剣姫トモナガのインターン ~ 夜魔王子と夢魔の深夜繁精記

十夜永ソフィア零

なみだ姫のインターン。

第1話 君の設計、DDD。

 とある皐月晴さつきばれの日のお昼前、僕が提出した宿題のクラス設計図をじっと見ていた小森センセイは、二人間ペアプロルームのホワイトボードに

「君の設計、DDDダメダメダメ!」と大書した。


 そう、僕の設計には、ダメ判定(不合格)がついた。


 勢いよくペンを動かしたためかずり落ち気味となったトレードマークの赤メガネを元の位置に直しながら、小森センセイは、

「クラス設計におけるバリュー・オブジェクト(VO)の使い所はカプセル化だといったよね。でも僕は、このあたりダメ出ししたい気分なんだぜ、ルカ君。

 ちょっと自分の言葉で、説明してみてくれる?」

と僕に問いかけた。


「はい、バリュー・オブジェクトっていうのは、現実世界でいうと、例えば...銀行やコンビニにあるATMのようなものだということ...でしたよね。」


 「そのとおり。」と頷く小森センセイに向かい、僕は、ATMを使う人は、いくらいくらお札を引き出して下ろしてお願いする引き落とボタンを押すことでATMへのメッセージを送ることになる、とか、ATM中のみが中のお札を管理することがカプセル化だとか、いったところから、ところどころしどろもどろになりつつも一つずつ話していった。

 そして、ネットワークゲーム開発界隈でも不可欠となりつつあるドメイン駆動設計(略称、DDD)におけるバリュー・オブジェクトの関係といったあたりで、小森センセイへの回答を終えた。


 僕の話を聞き終えた小森センセイは、

「なんだい、けっこう分かってきているんじゃないか。」

と言って、目を瞑って腕組みをした。

 小柄なその姿は、なんていうかメガネっ娘といった風でもあったりするのだが、

うなづき方には、ゲーム開発の大先輩としての貫禄もある。


 そんな小森センセイになんとか回答できたことに、僕はほっとした。


 けれども、直後、大先輩は、カッと目を開けると、目ヂカラを発しつつ、僕にずいっと近づき言う。

「言葉の上で・は・ね。 あのね、僕らが提供するゲームというには、課金アイテムっていうのがあるのだろう?僕らのお客さんたちは決して多くはないお小遣いをやりくりして、僕らのアイテムを買ったりしてくれているわけだよ。そんな僕らが提供するゲームインフラは、銀行にも負けない信頼性が求められるんだぜ、ルカ君。」


 それから小一時間、僕は小森センパイから、僕の設計の至らなさと脆弱性もろさについて、お小言をいただくことになった。


 今月に入り、小森センセイは、開発初心者である僕にゲーム開発のイロハを熱心に叩き込んでくれていた。

 情報系の大学院を優秀な成績で卒業なされた元国費留学生である小森センセイは、出身地の香港では結構有名な日本動漫ジャパニメーション大御宅オオヲタクである傍ら、練られたアーキテクチャに機械学習手法などを組み合わせる、先端的なゲーム開発に通じた大先輩なのだった。

 プログラム言語のみならず、語学も堪能で、日本動漫ジャパニメーションを通じ学んだという決め台詞ゼリフも、ビシバシと話してくる。


 そんなセンパイからいただくありがたいお言葉こごとの数々は、僕の心にった。そして、至らなさを恥じる僕の心は、打ちひしがれてもいた。


 気を取り直し、自席に戻った僕は、改良指摘レビューバックをチェックする。先々週をとりあえず仕上げることができていた地形効果の計算を高速にする補助役サブルーチンへの指摘があった。そうだ、僕にはやることがある。その日の午後は、小さな補助役サブロールの箱庭にこもり、コードをきれいにし続けた。



 箱庭のコード直しが一段落し、僕は小森センセイのお小言こごとを振り返ることにした。貴重な午前の時間を使いお昼休みに、かくも、という勢いで僕にアドバイスをくれた小森センセイに悪気はない。

 というか、絵に描いた餅であるゲームの企画を、コード・モジュールへと落とし込む天才と言われている小森センパイ直々にアドバイスしてもらえることはありがたいことなのだった。


 そう、一介いっかいの情報系専門学校生に過ぎない僕が18歳にして、新進気鋭のゲーム開発会社ゼータスペックでインターンできていることそのものがありがたいこと。

 ちょっとした偶然から始まったインターン生活を続けるためにも小森センセイの教えをなるべく早くにマスターしなくてはならない。



 僕がインターン生になることができた2月ほど前のことを思い出す。


 ゼータスペック社では、プログラマとデザイナーを募集している。ただ、後から聞くとゼータスペック社が必要としているのは、各種の機械学習モデルを組み合わせて人工知能エンジンを作れるといった高度な技術スキルをマスター済の人材なのだった。

 僕が通うことになっている、専門学校の業務用システム開発者を養成するためのコースの学生はそもそもが選考対象ではなかった。

 けれども、人材募集支援会社のディレクションがしっかりしていなかったことがあってか、僕のような情報系の専門学校のインターン&アルバイト紹介コーナーにゼータスペック社の募集概要は貼り出されていた。


 入学前の手続きに学校に来ていた僕は、そんな事情は知らず募集概要を目にした。そこに書かれていた、剣技を扱うネットワークゲームを開発中という紹介文に惹かれ、応募チャレンジしてみることにしたのだった。


 そして、僕の拙い応募書面は、人材会社の人が右から左へとそのまま流し、面接の日がやってきた。

 強風の影響で電車が遅れているとのことで、僕はひとり、広めの面接会場で小一時間待たされることとなった。


 急ぎ足で部屋に入ってきた面接官の方は、

「一次面接担当の私はゲームデザイナーでね。ゲーム業界への想いと適正とを見させていただくことになっているよ。」

と口を開き、僕にはじめに志望動機を話すよう促す。


 コンピュータゲームはほとんどやったことがない僕は、志望した理由として学校ちゅうこうでの剣道部の経験を話すこととした。

「トモナガと申します。私はこの4年間、部活動で剣道を経験しています。残念ながら大会では、思うような成績は残せませんでしたが、同期生、そして、先輩と後輩に恵まれ、剣技を磨く貴重な経験をすることができました。御社では、剣技を扱うゲームを開発中とのことでしたので、私の経験がお役に立てる点もあるのではないかと応募させていただきました。」


 僕は、カチカチになりながら背筋を伸ばし、なんとかそんなことを言った。


 面接官の方は、

「おお、剣道を4年間かぁ。アート系に進んだ君が。そのほっそりとした身体からはちょっと想像がつかないね。」

と目を細め、「ちょっと剣道の立ち姿を見せてくれる?」と促した。


 その後、僕は、スリッパを履いたままに、前に後ろに試技を披露することとなった。


 面接官の方は、

「すごいね。スリッパなのにすり足がさまになってるねぇ。それに、なんていうか腰のあたりがすらりとしてて、ちょっとつやっぽさがあるというか……ぁ、ごめんね、セクハラじゃなくてね。」

とかいいつつ、喜んでくださった。


 その後、剣道に取り組むようになったきっかけを問われた僕が「東欧で育ったことで日本的な剣道に憧れていたためです。」と答えた後は、面接官の方が語る剣術系ゲームデザインの勘所の話や開発コードで「七姫弧ナメコ」」と呼ばれる新作ゲームの企画話を聞くことの方が主となった。


 なるほどなるほどと相槌あいづちをうっていた僕に、面接官の方は、最後に、

「君はまずはインターンになりなよ。4月に入る再来週から入れるよう調整するからさ。今度は君の作品を持ってきてね。」

と言ってくれた。


 無事、インターンに誘われたと紹介元に一報した僕は、宿題となった作品の準備に取り組む。

 少し悩んだ末、僕は高校の副専攻の情報コースで頑張って学んだ機械語アセンブラを使ってのグラフィックデモを作品とすることにした。



 当日、僕がオフィスに案内されると、先日の面接官の方が現れ、周りに何人もの方々が集まってきた。

 その中で、後に僕のセンセイとなるメガネ姿の小柄な女性がずいっと前に出てくるなり、

「おおっ、君がケンキかね。いいねぇ、その細い腰。」

と笑いかける。周りからは、

「コモリさん、ケンキにセクハラはだめですよう。」

といった声が笑い声と共に続いた。


 僕はケンキが何かわからなかったけれど、インターンのことを指しているのだと思った。


 そして、プロジェクターのある会議室に通された僕は、宿題である作品を披露することとなった。高校を出たばかりの僕が10日間ほどでまともな作品とすることは正直無理だったので、せめて扱うグラフィックは高校時代に撮り溜めた刀剣と剣道に関するものにすることとしていた。


 慣れないパワーポイントを使って、プレゼンを始める。

「刀と剣のグラフィックデモ」と冠したの下には、剣道部の後輩であるコウとの試技袴姿しぎはかま写真ツーショットを入れておいた。


 コモリさんが、またもや、

はかまの美少女2人、きたーっ!!」と合いの手を入れた。


 僕は少し顔を赤らめてしまった。が、確かに後輩のコウは美少女と言い切ってしまっていいだろう。


 僕はその後、日本刀かたな西洋剣つるぎを幾つか写し、振る際の身体のこなしの違いなどを語った。東ヨーロッパの外れの村で小学生時代を過ごした僕は、少年自警団時代に西洋剣つるぎを扱い、野犬と対峙し、追い払ったことがある。その話は大受けで、先日の面接官の方はじめ、皆さん満足気に頷いてくれていた。


 波乱は、その後の作品デモで起きた。


 僕はブラウザ上で、機械語(正確にはweb assembly)を駆使して、これまで紹介した画面を切り替えていく。残念ながらスキルの限界もあり、切り替える時の画面効果イフェクトなどはjavascriptを使っているに過ぎないが、ページ数のカウンターなどは機械語で作られている。


 ちょっとポッカリ気味の気配を感じつつ、僕はそうした背景事情を話すと機械語のソースコードを示した。


 すると、画面をじっと見ていた面接官の方は、

「トモナガ君。君は女子美で四年間グラフィックデザインを学んで来たんだよね? 君の作品はどうなってるの?」

と問いかけてきた。


 ジョシビという言葉に固まった僕は、その後、コモリさんなどが時たま絶叫する中、僕が先月高校を卒業したばかりの18歳の専門学校生男子であることなどをひとつひとつ話すことになった。

 僕だけでなく皆が驚いたことに、トモナガという姓の女子美大の方の履歴書に興味を持った旨のゼータスペック社からの連絡を受けた人材会社の方は、たまたま同性の僕に電話をかけ、ゼータスペック社への面接に僕を送り出していたのである。

新卒大学生を対象した一次面接が実技を伴わないものであったこと、そして、就活スーツ姿の僕の地味ながらガイジンな顔つきが、18歳には見えなかったらしく……今の今まで、その取り違えは気づかれないままらしかった。


 そこからしばらくは、すったんだがあった。

が、小森センセイが話をおさめたらしかった。


小森さんは、

「よし、朝長ともなが・ルカ・三郎さぶろう君。今日から君は、おいどんのチームのインターンだぜよ。」

と何やらポーズを決めるとともに、ついていけずに固まる僕に、早口の日本語でいろいろとインターンのいろはを話してくれた。


周りから、「サブロウ~」、「エリートヤンキー」、「フンドシ姿でサブもありかもw」といった揶揄をされつつも、早口な小森さんが言っていることの半分くらいまでを理解できた。


まがりなりにも機械語アセンブラが書ける僕の課題メモ:

・ スマフォ向けのARMまわり機械語アセンブラのコードを引き継ぐことからインターンをスタートさせる。

・ その後は、刀剣に詳しいドメインエキスパートとして、次回作のグランドデザインに関係してもらう。

・ DDD魔導賢者コペルニッ君(?)こと小森さんが、僕のセンセイとなってくれる



 ただ、東欧の片田舎はドニエプル川沿いの村で育った僕は、日常的に日本語を使うようになってまだ10年経っていない。日本人の血は四分の一ほど。

 小森センセイに、ケンキというのは剣技の姫、「剣姫」のことである、と解説された僕は、関連する専門用語らしき、男待ダンマチやセイバー3といった言葉で頭の中が「??」となっていた関係もあってか、DDDという言葉が、ドメイン駆動開発もしくはドメイン駆動設計という概念を意味しており、DDDをマスターするには、コーダーかつ設計者しての相応の熟練が必要になる、という一番カンジンなくだりを、その日は頭に入れることかできていなかった。


 その後、インターン生活をはじめた僕は、ある機械語アームのコードライブラリの理解と引き継ぎという初月のミッションを、退職なされる心やさしき先輩のマンツーマン指導のおかげで奇跡的にクリアできていた。そして、マスターしたての機械語アームのコードの復習をして過ごしたゴールデンウィークが明け皐月さつき晴れの日、僕にとって本当の試練の日々は始まった。


 はじめてお会いした時には、大学を出たばかりのようにお見受けした小森センセイは、実は開発チームのエース級のエンジニアとして主任を務めておられている。小森センセイのレクチャーは僕にとって、とてつもなく本格的。


 およそ抽象的な思考とは無縁な高校生活を送ってきた僕に、小森センセイは、ドメイン駆動設計の魔導賢者マスターとして、コペルニクス的な発想の転換を求めてくださる。


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