第4話 夢の通信プロトコル。

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僕は男だ。

 こんな当たり前のことを確認してしまうのは。

 眼前で何も身につけていない後輩のコウが、女子だから。


 驚き動けない僕を前にコウは涙を浮かべていた。

 僕の頬にも涙がつたう。

 いつしか僕とコウは裸のまま抱き合っていた。コウの腰は僕の腰よりも細かった。


 これまでマーマと座ってきたソファに、コウと僕は二人座った。

 コウの手が僕のアソコに伸びてきた。

 こんなことになるとは考えたこともなかった。


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 疾走る快楽に囚われながら、僕は、頭の片隅で

(そんなはずはない)

と思う。

 そう、あの夏に住んでいた家では、和室のお布団で眠っていた。

 今のひとり暮らしの部屋にコウは来たことはない。

 そう気づいた僕は目を開けた。

 

 伸びる竹刀を二本の手が握っている。僕の手とコウの手と。


 ✧


 窓から薄明かりが入る。

 痺れるような快感が下半身にいまだうづいていた。

 僕はおそるおそるうづきをもたらしているパンツに手で触れる。

 

 ピクンと快感のパルス。乾いたパンツに静電気が集っていた。

 

 ✧


 昨晩の野菜スープを温めなおす。

 粗くした小東瓜プッチィーニがスープに馴染んだことを舌で感じつつ、昨晩のレポートを見直していく。少しの直しを入れ、レポートをメールで提出した。


 学校のサイトに入り、次に受講する科目を探す。

 ビデオ講義の『通信概論』を受講してみよう。


【講義内容】

 ◆ 通信規約 OSI参照モデルの7階層と各種プロトコル

 ◆ 閉域ネットワーク通信の基礎

 ◆ インターネット通信の基礎


 第一回の講義。OSIモデルのアプリケーション層の概観とのこと。


 HTTP,FTP,SMTPなど名前だけしか知らない幾つものプロトコル。

 これらにより、webの閲覧、ファイル転送、メールの送受信などが可能となる。

 OSIモデルでは、これらプロトコルは通信方式と関わる下位のプロトコルと独立している。そのため、通信方式や通信端末が変化してもアプリケーションはそのまま使うことができる。

 携帯電話でもブラウザやメールが使えるのは、OSIのおかげ。

 

 ✧

 

 今日は梅雨は一休みらしく、快晴だった。

 駅へと向かう通りで青空を見上げながら思う。

 携帯電話を買うのもいいのかな。

 

 明日はゼータスペックでのインターンのアルバイト代の振込日だ。



 あの夢はなんだったのだろう。電車に乗るなり不思議が募る。


 昨夏。コウと二人の最後の稽古の後。

 確かに二人ともにシャワーを浴びた。

 もちろん、二人とも制服を着てシャワー室を出ている。

 

 一糸まとわぬ夢の中のコウ。

 彼女と僕は何か大切なことを一緒にした……気がする。

 

 たぶん、夢は脳波が描く物語。

 電波の通信プロトコルのように、脳波のプロトコルなんてのもあるのだろうか。

 

 僕が起きてる間も寝ている間も脳はプロトコルで情報を受け取り続ける。

 その情報が重なり合い、夢となる。

 

 僕は苦笑した。

 そんなプロトコルは、第六感だ。

 第六感があるならば、これまでも多様な夢を見てきたはず。

 

 ✧


 渋谷に到着した。階段を昇ると陽光が待っていた。

 

 今年もコウは全国に進んでいる。来月が最後のインターハイ。

 お祝いの電話を半月前にかけたけれども。

 大会前に、もう一度電話しよう。

 


 昼下がり、指摘事項レビューバックの日本語と、コード修正とに格闘中。

 いつの間にか横に友永先輩がいた。


 思わず上目遣いに眼で用件を尋ねるなり、

「あの絵、ペン入れしてみたよっ」

と仰っしゃるなり、手にしたノートPCを開く。

 

 昨日の、あの絵だった。

 袴姿の僕とコウ。ふたりで一本の竹刀を構えている。

 スキャナで取り込んでから書き加えたのだろう。

 彩度が増し、迫力があった。


「リアリティが高まりました、ね」

 何のリアルか分からないまま、僕はそう口にしていた。


「ゲームのオープニング画面だよ。バージョン8、八女の剣やめのつるぎのね」

 友永先輩が真顔で言うなり、『Yame-Ken』とのロゴが絵に重なる。

 

(まさか)と僕が思っていると、

「こちらはエンディング画面」

と、先輩はパッドをクリックした。


 ふたりが一本の竹刀を構えている。

 背を向き肩を寄せ合った上半身。

 服は着ていない。

 

 震えがして、思わず見上げると、

「大丈夫、パンツは穿いてますからぁ」

と、先輩は笑い返してきた。


 そういう問題ではなくて、と言いかけた僕に、

「大丈夫、ただの企画ラフ画だよぉ」

と肩にすくめる。


 まさか、本当に次バージョンのゲームの企画書に含めるつもりでは。

 そう不安になってきた僕の前で、先輩はノートPCを閉じた。

 

「こっちは、君とコウちゃんの高校時代の思い出のラストだったよね」

 そんな一言を残し、先輩は手を振って去っていった。


 あの震えは、既視感デジャヴ

 そう。僕のコウは夢の中であんなふうに肩を寄せ合っていたのだった。


 ✧

 

 夕暮れ時のお花茶屋駅。

 

 今宵はどんな夢を見るのだろう。見てしまうのだろう。

 僕は今日もゆっくりと家路についた。

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剣姫トモナガのインターン ~ 夜魔王子と夢魔の深夜繁精記 十夜永ソフィア零 @e-a-st

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