第2話 黄金のオシリス像
アルウはずっと病弱だったので、学問より健康のことを気にかけたハレムイアとヘヌトミラ夫婦は、我が子をできるだけ外で遊ばせるようにした。そして、アルウが生まれて三年後には妹のムテムイアが生まれ、ハレムイアの家族は四人家族になると、家の中はさらに賑やかで明るくなった。
太陽の光とナイルの水を浴びながら伸び伸びと育ったアルウは、八歳になると両親の願い通り健康で腕白な少年に育った。ところが外で遊ぶことが好きになったアルウは、家でじっとしていることが嫌いで、まして椅子に座って勉強することは大嫌いだった。ろくに読み書きも出来ない息子の将来を両親は心配したが、アルウは親の心配をよそに遊んだ。
アルウにはいつも一緒に遊ぶ仲間がいた。近所の幼馴染みで活発なシヌヘ、読書が好きなケティ、職人の倅のメンナ、三歳年下の妹のムテムイアだ。いつもこのメンバーと一緒にナイル川で魚を獲ったり、砂漠に埋もれた古い時代のお城を探検したり、オアシスで虫取りをしたりと、毎日、砂漠に太陽が昇る頃から遊びはじめ、太陽が沈むまで遊び続けた。
そんなある日、ハレムイアが思い詰めた顔をして、
「アルウを職人にしよう」
ヘヌトミラに自分の考えを打ち明けた。
「わたしもそれがいいと思います」
息子は感性が鋭く感受性が豊かだったので、ヘヌトミラは即座に賛成した。
こうしてアルウの学校通いが始まった。
アルウとメンナは王宮付属の職人学校に通うことになり、ケティは書記を目指すために王宮付属の高位高官の子弟が通う名門学校に入学し、少し年長だったシヌへは軍人の学校に通いはじめた。
ところが学校に通い始めたアルウは、八歳にもなるのに一桁の簡単な足し算も引き算もできなかったので、いつも学校の先生に怒られて自信を失っていくばかりだった。やがて周囲のみんなが読書をしたり勉強をしたりしてだんだん外で遊ばなくなると、勉強ができなくて学校にいづらくなったアルウは登校を拒むようになり、ますます自然の中に一人でいることが多くなった。
アルウが毎晩、不思議な夢を見るようになったのはその頃だった。夢の中でアルウが砂漠を彷徨っていると、どこからともなく神の声がして彼に命じるのだ。
「黄金のオシリス像を探せ」
神の声は優しくも威厳に満ちていた。
「あなたは?」
「余はオシリス」
「オシリス、その像はどこにあるの?」
「ナイルの金色に輝く場所だ」
「ナイルの金色に輝く場所って何処?」
オシリスはそれには答えず、
「黄金のオシリス像をオシレイオンに祭れ」
と繰り返した。
「オシレイオン」
オシリスの声がしなくなると、アルウの夢の中でナイルの同じ風景が繰り返し流され、川の表面が金色に輝いた。夢はいつもそこで終わり目が覚めるのだ。
学校に行かなくなったアルウがオシリスの夢を見る度に、
「ナイルに黄金のオシリスをさがしに行かなくちゃいけないよ」
と同じ話を繰り返すので、両親は途方にくれた。
ある日、ハレムイアは、部屋で寝転がっているアルウに声をかけた。
「アルウ、粘土遊びでもしないか?」
するとアルウは不満げに、
「遊ぶんなら外で遊びたいよ」
と言って小さな枠に両手をかけ、窓から外をながめた。
「じゃ、いつも遊びに行くところに父さんを連れていってくれないか」
ハレムイアはアルウの肩をポンと軽くたたき、誘った。
「うん、いいよ!」
アルウが目を輝かせる。
「かあさん、アルウと外に出かけてくるよ」
「夕ご飯に間に合うように帰るのよ」
ヘヌトミラが微笑んだ。
「はーい」
アルウは元気よく返事をすると、父親と一緒に外に出かけて行った。
外に出ると太陽が眩しく輝いている。空は雲一つないお天気だ。外に出た途端アルウの目が輝く。まるで別人のように生き生きとしてきた。
親子は家から近い大通りに出た。通りはいつもラクダやロバや牛に荷物を引かせた荷車がひっきりなしに行き来している。親子はその通りを用心深く横切り大きな市場に入った。市場は多くの人で賑わっていた。茶の瞳、黒い瞳、青い瞳、様々な人種が行き交う。
市場の屋台には世界中の珍しい食べ物や飲み物、動物、植物、目も眩む宝石、貴金属、美しいカップや壺、家具や飾り物が山のように売られていた。
親子ははぐれないように手をつなぎ人混みの中を通り抜けた。市場から出てしばらく歩くとナイルが見えた。アルウお気に入りの場所だ。
ナイルが見えた途端、
「父さん、こっちだよ」
アルウが急に走り出した。
「アルウ!」
ハレムイアは慌てて息子の後を追った。
アルウはナイルの辺まで来ると川に駆け込み、川の深いところに歩き進んだ。
「アルウ、危ないからそれ以上行っちゃいけない」
ハレムイアは急いでナイルに入り息子の後を追った。
「この辺りにあるんだ」
アルウはナイルの水が太股の辺りまで浸かると、立ち止まって腰を曲げ、手を腕の付け根辺りまで水の中に突っ込んでなにやら探し始めた。
「何を探しているんだ?」
「黄金のオシリス像だよ」
「黄金のオシリス像だって!」
「そうだよ。夢でオシリスがこの辺りにあるって言ったんだ」
「あの夢の話か」
「嘘じゃないよ」
アルウは全身ずぶ濡れになりながらもオシリス像を見つけようと懸命に手探りした。
「父さんも手伝うよ」
ハレムイアも腰を曲げて川底に手を伸ばし、アルウが示した場所を一緒に探った。
父子は小一時間程川底を探したが、黄金のオシリス像は見つからなかった。
「アルウ、今日はそろそろ引き上げないか」
「もう少し探したいよ」
アルウは諦めがつかない。
「おかあさんが晩ご飯作ってまってるよ」
(この集中力を職人の勉強に向けさせる良い方法はないものか。好きな事になると、こんなに驚くべき集中力が出せるのだ。職人として目覚めさせれば必ず優秀な職人になれる)
ハレムイアは目の前で黙々と川底を探索する息子の姿を眺めながら思った。
少ししてハレムイアは良いアイディアを思いついた。
「アルウ。オシリスの像を探すいい方法があるよ」
「え、どんな方法」
「夢をよく思い出すんだ。そしてオシリスが示した場所の絵を描いてみるのさ」
「オシリスが示した場所はここだよ。わざわざ絵を描く必要なんかないよ」
「ところが描くと意外なことに気づくもんさ」
「意外なこと?」
「イメージでわかっていても、いざ描いてみると実際とは違うことに気づくことが沢山あるんだよ」
「言ってる意味がわかんないよ」
「描くとわかるものだよ。父さんと一緒に描いてみないか」
「そんなに言うなら描いてもいいよ」
陸に上がった親子は椰子の木の陰に腰を下ろして、夕日を反射してキラキラ光る美しいナイルを眺めた。
ハレムイアは紙とペンを鞄から取り出し、
「こう描くんだよ」
アルウと探索していたナイル川のスケッチをはじめた。
すると魔法のように、初めは線だけだった紙面に、みるみるうちに輝くナイルや青い空、ふわふわの雲、生い茂る濃い緑の椰子の木が姿を現した。
「父さん、すごい」
アルウは目を丸くしてハレムイアのデッサンを見た。
「どうだ、描いてみないか」
「こんなに巧く無理だよ」
「大丈夫さ、初めは線だけでいいんだ」
ハレムイアは別の紙に簡単な線だけでナイルと辺に茂る椰子の木を描いてみせた。
「これなら僕にも描けそうだね」
「さっき川底を手探りしていた場所の景色を描いてごらん」
「うん」
アルウがペンを右手に握り、新しい紙にデッサンをはじめたので、ハレムイアは側でアルウのデッサンを見守った。
しばらくしてアルウの手がとまり、
「できたよ」
嬉しそうにハレムイアの顔を見上げた。
ハレムイアはアルウから手渡された絵を見て、
「上手く描けているじゃないか」
目を細め、にこにこしながら絵を褒めた。
ハレムイアは、アルウの絵を褒めるだけで批評は絶対にしなかった。絵の細かな批評は描き手の意欲を削ぐことを彼は十分承知していたからだ。
(今は興味と意欲をもたせ自信をつけさせることが大切だ)
アルウはハレムイアに褒められたのがよほど嬉しかったのか、もっと描きたいと紙を催促した。
「今度はイメージを描いてみようか」
「イメージ?」
「アルウが夢でオシリスから見せてもらったナイルの様子だよ」
「うん」
「目を閉じて心を静かにして夢を思い出すんだ」
アルウはハレムイアから言われたとおり目を閉じて、夢を思い出そうとした。
「……」
少ししてアルウの目が開くと、彼は夢で見たイメージを黙々と描きはじめた。
今度もハレムイアは黙ってアルウが描く様子を見守った。
しばらくして、
「こんな感じかな」
アルウは描いた絵をハレムイアに手渡した。
「上手く描けているじゃないか」
ハレムイアはアルウの絵を両手に持って、早速、さっきアルウがオシリスを探っていた場所と比較してみた。
「う─む」
「父さん、どう?」
ハレムイアはアルウが初めに描いたナイルの絵と二枚目に描いた夢のナイルの絵を二枚並べてみせた。
「アルウ、どう思う?」
「違うね」
「椰子の木の場所が違うよ」
「川の曲がりも違う」
ハレムイアは顎に右指を添えて唸った。
「もう少し下流のほうかもしれないな」
「父さん、行こう!」
ハレムイアとアルウは立ち上がると、椰子の木陰から出て、ナイルの川沿いを下流に向かって歩きだした。
アルウは疲れることなく歩き続ける。時には走って鳥を追いかけ、時にはジャンプして飛ぶ虫を掴もうとした。
(あんなに病弱だった子がこんなに元気になって……)
ハレムイアは妻のヘヌトミラと一緒に、我が子の健康をエジプトの神々に必死に祈った時の事をしみじみと思い出した。
「父さん!」
二十分ほど歩いた時、アルウが大きな声でハレムイアを呼んだ。
「あの椰子の木」
アルウが指差した方向を見ると、
「夢の絵に似てるな!」
ハレムイアもびっくりした。
「ここだよ!」
そう言って、アルウがいきなりナイルに走って行くので、
「アルウ、危ない!」
ハレムイアも急いでアルウを追いかけナイルに入った。
アルウはナイルの水が腰の辺りの深さまで来ると、右手を伸ばして川底を探り始めた。
その様子をハレムイアはしばらく見守った。
暫くしてハレムイアは息子に訊いた。
「どうしてそこだと思うんだい」
「夢の中でみたのはあの椰子の木を正面にして、水が腰まで浸かるところだよ」
そう言いながらアルウは正面の川岸に生えている椰子の木を指差した。
ハレムイアが感心して対岸の椰子の木を見ていると、
「あった!」
アルウの大きな声がした。
「とうさん、オシリス像が見つかったよ」
アルウは黄金のオシリス像を握り締めて叫んだ。
「凄いぞ!」
ハレムイアは息子の所へ急いだ。
「やっぱり夢じゃなかったんだ」
「疑って悪かった」
ハレムイアは息子の頭を撫でた。
「気にしないって」
アルウは片目を瞑った。
「父さんにも見せてくれないか」
「うん。いいよ」
ハレムイアが息子から、高さ二十センチほどの黄金のオシリス像を渡されると、金独特のズシッとした重量感が手に伝わってきた。
「本物だ!」
「もちろん本物に決まってるじゃん」
「オシリスが教えてくれたんだからね」
「このオシリス像はオシレイオンに返さないといけないんだ」
「オシレイオンに?」
「そうだよ。夢でオシリスが命じたんだ。オシレイオンの地下の運河が見える場所にこの像を置くようにって」
「オシレイオンの運河に私たちは入れないよ」
「大丈夫だよ。オシリスの部下がこの像を持って行ってくれるから」
「オシリスの部下が?」
「うん」
「……」
ハレムイアはそれ以上言葉が続かなかった。
「かあさんにも報告しよう」
「うん」
ハレムイアは自分の鞄を開けてアルウに目配せした。
アルウは黄金のオシリス像を父親の鞄に丁寧に入れた。
「とうさん、ネコババしちゃ駄目だよ」
ハレムイアの顔を見上げた。
「そんなことしないよ」
ハレムイアは困惑して頭を掻いた。
するとアルウは笑い声を上げ、
「もちろんわかってるよ」
そう言ってハレムイアの中年太り気味のお腹を突っついた。
二人がナイルから上がってくると、丁度その時エジプト軍の隊列が通りかかった。
「あ、オシリスの部下だ!」
そう言うとアルウが突然隊列の先頭集団のところに向かって走り出した。
「アルウ!」
ハレムイアは慌てて息子を追いかけた。
「危ないぞ!」
先頭の戦車に立つ軍人が大きな声を出した。
「申し訳ありません」
ハレムイアはアルウに追いつくと息子を抱きかかえた。そしてすぐに跪いて謝ると、
「何事だ!」
隊列の一番立派な戦車から大柄の軍人がハレムイアとアルウを睨んだ。
「王様……」
ハレムイアがセティ一世を目の前にして呆然としていると、アルウが急に立ち上がり、
「王様! このオシリスの像をオシレイオンに返してください」
鞄からいつのまに取り出したのか、アルウは黄金のオシリスの像をセティ一世に見せた。
ハレムイアはアルウを再び抱き締め、すぐに王様の戦車の近くに跪いた。
「このオシリス像をどこで見つけたのだ」
二メートル近い大柄なセティ一世は、戦車からゆっくり降りてくると、アルウの頭をごつごつした手で撫でながら尋ねた。
「ナイルの川底です。夢の中にオシリス神が現れ『ナイルに沈んでいる黄金のオシリス像を見つけ、オシレイオンに祭れ』と命じたんです」
アルウは夢でみたとおりのことをセティ一世に話した。するとセティ王はアルウの前で中腰になり、
「私も夢の中にオシリス神が現れて、アビドスのオシレイオンがある場所に神殿を造るよう命じられたのだよ」
そう言ってアルウを優しく見つめた。
するとアルウはセティ王の前で突然立ち上がり、
「王様もオシリスの僕だね」
と言ったのでハレムイアは慌ててアルウを跪かせようとした。
「も、申し上げありません」
「よいのだ」
セティ王はアルウに微笑みながら、
「私もおまえも、いや、エジプトのすべての民が皆オシリスの僕だ」
と言って大笑いした。
「名はなんと言う」
「アルウです」
「珍しい名だ」
王様は立ち上がってハレムイアに話しかけた。
「おまえはオシリスに愛された息子を授かったエジプト一の幸せ者だ」
「あ、ありがとうございます」
「オシリス神に感謝するがいい」
「はっ、はい!」
ハレムイアは王様の前で跪いたまま頭を下げた。
その時、
「王様!」
とアルウが黄金のオシリスの像をセティ王に差し出した。
「確かに預かったぞ」
そう言ってセティ一世は黄金のオシリス像をアルウから受け取った。
「宜しくお願いします」
アルウは明るくはきはきした声で言った。
「アルウ、オシリス像は必ずオシレイオンの地下の運河が見えるところに祭ると約束する」
王様は小指を差し出しアルウと指切りした。
それからセティ一世は王家の紋章が刻まれた金の指輪を右手の人差し指から外し、
「オシリス像を見たいときはアビドスの神官にこの金の指輪を見せるのだ」
そう言ってその指輪をアルウに手渡した。
「ありがとうございます!」
アルウはセティ王から指輪をもらい大喜びした。
「おまえは手先が器用そうだな」
セティ一世は、女の子のように細くて長いアルウの指先を見て驚いた。
「友達からよく言われるんだ」
アルウが無邪気に答えた。
「おまえは職人になるのだ。なってオシリスの像を作れ。アビドスのオシリス像はおまえにまかせるからな」
「はい!」
アルウが何の躊躇いもなく承諾したので、側で冷や冷やしながら聞いていたハレムイアは卒倒しそうになった。
「約束だぞ」
王様はそう言ってもう一度アルウと指切りし、大きく笑った。
セティ一世がオシリスの像を大切に持って戦車に乗りこむと、長い隊列が宮殿の方に向かってゆっくりと進み始めた。
ハレムイアとアルウは、王様の隊列が行ってしまうまで跪いていたのだが、隊列が見えなくなると親子は急いで家に帰った。
すでにナイルは夕日で真っ赤に染まっていた。ところがアルウがオシリスの像を発見した辺りだけは、いつまでもきらきらと金色の輝きを放っていた。
家では二人の帰りが遅いことを心配したヘヌトミラが、娘のムテムイアと一緒に帰りを待ちわびていた。
「帰りがおそいわね。何かあったのかしら」
「さがしにいく?」
ムテムイアが母親をあおぎみる。
その時だった。
「かあさんただいま!」
アルウの元気な声が玄関に響いた。
「ただいま」
続いてハレムイアの落ち着いた声もした。
二人があまり遅かったので、
「もう、いったいどこまで行ってたの? 心配してたのよ!」
ヘヌトミラは目をつり上げて二人を叱った。
「かあさん、アルウがすごいお手柄なんだ」
「お手柄?」
「ぼくオシリスの黄金の像を見つけたんだ」
アルウが母を見上げながら言った。
「黄金のオシリス像?」
ヘヌトミラがポカンとしていると、
「アルウが夢で見たという黄金のオシリス像をナイルで見つけたのさ」
ハレムイアがいきさつを簡単に説明した。
「あたしも、その黄金のオシリス像を見たいわ」
黄金と聞いてヘヌトミラは目を輝かせた。
「それがね、もうないんだ」
「ないって……」
「王様がオシレイオンに返してくれることになったんだ」
アルウはヘヌトミラを慰めるように言った。
「オシリスがアルウの夢の中で、黄金のオシリス像を王様に託し、オシレイオンの地下運河に返すよう告げたらしいんだ」
ハレムイアが説明すると、ヘヌトミラはとてもがっかりして肩を落とした。
「じゃ今まで、オシリス像を王様に届けるため、宮殿に行ってたのね」
「王様が取りに来てくれたんだ」
アルウがにこにこして言うと、
「オシリスの像を見つけた直後に、タイミングよく王様の隊列が通りがかったんだよ」
ハレムイアがアルウの言葉に付けたした。
「まぁ、それじゃ持って帰れないわね」
「すべてオシリス神の予定通りだったんだよ」
アルウが誇らしげに胸を張る。
「かあさんすごいんだ。アルウは王様に褒められて指輪を頂いたんだよ」
ハレムイアが褒めるとアルウは金の指輪を手の平に載せてヘヌトミラに見せた。
「王家の紋章がはいってるわ!」
ヘヌトミラは気を失いそうになった。
「オシレイオンの黄金のオシリス像が見たい時は、いつでも見に来ていいよって王様がこれをくれたんだ」
アルウが平然として言うと、ヘヌトミラはすぐに部屋の奥から丈夫そうな革紐を取ってきて、
「無くさないように革紐でネックレスのようにしましょう」
と言いながら指輪に革紐を通して輪っかを作り、息子の首にかけてやった。
「母さんありがとう!」
指輪のネックレスにアルウは大喜びだ。
「大切にするんだぞ」
ハレムイアも自分の事のように喜んで息子を見つめた。
「うん。僕の宝物だからね」
アルウは首からぶら下げた王様の指輪を左の手の平に載せて、右の人差し指で金の指輪を丁寧に触った。
「そうよ、その指輪があるから、あなたはオシリス像を見ることができるのよ」
ヘヌトミラも息子を優しく見つめた。
「はやく見に行きたいな」
アルウは目を輝かせた。
「せっかちだな。さっき王様に渡したばかりじゃないか」
ハレムイアがアルウの頭を撫でた。
「そうだけど……」
「王様はアルウのオシリスが見たいと仰ってたね」
そう言いながらハレムイアは食卓の椅子に腰掛けた。
「まぁ、王様が!」
よほど嬉しかったのか、ヘヌトミラは思わず声を上げた。それから慌ててキッチンから晩ご飯の魚スープやズッキーニとマツの実とネギで作ったオムレツを食卓に持ってきた。
「うん。僕のオシリスを見るのが楽しみだって」
アルウは椅子に腰掛けると、話しながら晩ご飯を食べ始めた。
妹のムテムイアもアルウが帰ってきたのが嬉しくて、隣の椅子に腰掛けると兄の方を見てにこにこした。
「にいちゃん、王様から指輪をもらったんだって」
ムテムイアはアルウの首からぶら下がっている金の指輪をじっと見た。
「うん。これだよ」
そう言って、アルウは首輪をムテムイアにかけてやった。
「わぁすごい。にいちゃん良かったね」
ムテムイアは王様の指輪を見ながら、自分のことのように喜んだ。
「うん! オシリスは嘘をつかなかった」
「あの夢の話ね」
「ムテムイアも覚えていたんだ」
ハレムイアが魚を口に含み、もぐもぐしながら話した。
「あなた。食べながら話さないで。子供達が真似したらどうするの」
いつもヘヌトミラは食事のマナーに厳しい。
「ほんとだ。以後気をつけます」
いつもハレムイアはヘヌトミラに頭が上がらない。
「かあさん、大丈夫だよ。僕は食べながら話したりしないから」
アルウがパンを口いっぱいにほおばりながら話した。
するとハレムイアは大笑いしながら、
「お兄ちゃんがすることを妹がすぐ真似るから、お行儀悪いことをしちゃ駄目だぞ」
とアルウを注意した。
「父さん、説得力ないよ」
アルウが言い返すのを、そばで聞いていたムテムイアが大笑いした。
「いいかげんにしなさい!」
その時ヘヌトミラの雷が落ちた。
「かあちゃんの雷だ! やばいぞ」
アルウが真っ先に下を向いてご飯を食べ始めると、ハレムイアもムテムイアもヘヌトミラと目が合わないように下を向き、ご飯を食べることに集中した。こんな時のヘヌトミラは下手に逆らおうものなら、癇癪玉が炸裂して手がつけられなくなるのだ。
その後、アルウは人が変わったように勉強に興味を示し、熱心にエジプトの神々のことを学んだ。特にオシリス神のこととなると学校でもアルウより詳しい生徒はいなかった。こうしてアルウは、一つの得意分野が出来ると二つ、三つと得意な分野を増やしていき、美術、文学、歴史、数学、天文学、宗教学と成績がどんどん上がった。中でも美術の成績は全校でトップになった。
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