第4話:「なにもない」
「……僕の、相棒……?」
「ああそうさ。カズヤが殺されて、あいつが持ってた銃の所有権がヒナタに移った。つまり、オレはお前の魔童ってことになる」
「ちょ、ちょっと待って! あなたは美景家に継承されてきた力でしょう!? 部外者の僕が使っていい力じゃないです!」
「おー、そこは知ってんだな。関心関心。じゃあ
陽の訴えは至極真っ当なもので、声を荒らげるのも当然のことだった。一方で八咫烏はあっけらかんとしている。
こちらの話を聞く気がないと判断した陽は、彼の問いに無言で頷く。
美景家及び里の者は憑魔士と呼ばれる一族だ。古くから世界の影――魔童と戦っており、彼らは魔童の力を借りてこちらの世界を守っている。
八咫烏は憑魔士の長である美景家、その当主に代々受け継がれてきた魔童。それは陽も知っている。だからこそ、自分が継承者として選ばれることが納得出来なかった。
「というか、銃の所有権が移ったって……なにか特別な儀式が必要なんじゃないんですか? ただ僕が握っていただけじゃないですか」
「儀式なんて必要ねーよ、オレが選ぶから」
「であればどうして僕を選んだんですか! もっと適任がいたはずでしょう!」
「いやそりゃいたかもしれねーけどよ、お前がずっと銃持ってたじゃねーか。里を離れた以上、継承者はお前以外いなかったってわけよ」
あの日の自分を恨む他なかった。
正気でいられなかったとはいえ、図らずも美景家の力を強奪したことになってしまっていたとは。ますます慎重に生きざるを得なくなってしまった。
「ま、そういうこった。諦めてオレの主になってくれや」
「……嫌だからと放り出すのも無責任、ですね……」
「お利口さんだな。まあ力を使うような場面があるとは思えねーけどなァ」
「それは何故?」
「魔童は心が強く乱れた奴の傍に現れる。お前が平穏無事に、ちゃーんと付き合う人間を選んでりゃあ身近な人間が魔童に襲われることもねーからだよ」
そうなると、人付き合いに慎重になる必要はある。いままでと変わらない日常を送れば問題はない。
だが、八咫烏の言葉には引っかかりを覚える。
「……もし、この町で魔童が現れたら……?」
「そこも安心しろ。里の人間は基本的にデカい魔童の討伐が主な仕事で、小さい奴らを討伐する憑魔士は全国にい潜んでる。この町にも憑魔士はいるはずだし、そいつに任せりゃ大丈夫」
「こ、この町にもいるんですか?」
迂闊に外出することも控えた方がよさそうだ。いつ見つかるか、わかったものではない。少なくとも八咫烏を外に連れ出すわけにはいかないだろう。
不安な陽を他所に、八咫烏は愉快そうに笑った。
「見つかったらどうしよう、とか考えてんだろ」
「え……は、はい。それは勿論」
「心配要らねーよ。お前ももう十五歳だろ。初めて見たときに比べりゃ背も伸びた、声も変わってる。顔つきだって……まあびくびくした顔は変わってねーが、一目でわかるような奴ァいねーよ」
八咫烏は十歳の頃の陽も知っているようだ。知らなかっただけで、本当に小さな頃から見守っていたのだろう。
実際に話すのは初めてではあるが、八咫烏の喋り方はまるで兄のようにさっぱりとしていて飾り気がない。それだけ陽に対して気を許している証拠だ。
「しかし、憑魔士の世界にいた割には知らんことも多いみたいだな。カズヤはお前になにも教えなかったのか?」
「あまり詳細には教えられませんでした。一哉様にも考えがあったんだと思います」
美景家に保護されている間、一哉は憑魔士の世界について詳細に説明することはなかった。それはきっと、彼が陽の名付け親だからこそなのかもしれない。
――薄暗い影の世で、日溜まりのように優しく暖かい存在であるように。
輪郭を持たなかった自分を、形ある存在にしてくれた一哉。あのときの声も、顔も、鮮明に思い出せる。
「カズヤからちょこっと聞いてる。拾い子だったんだろ、お前」
「はい。身寄りもなく、記憶も失くした僕を、彼は“陽”にしてくださった。陽という名に相応しく在るように、影の世に踏み込ませる気はなかったのかもしれません」
陽は憑魔士一族ではない。里の付近を一人彷徨っていたとき、一哉によって保護された。素性の知れない少年に“陽”という名を与え、家族のように大切に扱っていた。
ありがとうももう言えない。どうすれば彼の恩に報いることが出来るのか。五年経ったいまでも考える。
大貫に対する感情とはまた違った、ある種の信仰心にも似た感情。時間の経過で薄れることはなく、むしろ日に日に増していく。
あの日、なにが出来ただろう。
どうすれば彼の死を防ぐことが出来ただろう。
感謝の気持ちとは裏腹に、着たままの恩が鎖のように陽を縛りつける。
過去の記憶が心臓を締め付ける。深い息を吐いて、目を伏せる陽。八咫烏は「まっ」と軽い語気で口を開いた。
「見つかるかどうかとか、あんま心配し過ぎんなよ。身体に悪ィからな」
「……ありがとう、ございます」
「あと敬語やめろ。なんかむずむずするからよ」
「え、いやそれは……」
「八咫烏、って呼ばれんのも変な感じするな。いい感じの呼び名をくれよ、その方が相棒っぽいだろ?」
最強の魔童を自称する割には、どうにも軽さが目立つ。これが八咫烏本来の性質なのか、あるいは現代に馴染むためにそうしているのか、陽には判断出来なかった。
敬語を外すのはどうにかなる。問題は、呼び名だ。自分が誰かの名付け親になるなど考えもしなかった。故に、引き出しがない。名前をつけるとき、いったいなにを意識すればいいのだろう。
必死に頭を働かせ、絞り出した一つの案を提示する。
「……ヤタ、とか、ど、どう?」
「ヤタ、ヤタか。安直だけどいいんじゃねーの? 呼び易そうだし、気に入ったわ」
満足げに笑う八咫烏。どうやら機嫌を損ねずに済んだようだ。
五年前にもう戻れないと覚悟を決めた。それとは別に、改めて腹を括る必要がある。図らずも美景家の力を継承してしまったわけなのだ、慎重に、平穏を求め続けなければならない。
「――大丈夫、なにもない」
力強く、言い聞かせるように。その声は部屋に反響して、虚しく消えた。
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