの反応を見て、女は楽しそうに笑っている。昨日見た、毒蛇みたいな笑顔は何だったんだってくらい、年相応、見た目通り、ありきたりに思える笑顔を見せている。

 いや、本当にあの時の女とこの女、同じ奴なのか? まさか双子、な訳ねえよな。

 店主に金を渡す姿を見ながら、昨日の夜のことを考える。……あー、ダメだ。やっぱ何も思い出せねえ。

 自分で自分の頭を壁にぶつけるなんて、何があったらオレがそんなことするんだ?

「さて、後は旅支度で必要なものを揃えるだけなんだが……何を買えば良いのかね?」

「旅支度? 何言ってんだ?」

 別の店の軒先を眺めながら女が話を続ける。

「用が済んだから、この街を出るんだよ。私一人なら、これと言って荷物はいらないのだけどね。ゴーヴァンは必要なものが多いだろ」

「はっ、そりゃいいや。この街を出るなら、テメエをおいて行って自由の身ってわけか」

「それは困るね。一緒にいて欲しくて、ゴーヴァンを買ったんだ」

「持ち主様はそう言いたいんだろうがな、オレぁ持ち物になった覚えはこれっぽっちも無いんだよ」

 角につけられた所有タグを指で弾く。胸には奴隷の印、角にはタグ。買われるたびにとは言え、持ち物扱いされるのは気分が悪い。

「まあ確かに、ゴーヴァンが言いたいことはわかるさね。けど私にも一緒にいてくれないと、困ってしまってしまうな」

「ハッ、大人しく言うこと聞く奴隷が欲しいんなら、そういう奴を買うんだな。オレはな、誰かの物になるつもりはねえし、道具として死ぬなんざまっぴら御免だ!」

 女の喉元に指を突きつけ、牙を向いて言い放つ。睨みつけてもやりたいが、どうもこいつの目を見ると嫌な感じしかしないから、視線だけは合わせられないのは、まあ仕方ねえよな。

「まあ確かに、物扱いは人に対してやることではないね。ならだ」

 手袋をはめた手がオレの手を包む。一瞬指でも折るのかと思ったが、オレの手を自分からどかし、オレの胸を指差す。

「胸の印を消す、と言ったらどうするかね?」

 毒蛇の笑顔。

「正確に言うと、私の知人の伝手で、だがね。それでゴーヴァンが自由の身となった時、私と一緒にいたいと思っていてくれていたら、一緒にいておくれ。それじゃあ駄目かね?」

 消す? 胸のコイツを?

「そんなこと出来るのか?」

「それは魔術による物だそうだから、同じ魔術師になら消せる者もいるだろうね。角のそれはこの街を出て、外したいときに外せばいいさね」

 笑う毒蛇の誘惑だ。

 コイツの言ってることが本当なら、オレに刻まれた奴隷印は消せる。もし嘘なら、適当なところでオサラバすりゃいい話だ。オレに損はない。

 コレに縛られてるって感覚はオレにはない。けど、オレとあの人をこのクソみたいな街に縛り付けていたのだけは確かだ。

「その話、本当だろうな」

「私の言葉の真偽は君に任せるさね。けれど、このままこの街にいるより、何もないまま一人で行くよりは良いと思うけどね」

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