助言
最近、麻衣に振りまわされてばかりな感じがする。
相席で出会った時はそんな印象は全くなくて、人の話を聞けるいい子だなって思ったのに。
「はぁ……」
仕事を終えて、商店街の中を自転車を漕ぐ気力もなく押して帰っていると、どこからか声をかけられる。
「そこのお兄さん」
それは、シャッターの閉まったお店の前に、おばあさんが椅子に座っていた。目の前には紫色のテーブルクロスを被った机が置かれ、その中心にいかにもな水晶玉が飾ってあった。おばあさんの足元には『占い一回二百円』と書かれた看板が立っていて、俺は思わず足を止めた。
「一回二百円だよ、どうする?」
おばあさんがちらりと見てきた。目元に皺が寄って、口元が少し萎んでいた。
占いか……あまり信じてないんだよな。誰にでも当てはまることを適当に言って、あれ当たってる、って思わせる一種の心理学だと思ってる。
麻衣に振りまわされて疲れてるし、帰るか。
俺はおばあさんに軽く会釈した後、自転車を押して歩く。
「彼女がいるね。それも少し我儘で、あなたに執着している」
ぼそりと言ったのだろうが、俺にははっきりと聞えた。
バックギアに入れる勢いで立ち止まって、俺はあおばあさんに近づく。
「な、何で知ってるんですか」
「見えるんだよ。私は占い師だからね」
まだ信じられないけど……一回二百円だしな、気分転換にやってみてもいいかもしれない。
俺は看板横に置かれたプラスチックの容器に二百円を入れて、自転車を止め、おばあさんに対面する形で置かれた椅子に腰掛ける。
するとおばあさんは何を言うでもなく、水晶玉の周りに両手をかざし、ゆっくりと回すように撫で始めた。
それが二分くらい続いた。
後ろでたくさんの人が往来して、足音や話し声でうるさいはずなのに、なぜかこの空間だけが異様に静かな気がした。
おばあさんは手を止めると、水晶玉に集中していた視線を俺に向けてきた。
「相性はいいね。ただ、お兄さんがまだその領域にまで達していない」
「領域……?」
展開でもするのだろうか。
いやいや、俺はあのメンヘラの呪いを払う自信はない。
なんてことを思っていたら、おばあさんは言う。
「お兄さんもその子と一緒になればいい。されたことをすればいい。意外といい方向に進めれる」
「え、それ……」
俺がメンヘラになれと……。
「目には目を歯には歯を。お兄さんは今、それを毒だと思っている。ならその毒を同じ毒で相殺すればいいだけ」
「で、できますかね……?」
「お兄さんは素質があるよ」
メンヘラに素質とかあんのか……。
でも、考えてもいなかったことだった。
俺がメンヘラか。
麻衣がどんな反応するのか気になるな。喧嘩になりそうだけど……ここずっと振りまわされてるんだ。ちょっとした仕返しだと思えば。
俺は少し気が楽になったような感じがした。
おばあさんにお礼を言って、自転車を漕いで急いで帰る。
さっそく行動だ。
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