異世界断罪物語~女神様の名に誓い、異世界の悪党に鉄槌を~
黒兎
第1章
第1話 女神アリューシャ
「――ここは……どこ?」
あたり一面真っ白な空間に僕はいた。どこを見渡しても白一色である。
「僕は……どうしてこんなところに?」
ふと気が付くと、いつのまにか目の前に白いテーブルと2脚の椅子があった。
「……さっきまで……なかった……よね?」
誰かいるのかともう一度周囲を見たが、白いテーブルと2脚の椅子以外には何もない。いや、今度はテーブルの上に白いコップが置いてあった。
「おーい! 誰かいるの!?」
僕は大声で呼びかけながらテーブルに近づいた。白いコップの中には湯気を立てた琥珀色の液体が入っており、甘い匂いが漂っている。
(紅茶か……)
コップを手に取ろうとしたその時、人の気配を感じた。僕が顔を上げると、1人の女性が対面の椅子に座っていた。
「召喚の儀はうまくいったようね……ようこそ、異世界の者よ」
「…………」
声が出なかった。目の前に座る女性があまりにも美しかったからだ。顔の各パーツがまるで人形のように完成されている。
流れるように綺麗なロングの白い髪。新雪のように輝く白い肌。座っているのでよくわからないが、身長は160cmほどだろうか。女神様が着るような白い衣服をまとい、胸元から三角型の整った胸がのぞいている。
一見すると少女にも見えるその女性は、妖艶な色気を醸し出しながら紅い瞳でこちらを値踏みするように見ていた。
「座りなさい」
僕はなんだかのぼせそうになりながら、目の前の椅子に座り美女と向き合う。
「ごめんなさいね、突然こんなところに呼び出して」
「君は誰? そしてここはどこ?」
「私は女神アリューシャ」
「女神……アリューシャ……」
「ここは私が支配する空間ね」
「そうか、女神様だったのか……」
非現実的な話の内容にもかかわらず、僕はなるほどと得心顔で頷いた。
「驚かないのね」
「見た目は人間と同じだけれど、現実世界にこんなに美しい女性がいるわけないよ」
「そ、そうなの……」
女神様は少し顔を赤くしていた。
「では、自己紹介をお願いするわ」
「女神様なのに分からないの? 知らない人間をここによんだの?」
「私にも分からないことはあるのよ」
そういって女神様は頬をふくらませた。どうやら感情表現豊かな女神様のようだ。しかし、それが美しさに可愛らしさを付け加えて、より魅力的に見える。
「……伊織、15歳です」
「趣味は?」
「読書です」
「どんな本を読むのかしら?」
「歴史小説や推理小説が多いです」
「職業は?」
「高校生です」
「それって何なの?」
「勉強することがお仕事です」
「彼女は?」
「いません」
「本当かしら?」
「一度も出来たことがありません」
「好きな女性のタイプは?」
「特にこれといってありません」
「私はどうかしら?」
「……」
「……何か言いなさいよっ!」
女神様は少し涙を浮かべており、言葉づかいもくだけて最初に見せた威厳はどこにもなかった。
「それで、女神様。そろそろ僕をここに呼んだ理由を教えてください」
「アリューシャよ……」
「は?」
「アリューシャって呼びなさい。それと、敬語はやめなさい」
「……女神様?」
「……」
「……アリューシャ」
「なに? 伊織」
この女神様は美しさと比例して、とてもわがままな性格のようだ。
「僕をここに呼んだ理由をはやく教えて」
「……世界が消えそうなのよ」
「はい?」
「はるか昔、主神ゼプスナハト様はたくさんの世界を創ったの」
「ちょっと、いきなり意味が分からないよ」
「いいから黙って話を聞きなさい」
僕は大人しくアリューシャの話を聞くことにした。
「そして、ゼプスナハト様は各世界の管理を私たち女神に任せた……私は世界“アースオブエデン”の管理を任命されたわ」
アリューシャは小さくため息をついて紅茶を一口飲んだ。
「人間族・竜人族・長耳族・獣人族・小人族・鬼人族などが共生するその世界はとても美しかったわ。他の女神に自慢できる素晴らしい世界だったのよ……」
まさしくハイファンタジーの世界そのもの、異世界物語の王道のような種族たちが登場した。長耳族はエルフで、小人族はドワーフのことである。
「素晴らしい世界……だった? 今は違うの?」
僕は素直に思ったことを口にし……後悔した。アリューシャはプルプル震えながら下を向いている。
「……残念だけど、それは過去の話よ……」
どうやら地雷を踏んだようだ。アリューシャは再び涙目になっていた。
「ご、ごめん。余計な事を聞いたみたいで……」
「いいの。事実だからしょうがないわ」
「もしかして、アリューシャの管理する世界が消えそうなの?」
「伊織は聡明ね。その通りよ……」
アリューシャは紅茶をさらに一口飲んで、どこか遠くを見ながら話を続けた。
「世界にはいくつかの国が誕生し、やがて領土や資源をめぐり争い始めたの」
僕のいた世界と同じだと思ったが、黙って説明の続きを聞くことにした。
「数に勝る人間族はとても狡猾で……次々と領域を拡大していったの」
とても悲しそうな顔で、声を少し震わせながらアリューシャは話を続ける。
「こうして人間族が世界の大半を支配するようになったわ」
「それがまずいの?」
「ええ、もちろん清い心を持った人間もたくさんいるのだけれど、同じくらい邪悪な人間もいて……私は基本的に見ていることしかできないから……」
アリューシャの話によると、現在は多くの人々が重税・凶作・自然災害・疫病などで苦しんでいるとのことだ。さらに、世界各地で争いは絶えず、貧富の差は拡大して一部の者だけが豊かな生活を送っているらしい。
「……女神の恩寵として与えた魔法も犯罪で使われことが多いわ」
「アリューシャたちの管理する世界では魔法が使えるの!?」
「あなたのいた世界では使えないの? こっちの世界では魔法やスキルは常識ね」
興奮する僕に対して、アリューシャは首を傾けながら返答した。
「こうして美しかった世界は崩壊の危機に瀕しているのよ……」
「確かにそれは良くない状況だね」
アリューシャが涙目になりながら頷いた。
「主神ゼプスナハト様はこれを憂いて、世界“アースオブエデン”の浄化を考えているみたいなの」
「えっ!? 浄化って……もしかして……」
「そう、世界の消滅ね」
世界が消えるというのは、主神による世界の浄化という意味だったのだ。
「それで……僕がここに呼ばれた理由は? なんとなく察しはついているけど」
「特別に私の加護をあげるから、私の世界への転生をお願いしたいの」
「やっぱりそうきたか……」
「ごめんなさい。あなたが最後の希望なの。この世界を変革してほしい」
「変革……?」
「悪が断罪され、善が尊重される……そんな世界に戻してほしいの!」
アリューシャは世界の将来に危機感を抱き、この状況を打破するために主神ゼプスナハトに救済措置を願い出たそうだ。それが別世界の人間の召喚であり、主神は特別にそれを許可した。
「女神が直接世界に干渉することは原則禁止なの。こんなチャンスなかなかないわ。召喚の儀は、なんと200年ぶりのことなのよ」
「200年前に召喚された人はどうなったの?」
「民衆から“使徒”とよばれたその人間は、女神の加護を駆使して活躍したんだけれど……」
「けれど?」
「最後には加護の力に溺れて、暴虐の限りを尽くして死んだわ。世界はますます大混乱ね」
この結果、世界の崩壊は大いに加速したようである。200年も次の救済措置が取られなかったのは、これが理由だということだった。
「それで、拒否することはできるの? 僕の世界に戻してもらえるの?」
「拒否しても構わないけれど、あなたの世界には戻せないわ」
「どうして?」
「伊織はもう死んでるからよ。覚えてないの?」
「え? ……は?」
「理由は私にもわからないわ。でもここにいるということは、あなたは死んでいるということ」
そういえば、確かに僕は死んでしまったような記憶が断片的に残っている。ただ、その記憶があいまいで、死んだ理由をはっきりと思い出すことができない。
「それで、拒否したらどうなる?」
「伊織の魂は元の世界に還るわ。その後どうなるかは“神のみぞ知る”ね」
「アリューシャは女神でしょ」
「誰も知らないって意味で使ったのよ」
最初は驚いたが、僕が死んだという事実は思ったよりもすんなりと受け入れることができた。こうやって普通に会話ができているので、あまり実感が湧かないせいかもしれない。
「ふぅ……どうしようかな……」
「ごめんなさい、突然決断を迫る形になってしまって」
僕は頭を掻きながら紅茶を飲んだが……なぜか少しも冷めていなかった。
「驚いた? 私、得意なのよ」
「何が?」
「時間操作の魔法よ」
これが魔法……どうやら紅茶に流れる時間を操作して、温かさを一定に保っているらしい。魔法を初めて目の当りにして、僕の中で異世界に対する興味関心が急速に高まった。
「正直に言うわ。あなたは今回の件を断るほうが方が幸せかもしれない……」
「えっ!?」
「私の加護があるとはいえ、こっちの世界は善人にとってあまりに危険。一見すると平穏に見えるかもしれないけれど、至る所に魔物は跋扈しているし、種々の犯罪や奴隷の売買も当たり前に行われているわ。汚いものや目にしたくないものを見ることにもなるでしょうね」
魔物はともかく、僕のいた世界でも虐殺や人権侵害は普通に行われている。ずる賢い連中はたくさんいたし、嫌なものもたくさん見てきた。そう、僕の両親だって……
「伊織のような純真な男の子が暮らしていた平和な世界とは違うの」
「いや、僕の世界が平和というわけでは……」
「それに、悪を断罪するということは……人の命を奪うことになるかもしれないの……」
「それは……」
「だから、あなたが異世界への転生を拒んでも文句は言わない! 主神ゼプスナハト様に誓って」
アリューシャを見ると、胸の前で両手の指を組んで目をつぶっている。まさしく“お願い”のポーズである。
(異世界で人生やり直し……しかも、世界の運命を背負って……)
「……もうちょっと詳しい話を聞かせてほしいかな。僕に何かできるのならば、少しでも力になれればと思うんだ」
言ってしまった後悔で僕は小さくため息をついた。その瞬間、アリューシャが突然テーブルを飛び越えて抱きついてきて、女性に耐性の無い僕は大慌てしたのだった。
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