月光
はるにひかる
月光
ダアン!
銃声と共に放たれた弾丸が、柱に身を隠して様子を窺っている
その熱が、忍の頬に痕を刻む。
「ちぃっ!」
素早く身を翻し、銃を構える忍。
夜の闇に微かに見える人影に素早く狙いを定め、躊躇い無く引き金を引いた。
ズシャア!
何か柔らかい物を弾丸が貫いた音が響くと、物陰から幾つかの人影が騒ぎ立てながら現れ、倒れた人型を担いで消えた。
「ハア、ハア、ハア、ハア……」
再度物陰に身を隠した忍は、脱力してその場にへたり込んで呼吸を荒くした。
その顔中を、冷たい汗が滝の様に滴り落ちる。
銃を撃った反動に因る腕の痺れが止まらなかった。
「こんな事、いつまで続くんだ……」
忍は廃墟の崩れた天井の間から覗く、太陽の光を浴びて煌々と輝く月を仰ぎ見て独りごちた。
「何で僕は、……僕たちは、こんな世界に生まれてしまったんだ……」
20XX年、この
対話を止め自己主張を続けた国々の間に不協和音が生じ、その戦争はどの国からとも無く自然発生的に始まった。
そして勝者の居ないその戦争の結果、陸地の大半が焦土と化した。
生き残った人々は、それぞれ彷徨い続ける中で偶然出会えた人々と身を寄せ合い、次第に小さなコロニーが幾つも形成されて行った。
多くのコロニーでは当然の様にその日食べる物にも窮しており、コロニー同士で略奪の為の小競り合いが発生した事は、自明の理であった。
大戦から、約50年。
そんな世界に産み落とされた忍たちは、そんな世界になった理由も知らなかった……。
「忍、お疲れ。……顔色が悪いけど、何か有ったか?」
朝陽が昇る頃、見張りを代わりにやって来た
「……襲撃、された……」
「本当か?」
「こんな嘘を吐いて何になる。この火傷が証拠だ」
「ううむ……」
忍の言葉に動揺を見せた匠を、忍は目で制した。
「一人撃ったら逃げて行ったが、油断は出来ない。戻ったら、直ぐに見張りを増やす様に提言するから、そう強張るなよ」
「そ、そうか……。頼むよ」
匠は胸を撫で下ろすと、再び口を開いた。
「それにしても、この間の偵察の時に、どう云う所だかは知らないが、銃弾とかが沢山置いてある場所を見付けていて良かったな」
「全くだよ。それが無かったら、銃火器相手に竹槍一本で神風特攻しなければならない所だった。偵察隊には頭が上がらない」
緊張の解けた忍は「ふあーあ」と欠伸をすると、
「じゃ、僕は帰るから。少しの間、独りでよろしく」
と匠とタッチし、欠伸を噛み殺しながら集落への一本道を急いだ。
忍が所属するコロニーは、谷間の湖の脇に形成されている。
彼らの祖父母の時代にこの場所を見付け、以来ここに家屋を作り、畑を作り、定住している。
早い内に水場を見付けられた彼らは、幸運だった。
だがしかしそれは又、水場と食料を求めて彷徨う人々に襲われる脅威をも孕んでいた。
畑が有るとは言え、食糧に余裕が有る訳でも無く、彼らも彼らでそう云った人々を受け入れる余裕は無いので、この場所が見付かるのを、……襲われるのを防ぐ為に交代で見張りを置いていた。
「長老、起きてるか?」
コロニーに戻ると、忍は真っ先に長老の住まいに向かった。
「お? ……おお、忍、見張りから戻ったか」
長老と呼ばれた男は、起き上がると胡坐を掻いて座り直した。
科学医療が壊滅したこの世界では人々の平均寿命は大きく下がり、50年も生きれば長寿と言われる程で、この男は未だ40だが、このコロニーでは立派な最長老だった。
……最早、戦争当時を知る者は居ない。
「何だ、何か有ったのか?」
忍の顔色に気付いた長老は、慌てて訊ねた。
「ああ。昨夜、見張り中に襲われた。何人か居て、1人撃ったら逃げて行ったが、また来るかも知れない。念の為、見張りの人数を増やした方が良いだろう」
「そうか……。よし、急いで手配するとしよう」
忍の報告を聞いた長老は「よっこらしょ」と立ち上がると、
「独りで大変だったな。その件は儂に任せて、帰ってゆっくり休んでくれ」
と忍の肩をポンポンと2回軽く叩いて、そのまま外に出て行った。
長老に続いて外に出た忍を、天に昇り始めた朝陽が眩しく照らした。
忍は、目を細めながらコロニーを見渡した。
運命を共にする仲間たちが、丁度外に出て働き始めた頃合いだった。
汗を流しながら畑仕事に精を出す者たち、川で桶に水を汲みながら談笑する者たち、湖から流れ出る川で陽気に鼻歌を唄いながら洗濯をする者たち、有事に備え、必死な眼差しで木刀を何度も振る子供たち。
誰の目にも、悲壮感は無かった。
防衛は任せたとばかりに、心から毎日を楽しんでいる。
役割は違うが、皆、忍の大切な仲間たちだ。
そんな皆の命が脅かされるかも、……奪われるかも知れない。
今度は自分が守らなければと、忍は思った。
「ただいま。……
「おかえり、忍。うん、今日はちょっと良いみたい」
朧と呼ばれた布団に横たわっていた少女は、身体を起こし、傍らに座った忍に笑顔で答えた。
「あれ? 忍?」
忍の顔を見た朧は、驚いた様な声を上げてその頬に触れた。
「これ、どうしたの?」
朧の言うそれは、見張りの時に相手の銃弾が掠めた時に出来た痕だった。
「あ、これ。……見張りをして来た時に、やにわに現れた相手が撃って来てさ。上手く避けたんだけど、その時に近過ぎて火傷しちゃったみたいで」
「え?! 大丈夫だったの?!」
朧は慌てて膝立ちになると、朧の顔を滅茶苦茶に撫で回した。
「落ち着いて、朧。大丈夫だから今ここに居るんだよ」
「あ、そうか、そうだよね……」
忍の言葉に落ち着きを取り戻した朧は、布団の上にペタンと腰を落とした。
「ごめん、私、取り乱しちゃって……。ほら、私たちの両親って4人共が5年前に外の人達の襲撃を受けて死んじゃったじゃない? それから忍が一緒に住んでくれる様になっているけど、……忍にまで何かが有ったらと思ったら、私……」
そう言って、俯いた朧。
「僕なら大丈夫だよ! 撃ち返したら命中したし、そいつ今頃死んでるかも知れないよ」
元気を出して貰おうと力瘤を作って言った忍に、朧はただ「そう……」と返しただけで、その様子は変わらなかった。
「えっと、朧……?」
「ううん、何でも……ゲホッ、ゲホッ」
再び忍に笑い掛けようとした朧は、咳き込んでしまった。忍は慌ててその背中を撫でる。
「朧、水飲む?」
「うん、お願い」
忍は台所でコップに水を汲むと、「はい」と、朧の手に持たせた。
「ありがとう、忍」
そう言って微笑んだ朧は、水を一口だけ含み、
「ちょっと、寝るね」
と言って、布団に潜った。
それを確認した忍は、少し離して自分の布団を敷き、横たわった。
そしてそのまま横向きになって朧を見ている忍は、直ぐに睡魔に負けた。
「ねえ、忍、起きて」
朧に体を揺すられ、忍は目を覚ました。
忍が目を擦りながら窓の外を確認すると、もう真っ暗になっていた。
「随分寝ていたね。凄く大変だったんだよね。ありがとう」
そう笑った朧におでこを撫でられた忍は、心が温かくなるのを感じた。
「今日は、見張りは大丈夫なの?」
「ああ、元々今日は入っていなかったし、昨日の件で見張りを増やすって言っていたけど、連絡が来ない所を見ると大丈夫じゃないかな。気にして起こしてくれたのかな。ありがとう」
忍が寝転がったまま笑い掛けると、朧は頬を掻きながら視線を逸らした。
「そ、それも有るんだけど……。見て、忍、月が綺麗だよ。外に行って、一緒に眺めない?」
そう言って差された朧の指の先を追って窓の外を見た忍の目に、昨夜見た物よりも一際輝く、一片の陰りも無い丸い月が夜の闇の中に浮かんでいるのが映った。その月の周りを、明るく輝く無数の星々が、月が寂しくない様にと飾り立てている。
「凄い、綺麗だね……。でも、大丈夫? 外に出て……」
「うん。朝にも言ったけど、今日は何だか調子が良いし、多分、少し位なら大丈夫だよ」
「でも、朝もそう言って咳き込んでいたし……」
「もう。咳き込む事くらいは有るよ。何か凄く、忍と一緒に見たいの。……ダメ?」
そう言って身を乗り出し、上目遣いに、忍の顔を覗き込む朧。
そんな朧の頼みを、忍が断れる訳は無かった。
「じゃあ、直ぐそこの畔で良い? 寒くならない様に、掛け布団も持って行くよ」
「……ありがとう、忍」
その笑顔を見た忍は、今にもそれが消えてしまいそうな錯覚に囚われ、激しく
闇と繋がりそうな静かな湖の畔。
忍と朧は、色取り取りに咲く花々を避けて二人並んで座り、その先の空を見上げた。
「月が綺麗だね、朧……」
「うん。月がとっても綺麗……」
そして二人はポカンと口を開けたまま、暫しその美しさから目を離す事が出来なかった。
「ねえ忍、今日は雲が全く無くて良かったね」
「そう? 僕は少し靄がかった月も、負けないくらい美しいと思うけどね」
そう言って肩に手を回そうと朧を見た忍の企みは、被っている布団に阻まれた。
「あはは、そうかもね。もし今そうだったとしても、同じ様に2人で感動していそう」
楽しそうに忍に笑い掛けた朧は不意に表情を曇らせ、
「ねえ、忍……」
と、膝に乗せた腕に顔を埋めながら、隣の忍に視線を合わせて呼び掛けた。
「何? 朧」
「私達って、何だろうね……」
それは忍には思いも寄らない言葉で、思わず目を見開いた。
「何って、……何?」
「うん……。お空はあんなに綺麗なのに、私達が暮らす大地はこんなでしょ?」
忍は、その言葉を無言のまま首肯した。
コロニーの皆で長い時間を掛けて整えて来た集落回りを少し離れると、そこは依然荒れ果てたままだった。皆で見張りをしている場所も、建物の廃墟をそのままに利用している。
もっともそれは、綺麗に整えてしまうと、その付近に集落が有る事を気付かせてしまうからと云うのも有るのだが。
「昔、……本当に小さい頃にお祖父ちゃんに聞いた話なんだけどね、前は、世界はこんなのじゃなくて、もっと綺麗だったんだって。お祖父ちゃんが住んでいた、国? では、皆毎日食べる物に苦労する事も無くて、病気は大体直せちゃったんだって」
神々しく輝く満月を再び見上げた朧の瞳から大粒の涙が零れたのを見て、忍はギョッとした。
「……私たちは、何でこんな世界に生まれたんだろう……。……ううん、何でこの世界は、こんなのになっちゃったんだろう……」
そのまま顔を伏せて泣きじゃくり出した朧の頭に手を当てながら、忍はその世界に思いを馳せた。
その世界では、食料や水場を奪う為に人と人が殺し合う事も無く、毎日必要な分の食事が出来て、今では全く想像する事の出来ない何の不安も無い生活が送れるのだろうかと。
……何より、朧の身体を蝕む病さえも完治させる事が出来、このまま死んで行く事は無いのだろうかと。
「ねえ、朧」と、今度は忍が呼び掛けた。
涙を手で拭い呼吸を整えながら、朧は忍の顔を見た。
忍は視線を返すと、
「今の襲撃の件が落ち着いたらさ、僕と、夫婦になってくれないか?」
と、当てていた手を回して、そのまま朧の頭を抱き寄せた。
「うえっ?!」
その不意打ちに素っ頓狂な声を上げてしまった朧は、恥ずかしさに顔を伏せた。
「でも、私……。忍だって、知っているでしょ?」
「うん、だからさ。今は一緒に住んでいるだけ、……同居して居るだけだけど、ちゃんとしたい」
「……本当に、私で良いの? 私、体が弱いから、多分子供も産んであげられないよ?」
そう呟いた朧の頭を、忍は優しく撫でた。
「朧が良いんだよ」
「えうっ……」
再び嗚咽を始めた朧の瞳から零れた涙は、然し先程とは違う、温かい物だった。
「ゲホッ、ガハッ、ゴホッ!」
二人の静謐な時間を不意に壊したのは、今までに見せた事の無い様な朧の激しい咳嗽だった。
「っ! 大丈夫か、朧っ!」
そう言ってその小さな背中を優しく撫でる忍は、朧が、目を見開いて呆然と口を開けたままである事に気付いた。
「どうした、おぼ……」
……言い終わる前に、忍は気付いた。
口を押さえていた朧の手の平一杯に、血が付いている事を。
「……えっ、……血?」
思わず声を上げてしまった忍に気付き、朧は慌ててその手を隠した。
「ち、ち、違うの! ちょっと疲れちゃっただけで、休めば治まるから! 今日は、もう帰ろうか!」
慌てて立ち上がろうとした朧が包まっている布団を忍は持ってあげ、一緒に住処に帰ろうと歩き出した。
……と、その時。
ダウゥゥン!
闇夜を切り裂く風切り音が聞こえ、次の瞬間には朧の身体は左胸から真っ赤な血液を大量に噴出しながら、後方に吹き飛んだ。
「朧っ?!」
ガアァァン!
隣に居た筈の朧の姿を求め振り向いた忍の
□ ■ □ ■ □
「……ん……。……ここは?」
意識を取り戻した忍は、自分が辺り一面、白く光っている場所に居る事に気付いた。
「朧! 朧は!!」
叫びながら慌てて起き上がった忍は、直ぐ横に朧が横たわっているのを見付けた。
「……あれ? 傷は……?」
その身体を確認した忍は、つい今しがた確かに血を拭き出していた筈の傷痕を見付ける事は出来なかった。そもそも大量に吹き出していた筈の血痕さえも見当たらず、その衣服は、全く乱れてはいなかった。
そんな忍の戸惑いなど知らずに、朧は静かに穏やかな寝息を立てている。
忍にはその寝顔が、普段よりも柔らかい物の様に思われた。
「……さっき、朧は確かに撃たれた筈……。……どうして?」
『それは、ここが私たち女神の住む世界だからです』
忍の頭に響いて来たのは、聞き慣れない女性の声だった。
そして、呆気に取られる忍の許に、純白の薄衣を身に纏った女性が、音も無く近付いて来た。
その時、不意に忍の手が握られた。
「朧?」
忍がもう一方の手でその頭を撫でると、
「……ん……、……ん?」
と、朧はその眼を開けた。
「あれ? 忍? 私寝ていたの?」
そして朧は不思議そうに辺りを見回した後、
「ここはどこ? 何だか体が軽い……。それに、……あなたは?」
と、眼前に立つ女性の目を見上げて訊ねた。
『順番に答えますので、先ずは落ち着いてお茶でも飲みましょうか』
笑顔でそう言った女性が手を振ると、何も無かった場所に、テーブルセットとティーセットが現れた。
『さ、座って下さい』
女性に促され二人が着席すると、女性は上機嫌で紅茶を淹れ始めた。
「……えっと、何から訊けば良いんだろう……」
忍にも朧にも訊きたい事は多々有ったが、それ故に纏める事が難しかった。
『紅茶が入りましたので、どうぞ。召し上がる間に、あなた方のお訊ねになりたい事に、1つずつ答えて行きますので』
女性はそう言いながら二人の前に好い匂いを立てる紅茶を二人の前に置き、向かいに座った。
カップの中の薄茶色の澄んだ液体を訝しげに覗き込んだ忍は、
「……あれ? 美味しい」
忍のその言葉を聞いて、同じ様に見詰めているだけだった朧も、それに倣った。
「あ、本当、美味しい。何ですか、これ?」
朧が訊くと、ルナはキョトンとした顔をした。
『え? 紅茶って、元々あなた方と同じ世界から来た人から教わったのだけれど……、……そう、世界はすっかり様変わりしてしまい、今は失われているのですね……』
その女性の言葉に、忍の眉間に皺が寄る。
「え?」
『……あ、失礼しました。私、あなた方の心が読めるのです』
「そんな、心が読めるだなんて……。あなたは、誰なんですか?」
朧が訊くと、女性は笑顔になって言った。
『私、この死後の世界で転生を司る女神の一人で、ルナと申します。……尤も元々はあなた方の世界の理では発音し得ぬ名前だったのですが、かつてあなた方の世界から来た方が思い浮かべた名前を、仮に頂いているだけなのですけれど』
「シゴノセカイ? テンセイ? メガミ?」
ルナと名乗った女性のその説明は然し2人の頭の中のクエスチョンマークを増やしただけだった。
無理も無い。
科学医療だけでなく宗教も何もかもが崩壊した世界では、それ等の名前など伝わっている筈も無いのだから。
『……そうなのですね。あなた方の世界では、もうそれらの単語は伝わっていないと……。代わりの伝える方法を考えないといけませんね。……あ、いえ、その名称を覚える必要は有りません。それらは便宜上の物で有って、本質では無いのですから。あなた方の世界は今、どの様になっているのですか?』
問われた二人は、反射的に自分たちが生きて来た世界を頭の中に思い浮かべた。
『……そう、そんな事になっているのですね。……大変でしたね……』
それをイメージ映像のまま受け取ったルナは、悲しみの涙を浮かべた。
「よく分かりませんが、ルナ? 様は、そう云うのも分かる様な高次の存在では無いのですか?」
朧は小首を傾げながら、目の前で涙を浮かべるルナに訊ねた。
『……それが、以前ここを訪れた方に、その方が無くなった後の周りの人々の事を見せた事が上役にバレ、職権濫用だと怒られてしまいまして。それ以来、ここに来た方の死因にしか触れる事が出来なくなったのです』
ルナはそう言うと、戯けて小さく舌を見せた。
“職権濫用”とは何だろうと忍も朧も思ったが、2人は口に出さないし、ルナも敢えては触れない。
それよりも、今は2人にとって大事な話がある。
朧が、恐々と口を開いた。
「……何となく今の話を聞いていると、私たちは私たちの世界で死んでしまったのでここに来たのだと受け取れましたが、そう云う事ですか?」
『そうですが……。よく分かりましたね』
ルナは不思議そうな顔をした。
「いえ……。私、元々病を患っていたのですけれど、この不思議な場所で目覚めてから、何だか体が軽くて……。そう考えると、納得出来る様な気がしただけで……」
ルナの問いにそう応えた朧は、自嘲気味に笑った。
ルナは、再び告げる。
『成る程、そう云う事でしたか。……はい、あなた方は、確かに亡くなられました』
「亡くっ! ……その原因は矢張り?」
忍が訊くと、ルナは頷いた。
『はい、お二人共、銃弾に倒れられました』
その答えに、忍の拳に力が籠る。
「その、僕たちを殺した相手は……」
相手の顔も、何も分からない。気が付いた時には、殺されていた。
しかし、心当たりは、有った。
『そうですね。あなたがお考えの通りです。その仲間が、仇を討ちに来たのでしょう……』
「そう、ですか……」
ハッキリと言われ、忍は
『あなたが撃ち殺した方は、私とは別の者が担当した様です』
撃ち殺した。
……はっきりとそう言われると、忍は肩に、何か重い物が圧し掛かって来た様な気がした。
『仕方が有りませんよ。元々、あなたが殺されそうになったのですから。全部、忘れて下さい』
ルナのその言葉に、忍の瞳から重たい涙がボトリと落ちる。
「忍……」
朧はその名を呼び、テーブルの下でその手を強く握った。
そして、自身も涙ながらにルナに問うた。
「それで、皆は……。一緒に暮らしていた皆は無事なんですか?!」
それは、朧の心からの叫びだった。自分たちは死んでしまっていても、皆には無事でいて欲しいと。
それを、ルナは笑顔で受ける。
『今の処、その方々がこちらに来たと云う報告は入っておりませんので、無事かと思いますよ。下手人は、仇を討った事で満足して帰ったか、それとも皆さんに追い払われたか……』
「……良かった……」
それを聞いてホッと胸を撫で下ろした、朧。そして、忍。
『さて、それでは別の世界に転生なさるお2人に、伺いたい事が有ります』
コホンと咳払いをすると、ルナは襟を正して厳かに告げた。
「何ですか?」
手を繋いだまま、朧と忍の2人はそんな彼女に訊ねる。
『フフ、そんなに心配しなくても、転生はお2人とも同じ世界、同じ時間、同じ場所にして頂きますよ』
それを聞いて、忍と朧は見詰め合って相好を崩した。
『あなた方が転生したい、希望の世界等は有りますか?』
「希望?」
ルナが言うと、忍がそのまま訊き返した。
『ええ、希望です。“こう云った世界に住みたい”等の希望ですね。世界は無数に有るので、必ずや期待に添える事と思います』
それを聞いた2人は再び目を合わせ、頷き合った。
希望の世界など決まっている、と。
「「食事に困る事が無く、人間が人間らしく他者を思い遣り、殺し合わない世界が良いです!」」
声を合わせ、ルナの目を見て真剣に訴えた。
『分かりました。……それでは、転生をして頂きたいと思います』
そう言うと、ルナは2人の額に手を翳した。
手の平から発した光が、2人を包む。
『ハア!』
……しかし、
「ねえ忍、凄いよ! 欲しい食材を考えるだけで、ルナ様が出して下さるの!」
「へえ、それは凄い! ずっとここに住んでいたい位だ!」
『ダメですよ。飽く迄これは、あなた方の希望するセカイが生まれるまでの緊急措置なのですから』
「……ですよね。いつ頃になりそうですか?」
『さあ、それは……。……新しい世界は常に発生し続けておりますので、早ければ直ぐにでも転生して頂けるのですが……。……あ、朧さん、良かったらこの料理を作ってみて貰えませんか?』
「……ええっと、これは何でしょう。ルナ様、イメージだけじゃなくて材料や作り方は聞いていないんですか?」
『ええ、残念ながら。食べた事は有っても、自分では作ってはいない方も多い様で』
「そんな世界も有るんですね! 私たちは、自分で作らない事にはどうにもならなかったのに」
「僕は、人が作った料理よりも、朧が作った料理が食べたいけどね」
「……え?! もう、バカ忍!!」
『はいはい、ごちそう様』
「あれ? ルナ様、もうお腹いっぱいですか?」
『……違う、そう云う意味では無くて……』
「僕も、作ってみて良いかな」
「勿論だよ、忍!」
今でこそ3人での生活を楽しんでいるが、当初は、3人共驚きを禁じ得なかった。
まさか、無限に等しく存在する世界の中に、
『食事に困る事が無く、人間が人間らしく他者を思い遣り、殺し合わない世界』
が存在しないとは。
〈了〉
月光 はるにひかる @Hika_Ru
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