第9話:「クセみたいなもんだ」
けたたましい音が響く。意識が暗闇の底から引っ張り上げられる感覚。枕元に置いた携帯電話が朝を告げていることに気付き、停止させた。
身体は重たく、気分も良くない。当然ではある。二葉との再会は陽にとって精神的な負担だった。憑魔士に見つかってしまったという、大貫からの言いつけを破ってしまったこと。二葉の言葉の裏になにか含まれているのではないかと勘繰ってしまうこと。
おかげで寝付きも悪く、ぼうっとしてしまう。今日は高校の入学式だというのに。なにか妙なことに巻き込まれなければいいのだが。
ずるずるとベッドから這い出て、リビングへ向かう。現在時刻は午前七時を迎える頃。少し寝過ぎてしまったことを反省した。
「お? なんだ随分疲れた顔してんな。ちゃんと眠れたカァ?」
リビングでは既にヤタの姿があった。どうやら自分で操作してテレビを映したようで、朝のニュースが流れている。
「……早起きだね、ヤタ」
「寝ても寝なくてもいいからな、魔童ってのはそういうもんだぜ」
「そうなんだ。疲れが残らないっていいね」
「厳密には消耗がないわけじゃねーが、人間に比べりゃ幾分楽させてもらえてると思うぜ。いまのお前に関して言えば、負担はどっこいどっこいだけどな」
「どうして?」
「身体の主導権が全部オレにあったからだよ」
思えば昨日の狐火との戦闘。続いて二葉の襲撃。どちらも陽の肉体はヤタの支配下にあった。
無論、戦えない陽がヤタの力を自在に行使出来るはずもない。仕方がなかったとはいえ、戦闘の度にこれだけの疲労が蓄積するのは避けたくもある。
「本来、憑魔士は魔童の力を借りる。言い換えりゃ道具化するもんだ。だが、昨日は初めてだからってのもあって
「……僕が頼りないから?」
「初めてだからっつったーろが。憑魔士の右も左もわからん奴にハナッからおんぶに抱っこで八咫烏が務まるかっての」
卑屈になるあまり本質を見失ってしまいそうになる。
八咫烏の力は憑魔士が扱ってきた力だ。ほとんど一般人のようなものである陽に扱い切れる力なはずがない。ヤタはそれを見越して、身体の主導権を奪ったのだろう。責めることは出来ない。
「自分じゃない誰かに身体操られりゃあ知らずのうちに肉体は疲弊する。一方で、魔童が人間を自在に動かすにはそれなりに力が要る。現状のままじゃあお互いにとって負担が大きいままだぜ」
「……一哉様は、ヤタをどう使ってたの?」
「あいつはオレを“武装化”してたな。弓の形にしてよ」
「魔童って融合するだけじゃないんだ?」
「フタバがそうだったろ? エンカンを煙管の形にして殴ってきたの忘れちまったカァ?」
昨日のことさえ記憶が曖昧なようだ。
確かに二葉は巨大な煙管を持って襲い掛かってきた。あれが大煙管と二葉の戦い方なのだろう。ただの打撃武器として扱っているとは思えないが、実際魔童の力や能力をなにも知らない。
――今度二葉ちゃんに聞こう。憑魔士の戦い方も含めて、知らなきゃいけないことがたくさんある。
八咫烏の力を行使した以上、もうただの一般人ではいられない。二葉の監視下ではあるだろうが、実戦を積む必要がある。
「まあまあひとまず飯を食え。今日は入学式だろ? 舐められたら終わりだぞ」
「大丈夫、目立たないようにするよ。そういうの得意なんだ」
「ならいいけどよ。ただ、喧嘩はすんなよ」
「心配してくれてるの?」
「喧嘩の相手を、な」
薄情と言うべきか否か。
だが、ヤタの言葉に妙な引っかかりを覚える。彼から見た陽の印象は頼りない部類のはずだ。それがどうして喧嘩の相手を心配する?
まさか陽が相手を叩きのめすと想定しているわけでもあるまい。なにか考えがあるのだろうが、陽にはそれがわからなかった。
そのとき、リビングに電子音が響いた。このマンションはエントランス部分に自動で施錠するシステムを搭載している。部屋番号を入力し、発信することで開錠してもらう仕組みだ。
一人暮らしを始めてから数日は、新たな入居者を狙った勧誘などもあるという。警戒しつつ、インターホン越しに応じる。
「どちら様ですか?」
『篝です、迎えに来たよ』
「篝さん? 迎えとは……?」
『入学式くらいお世話させてよ、卒業式までそんな機会ないかもしれないんだから』
「ええ、まあ、確かに……? いま準備します、少々お待ちください」
客人は篝だった。尤もな理由ではあるが、わざわざ迎えに来てくれるのと驚いた。
むしろ都合がいいのかもしれない。憑魔士と接触したことは伝えた方がいいだろう。二葉は信用に値する人物か、彼女づてに大貫へ指示を仰ぐのもいい。
「ヒナタ、オレが顕現したこととフタバに会ったことは言うな」
「え、どうして……?」
陽の考えを見透かしたか、ヤタの声は鋭い。この声音は八咫烏としての警告だ。
篝のことを警戒しているのだろうか? 何故? 陽の生活を支援していたのだ、彼女が敵でないことは明らかだろうに。
「美景家のクセみたいなもんだ。同じ憑魔士と言えど、美景家以外の人間をあまり信用するもんじゃないってな」
「……美景家の人って、そんなに用心深かったんだ」
「だからお前が疑われたとも言えるな。身元のわからんガキっつっても、なにを隠し持ってるかもわからんからん。カズヤが殺されたのは、お前が隙を突いたと考える奴も多かったんだろう」
「そうだったんだ……美景家について、今度聞かせてくれる?」
「おー、そんときゃフタバも一緒にな」
「……うん」
頷きこそしたものの、語気は弱い。
いくら昔馴染みとはいえ、こちらから信用するにはもう少し時間がかかる。信用してくれるとは言ったが、なにを根拠に陽を信用出来るというのか。
二葉の真意が読めない以上、警戒はしてしまう。ヤタは完全に気を許しているようだが。
会話を程々に身支度を整える。篝が選んだ制服は、いまの陽には少々大きかった。
「じゃあ、行ってきます」
「おう、気をつけてな」
ヤタは器用に翼を折り曲げ、拳を握るように突き出してくる。なんとなくおかしくなって、同じ仕草で返した。
――二葉ちゃんと、なにを話せばいいんだろう。
知りたいことを教えられるだろうか。聞きたいことは聞けるだろうか。わからない。それでも、避けては通れない道なのだろう。
気が重い。いままで逃げ続けたつけが回ってきたと諦めるしかない。深いため息を漏らし、篝の下へと向かった。
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