第2話 異世界転生
(……かわいい……可愛すぎる)
まさか召喚の儀でやってきたのがこんなに可愛い男の子だなんて。こんなに可愛い人間を見たのは初めてよ。女神である私が息を呑むなんて……
私の知っている人間の男性といえば、幼い頃は良くても成長するにつれて残念になる生き物なのよ。
少し長めの美しい漆黒の髪に、強い意志を秘めた綺麗な黒い目。幼さの中に大人びた一面ものぞく整った童顔。
……これは女神人生初の大当たりだわ。生きていればいいこともあるものね。それとも伊織の世界ではこのレベルの可愛さは普通なのかしら? ……だとしたら、そこは本物の天国じゃないっ!!
いや、伊織の良さは見目の可愛さだけじゃない。女神だから分かる。こんなに純真な人間は本当に珍しい。育った環境が良かったのかしら? とても平和で豊かな世界で暮らしていたのかもしれないわね。
彼は真剣に考えてくれている。自分のことだけじゃなく、私のことも考えてくれている。世界の人々の力になってあげたいという思いが伝わってくる。
自分が怖い思いをするかもしれないのに、自分が痛い思いをするかもしれないのに、自分が苦しい思いをするかもしれないのに……
なんていい子なの! あぁ、紅茶を飲む姿もかわいい……そして、転生を拒否しても構わないと告げたのに……
もう、抱きしめるしかないじゃない!!
◇◇◇
「ちょ、ちょっと落ち着いて! まだ転生を決めたわけじゃないから」
僕は興奮して抱き着いてくるアリューシャをなだめて椅子に座らせた。
「それで、なぜ僕を選んだの?」
僕は平凡な日本の高校1年生。身長はクラスで低い方だし、運動もあまり得意でない。学力はまあまあだと思うけど秀才ではない。趣味も読書やゲームで平凡である……あ、料理は少し得意かも。
しかし、とてもじゃないけど世界を変革できるとは思えない。そう、女神様の加護があったとしてもだ。
「悪いけれど、選んだんじゃないの」
「えっ?」
「一言でいえば、たまたまね」
「偶然だっていうの?」
「そう。万分の一……億分の一の確立であなたの魂が選ばれた」
なんてこった。そんな確率に当選する豪運があるなら、突然死を避けるくらいの人並みの運が欲しかった。いや、こうやって転生する機会を与えられたのならば喜ぶべきなのだろうか?
「もうこれが最後のチャンスだと思ったからドキドキだったのよ。だから、あなたが引き受けてくれて本当に良かった」
話をしながら、いつの間にかアリューシャは僕の隣に座り、そしてこちらに美しい笑顔を向ける。
(これはずるいぞ……)
「でも、僕なんかに世界を変えることができるのかな?」
「間違いなく素質はあるはずよ。そうじゃなければここにはいない」
悪を断罪する素質……確かに、悪を憎む気持ちは人一倍持っている。相手が悪人であれば、僕は容赦なく攻撃することができるだろう。
なぜなら、僕の両親は悪人によって命を奪われたのだから。
「あなたにすべてを押し付ける形になってごめんなさい……ただ、一つ覚えておいてほしいのは、伊織には新しい世界では思うがままに自由に生きてほしいの」
世界を救うために全力を尽くさなくて良いのだろうか?
「それでいいの? 200年前の“使徒”と同じ結果になるかもしれないよ」
「折角の第2の人生なんだもの。大変だと思うけれど、異世界生活を楽しんでほしいわ」
僕の肩の力を抜こうと配慮するアリューシャの優しさを感じる。本当は「絶対になんとかして!」と言いたいに違いない。
会話を重ねるうちに、僕は女神アリューシャに好感を持つようになっていた。
「それに、あなたが自由に生きることが、世界の変革に近づく気がするの。まぁ私の勘だけど……」
「女神の勘は当たるの?」
「ふふ……このままではまずい、という予感は当たってるわ」
それは予感というよりも当然の予想と言った方がしっくりくる。
「もう一つ聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
「どうしてそこまでこの世界に固執するの?」
アリューシャは答え辛そうに下を向いていたが、やがて意を決したように僕の目を見て答えた。
「正直に言えば、世界を管理せよというゼプスナハト様の命令だからよ。それを裏切りたくない、がっかりさせたくないという気持ちはあるわ」
これは当然の答えだ。主神の期待に応えたいと思わない女神はいないだろう。主神がやむなく世界を消滅させるなど、管理を任された女神にとっては恥でしかない。
「それと……」
「それと?」
「何よりも一番つらいのは、無辜の人々がが厄災に苦しみ、生きる術を奪われてしまうこと。私は世界の人々の幸せな顔が見たいの……。もちろん中には悪人もいるけれど、それ以上にこれまでたくさんの善人を見てきたから……」
そう言ってアリューシャは目の縁の涙を手で拭う。どうやらこれが僕を異世界転生させる最大の理由のようだ。誰よりも世界の幸せを願っているのがアリューシャだということが分かり、僕はなんだか嬉しくなった。
「それにね……それに……ええっと……」
「それに? どうしたの?」
「ごめんなさい……やっぱり今は言えないわ。今話すのはちょっと卑怯な気がするから……」
「訳が分からないよ……」
結局、アリューシャは言葉を飲み込んでしまった。しばらくの間、僕とアリューシャの間に沈黙が流れたが、やがて僕は意を決してアリューシャに告げた。
「……アリューシャ、ええっとね……」
「伊織?」
「僕にどれだけの事が出来るか分からない……」
「うん」
「君の期待に応えられる自信がないんだ」
「……うん」
アリューシャがうつむいて蚊の鳴くような声で返事をした。彼女の肩が小さく震えている。
「でも、一人でも多くの人が笑顔になれるように頑張ってみるよ」
「えっ!?」
アリューシャが顔を上げ、驚いた表情で僕を見ている。彼女の綺麗な瞳が潤んでいた。
「異世界転生、お願いします」
アリューシャはぼろぼろと涙を流しながら僕に顔を近づけてきた。そして僕の耳元で「ありがとう」と囁いて、突然僕の唇にキスをしたのだった。
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