第2話 なみだ姫。

 指摘事項レビューバックへのコード面の対応を終え、小森センセイからの宿題の整理をなんとか終えた僕の残り仕事は、指摘事項レビューバックの中での疑問文くえすちょんに対してお答えすることだった。

 僕にはおない年くらいの日本人の半分くらいの日本語力しかない。機械語アームのコードに対してと同じくらいは日本語の読み書きに苦手意識がある


 でも先輩が書いてくださった疑問文には、なるべくきちんとお答えしておきたい。

 そう思いながら画面とニラめっこしていた僕の横顔を、いつの間にか友永先輩が笑みを浮かべてガン見していた。


「へっ、へーっ」

友永先輩は、どこか自慢げな表情を浮かべる。


 友永撫子ともながなでこ先輩は、人材会社による先月のトモナガ違いの紹介の被害者その人だった。

 ゼータスペックの人事担当の方からの指摘を受けた人材会社の担当者は、慌てて友永先輩にコンタクトを取った。

 そして、大力作の剣鬼ケンキ創作物ビジュアルによって即戦力級の実力を見せつけられた友永先輩は、無事、今月よりゼータスペックのインターンとなられた。


 日付の上では一月ほど先に僕の方がインターンを始めたことにはなるけれども、経緯も経緯だし、友永さんは正々堂々たるたる画力ちからを持つ実力者にして人生の先輩なのだった。


 そんな友永先輩は、ある日、小森センパイに引き連れられ、僕のところにやってくるなり、大笑たいしょうしてくださる。

「あぁ、剣姫けんきだぁ。あぁ、でもどちらかというとウサギさん系~。」

そう言いながら、小森センパイとキャーキャーしはじめる。

 お二人ともがメガネ姿であることも相まってか、まるで年の近い姉妹みたい。


 以来、友永先輩は、席は別室のデザイナールームにあるものの、時々僕のところにいらしゃっては、僕を軽くイジくるのだった。

 そして、今日は小森センパイまでもが僕の席に向かってこられた。

 久しぶりの姉妹揃い踏み。

 お二人の姿を認めた僕が、友永先輩の持つ、ご立派なノートへと視線を落とした時、小森センパイが口を開く。


「トモナガ先生の新作、「なみだ姫、蔵就寝クラネル」だぁ。」


 そして、友永先輩が、ジャジャ~ン、とその絵を御開帳おみせされた。そこには、大きな倉庫らしき建物の中で、刀を手にうつむき加減に涙している男と、僕のほほに手を添えているコウらしき姿があった。

 コウの姿はまさしく剣姫けんきといった風に凛々りりしかった。


「ちなみにぃ、『ルカ・クラネルと涙』というお題は僕が出したんだぜよ。ルカ君はなんていうか、お江戸では蔵に閉じ込められてそうだし、ダンジョンに入ったら斬ったモンスターに涙しちゃいそうというか。」

 そう言うなり小森センセイは、僕の前でいっそう声を出して笑う。


 そして、友永先輩は、

「でもね、なみだ姫くん。小森センパイはね、お昼のレクチャーではレベルを落とさないようにしていて厳しいも言うけれども、君のこと思いっきり応援しているんだからねぇ。」と言うなり、ノートをめくった。


 そこには、高校の時に試技袴姿しぎはかまで一本の刀を手にこちらを向いている僕とコウの姿画があった。ふつうにはありえない二人で一本の刀を握っている姿は、なぜだかゾクリとする迫力があった。

 その刹那、僕は耳元に何事か囁きかける風を感じ、鳥肌が立つ。(モシカスルト友永先輩には、絵に描いたものを本物にする力があるのかもしれない) 刹那、僕はそう想ってしまう。

 

 数秒の間をおいて、小森センパイが例の謎のつぶやきはじめる。

「まぁ、そんなわけで、ひとり涙してはいかんせよ。。君は、トモナガ先生がメインデザイナーを務める、、、かもしれない【バージョン8】の8人めの剣士ルカなのだから。」

 いつもよりゆっくり目に、そう呟いた小森センパイは自席へと戻っていかれた。


 そして、トモナガ先生は、突然に僕の頭をではじめてから、言った。


「君のはじめての人は、誰なのかな?なみだ姫くんのこと、みんな放っておかないよ。」


 インターン中、僕は涙を流したことなどない。

 ただ、悩むことがいろいろとあることは事実だし、うつむき加減な時は泣いているように見えるのかもしれない。

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