第3話:「お前の相棒だよ」
「へぇ、結構いい部屋借りたんじゃない?」
「資金は大貫さんが出してくれたんです。セキュリティはしっかりしたところにしろって」
陽の自宅となるマンションは駐車場も広く、見上げれば首が痛くなるような高層のものだった。加えてオートロック、カメラ付きのインターホン。高校生の一人暮らしには勿体ない物件だ。
「正直なところ、過保護のようにも思えますが……」
「それだけ陽くんの安否が大切ってことだよ」
「恐れ多いです。こんなに大切にしていただけて」
「話せる機会があったらちゃんと伝えてあげてね」
そうは言うものの、大貫と直接の連絡手段は持ち合わせていない。携帯電話も篝の名義で契約されており、必要な連絡先は登録していると言っていた。
しかしその中に大貫の番号は登録されていなかった。直接連絡を取る必要がないと判断されたのだろう。陽としては少々切なくもある。
「それじゃあ私はこれで。たまには連絡してね、寂しいから」
「ふふ、はい。篝さんもお元気で」
車に乗り込んでからも手を振り続ける篝だったが、未練を断ち切れたのか発車させた。遠退く車を見送り、改めて自分の部屋へ向かう。
陽が借りた部屋は三階の一室。エレベーターに乗り込み、扉を閉じようとしたところ――。
「わーっ! ちょっと待ってください!」
「っ!? は、はい!」
エレベーターを利用する強い意志を秘めた声が響いた。咄嗟にボタンを叩き、扉を開く。滑り込んできたのは一人の少女だった。
年の頃は陽とそう変わらない。真っ黒の髪を後頭部で結っており、ぱっちりとした目は
肩で息をする少女に対し、なにか言葉をかけるべきなのか。逡巡する陽ではあったが、少女が腕を掴んできた。
「あ、ありがとうございます……! スリリングだった……!」
「い、いえ……間に合ってよかったです」
息も絶え絶えではあるものの、礼を言えるだけの心の余裕はあるようだ。面食らってしまったものの、悪い人間でなさそうだった。
「あれ、キミ初めて見るかも……? 最近引っ越してきたとか?」
「ええ、高校進学を機に一人暮らしを。今日からここで暮らします」
「そうなんだ! じゃあわたしと一緒だね、明日から高校生!」
笑顔を咲かせる少女。その裏を覗こうにも声音や表情を見れば裏も表もないことは容易に察せられた。
関わっても害がなさそうであれば、身近に一人くらい頼れる人間を作っても問題ないはず。
少女は姿勢を正し、笑顔を見せる。清涼飲料水が良く似合う、爽やかな表情だった。
「わたしは真中夏未です、きみは?」
「七尾陽と申します」
「陽くんね、よろしく!」
ぱあっと表情を晴れさせる少女、真中夏未。中学生時代のクラスメートからは咲かない花がそこにはあった。
夏未は陽の手を取り、ぶんぶんと上下に振る。天真爛漫と言えば聞こえはいいが、振り回される側としては困ってしまうのも正直なところだった。
「……どうしたものかな」
「なにが?」
「いえ、なにも」
こうして挨拶を交わした後ではあるが、あまり親しくなり過ぎるのも気を付けるべきか。
万が一、里の者に見つかった場合。この少女も巻き込んでしまう可能性がないとは言い切れない。そうなった際、陽には彼女を守る術がないからだ。
思考の淵に落ちていたが、夏未の視線に気付く。どこか品定めしているような、陽の奥を覗くような眼差し。
「七尾くん、本当に同い年?」
「え、何故ですか?」
「なんだかすごく落ち着いてるように見える。言葉遣いも大人っぽいし」
「あはは……あまり快活な人間ではないので、そのせいかもしれませんね」
「そういうものなのかなぁ」と首を傾げる夏未。そういうものですと適当にやり過ごす。
陽は三階を、彼女は五階のボタンを押した。同じ階層でないのも、過度な接触を避けるには都合がよかった。
エレベーターが三階で止まり、扉が開く。
「僕はここで。また学校で会いましょう」
「うん、またね! 同じクラスだったら、これからよろしくね!」
「はい。ではまた」
扉が閉まり、窓から見える夏未は元気に手を振っていた。陽も控えめに振り返し、彼女の姿が見えなくなってから歩き出す。
午前の中途半端な時間ということもあり、人の姿はほとんどない。元より今日は日曜日、仕事をしている者ならばまだ眠っていてもおかしくはない時間だ。
陽の部屋は三〇一号室。エレベーターから最も近い場所。ポケットから鍵を取り出し、差し込む。
室内は現状、殺風景と言わざるを得ない。生活感のない新居独特の匂い、廊下にはトイレと浴室、それぞれに通じる扉。奥の部屋は広めのリビングであり、キッチンも備えられている。テーブルは背の低いものであり、幾つかのクッションとソファ。隣の部屋は寝室となっており、新しく買ったベッドが窓際に設置されている。
改めて、高校生の一人暮らしには勿体ないほどの部屋だ。数え切れないほどの恩を着てきたが、返せる日は来るのだろうか。生涯を彼に差し出す気持ちでいよう、そう心に決める。
ソファに腰掛け、鞄の中を見る。一際異彩を放つ物騒な代物、一哉の銃。
どう扱ったものか――そう思い、手を伸ばしたと同時。
「……っ!? 光が……!?」
銃が光を放つ。夜空のような黒い光、それは徐々に勢いを増して部屋全体に広がっていく。
暗いのか、眩しいのか。どちらともつかなかったが、たまらず目を覆う。不安を煽る輝きが収まったかと思えば――。
「カァーッ、ようやく自由が利くってもんだ!」
知らない声が聞こえた。甲高く、がらついた声。男性の声のようだが、いったい誰だ?
ゆっくりと目を開けると、陽の前には一話のカラスがいた。だが、妙だ。陽は我が目を疑う。
このカラス、
正体不明のカラスは陽を見るや否や、ニィ、と笑みを浮かべた。随分と人間らしい表情をするもので、背筋に悪寒が走った。
「やっと話せるときが来たなァ、ヒナタ」
「は、え? は、はい……どうして僕の名前を」
「そりゃ知ってるわ。カズヤがよく話してたからなァ。オレにとっても可愛い弟分みたいなもんだぜ」
「一哉様のことも知ってる……? あ、あなたは何者なんですか……?」
陽の問いかけに、カラスは目を丸くした。一瞬の沈黙の後、天井を仰いで高らかに笑った。
「カッカッカッカッカァ! オレが何者かもわからんってのか!? 大事に大事に育てられてきたってこったなァ!」
「だ、大事にって……あの、本当に知らなくて……」
いまなお笑い続ける三本足のカラス。身体を反らしすぎて仰向けに倒れてしまうがお構いなしだ。陽はただ困惑するばかり。
一頻り笑ったカラスは呼吸を整え、ようやく陽の問いに答える。得意げな笑みを浮かべて。
「オレは“
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