第3話

「カノエ、カノエ!」


私の名を呼ぶ声がする。

実に不快だ。

まだ、まだ…眠っていたいのに。

身体を執拗に揺さぶられて、仕方なく瞳を開く。

一番に目に飛び込んできたのは、嬉しそうな顔だった。

不意に、手を伸ばそうとした―—が、ガチャ、という音に阻まれた。


『(なに……?)』


まだ朦朧とした意識の中で自らの腕を見る。

その先には、しっかりと肘掛けに固定された腕を見る。

取ろうと抵抗してみるが、それは失敗に終わった。

それに加え、どうやら脚も固定されているようだ。

絶望すら感じられる己の状況に、情けなさも感じる。


「カノエ、良い事が分かったよ!」


私の心情などどっちのけで、ラインは瞳を輝かせている。


「カノエの血を飲んだマウスがね、死んだんだ!」


ラインは心急くように早くて結果を告げる。


『…死んだ?』


おかしい。私の血を飲んだ人は寿命が長くなるんじゃ…。

そんな心情を瞳に写しながら、黙り込んでしまった。

ラインも不思議そうに顎に手をあてる。


「…でもまだ一回目の実験だし、まだまだ試したいことがあるから、逃がしてあげられないよ。ゴメンね?本当にカノエの血は素晴らしい…」



陶酔して放つ言葉に、言葉を失ってしまった。


やはり私は逃げられない。

一度でも役に立ちたいと思ってしまったことが間違いだったのだ。

ラインの底に眠っていた本音を、引き出してしまったのだ。




《———そう、彼(ライン)は《私の血》に恋をしている。》



大変なことをしてしまった。

確信した。

私はここに居てはいけない。

とても小さな声を振り絞って、呪文を述べる。

本来の力を出せば、こんな拘束は簡単に外れるのだ。

そしてそれをしなかったのは、私のほんの少しの我儘。



『———彼が私に恋をしてくれれば。』



果たされない。

だから消えよう、ここから。



「———!カノエ!?どうしたの、」



寂し気に、だったと思う。

酷く無理に笑って、ラインの額に指先を触れさせた。


「———忘れなさい、私の事は《グッドバイ。》



ピリと閃光が走る。

ラインはその閃光を受けて、立ち尽くしていた。




「さよなら、ライン」




私はくるりと踵を返して研究所を出た。

ふと空を見上げると、既に日は沈んでいて、満天の星空が私を迎えてくれた。

ゆっくりと歩きながら空を見ている。

ふと、彼が好きだと言っていた星を見付けてしまった。

途端に涙が溢れてきて、歩みを止める。



彼の一番になりたかった。自分の血にすら、嫉妬した。







ああ、私はラインの事を好いていたのか―——。








「————ックク、あははははっ……!」




不老不死の魔女だというのに、本当に笑ってしまう。

自分の思考回路に馬鹿みたいに夢を見ていたなんて。

この夢見心地もあの男の所為だ。

今までのドキドキが、不純なドキドキに変わる。

明るかった風景が、一気に真っ黒に変化した。





―——憎い。でも、愛しい。———



二つの心が、ぶつかり合う。

傷だらけの心で、歩み続けている。

憎いのに、憎いのに、こんなにも苦しくて愛おしくて愛している。

愛している。愛している。大好きで仕方ない。


いつの間にか、雨が降り出していた。

濡れた衣服のまま、私はあてもなく彷徨っていた。

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