第24話 商人vsアイドルvsお嬢様
「お食事中すみません、レティシアさん、お向かいよろしいッスか?」
リオはグラスをドラゴニュートの向かいの席に置きながら、笑顔で彼女の名を呼んだ。
ワタクシたちは食事を続けるフリをしながら耳をそばだてて二人の様子を窺う。
「別にいいわよ? アンタ誰?」
金剛のドラゴニュート、レティシアは値踏みするように目でリオに聞き返した。
「アニマクロスのファンッス」
リオは自分の名前を名乗らずそう返した。
それを聞きレティシアの手がピタリと止まる。
「へえ、アンタ、見る目あるわね」
ジト目でリオを睨みつけていたレティシアの顔がパーッと晴れ、尻尾がビタンビタンと動く。レティシアは骨の山になっている皿を引き寄せ、リオのためのスペースを作った。
なんですの?
ワタクシにはやたら厳しいくせに素はやっぱりチョロインですの?
「どうもッス。図書館前でのライブですっかりアニマクロスにハマっちゃいまして」
「図書館前ってことはセカンドライブから追ってくれてるのね! 古参じゃない!」
「そう言われると嬉しいんスが大庭園のファーストライブを見れなかったんスよね」
「いいのいいの。ゲリラだったから仕方ないわ。アタシたちのどこが好きなの?」
「歌も踊りも衣装も大好きッス。でもアニマクロスの魅力と言えば何と言ってもあの爆発! 被害を出さずかつ派手さを失わないギリギリを狙う職人芸を感じるッス」
「わかってるじゃない! 爆発はアタシの担当なの! アンタ名前なんて言うの?」
「リオ=グリュネワルト=エルネストと申します。リオって呼んで欲しいッス」
「うん、これからも応援よろしくね、リオ!」
レティシアがナプキンで拭いた手を差し出し、二人は固い握手を交わした。
ワタクシの入れ知恵の褒め殺し作戦は思った通り奏効したようだ。
だがそれを活かせるリオも流石だ。
事前調査から相手の喜ぶところをピンポイントで突く話術が上手すぎる。
「それでちょっとレティシアさんにお願いがあるんスが」
「なになに?」
ここまでで好感度上げはまずまずだ。テーブルに少し身を乗り出して、レティシアはすっかりリオの話を聴く気になっている。
だが、ここからがワタクシたちの本番だ。
「ウチ、実はこれ作ってるんスよ」
リオは鞄の中から第一号新聞を取り出しながら切り出した。
ドラゴニュートの琥珀色の瞳に一面の記事が映り込み、その口元が緩む。
「なるほど、アンタがあの新聞を書いてるのね。中々面白い読み物だったわ」
「お褒めに預かり光栄ッス。それで次号の記事は是非アニマクロスの特集を組ませてもらえないかなーと。ファンとしてお力に成れればと思うんスが、いかがッスか?」
好印象なレティシアの反応を見て、下手に出ながら本題を切り出すリオ。
「ありがと、リオ。すっごく嬉しい────でも、お断りするわ」
だが目論見も虚しくレティシアは提案をバッサリと切り捨てた。
「ありゃりゃ、そうッスか……。ライブ以外の宣伝として、別角度からのファン獲得に一役買えると思ったんスけど……。もし良かったら理由を教えて頂いても?」
まだリオは交渉を諦めていないのだろう。
残念そうに引きさがる素振りを見せながら、アニマクロスにも利益があることを提示しつつ、決裂の理由を聞き出そうとする。
「アタシが嫌だから」
「え? ど、どの辺がッスか?」
「新聞部に協力するのが」
「な、なんで?」
損得の見えてこない感情的な理由にリオが戸惑う。
そして放たれるレティシアの一言。
「だって新聞部の部長はツェツィなんでしょ?」
ここでそれか!
頭を打つ前のワタクシの所業がどこまでも自分の足を引っ張ってくる。
「つ、つまりツェツィさんをお嫌いだから新聞部とは付き合えないと?」
「その通りよ!」
リオは横目でワタクシに、恨むような、助けを求めるような視線を送ってくる。
わかってる。ここでアニマクロスに敵対されるのはワタクシのエロゲ計画にとっても大きな痛手となるだろう。
ワタクシは覚悟を決め、レティシアを落とすため席を立つ。
「な、何とか妥協点を探れないッスか?」
「嫌よ! プロデューサーは飛びつきそうな話だけどアタシが嫌なものは嫌なの!」
頑固なドラゴニュートは取り付く島もない。
リオはワタクシに目配せした。
その合図でワタクシは扇子で口元を覆いながらレティシアに歩み寄る。
「ごきげんよう、レティ。あまりウチのリオを困らせないでくださる?」
「あ、ツェツィさん。いらっしゃったんスか」
リオが如何にもウチらは偶然出会いましたという反応をする。
新聞部としての勧誘計画を悟られぬよう、あくまで一ファンの個人的な取材だったという体で話を続けるためだ。
ワタクシは扇子でリオにだけ見えるように口元を緩める。
それにリオが一瞬のウィンクを返す。
うん、ワタクシたち息ピッタリですわね。
「出たわね、ツェツィ! おじさんのことを謝るまで絶対に許さないんだから!」
レティシアはワタクシの姿を認めるなり立ち上がって大声で噛みついて来る。
「いつもそれね。もう三年も前のじゃない。いい加減お互い水に流しませんこと?」
「たった三年よ! それにおじさんにも非があったみたいに言うんじゃないわよ!」
「えーっと、お二人はお知り合いなんスか?」
熱くなるレティシアを見て、リオがワタクシたちの因縁について問う。
「ええ! 不倶戴天の敵よ! 永遠のライバルといっても過言じゃないわ!」
「自称ライバルね。この子が勝負勝負ってうるさいから付き合ってるだけですわ」
「嘘つき、満更でもないくせに! リオ、因みにアタシがツェツィより上だから」
「嘘おっしゃい。低脳を晒しましたわね。十三戦六勝一分けだから現時点でイーブンですわ。それにワタクシが負け越してる瞬間なんて、一度もたりとも無くってよ」
「武器を使わない勝負じゃアタシが全勝じゃない! だからアタシが上よ!」
「人間は道具を使う生き物ですわ。脳筋魔族の理屈で語らないでくださいまし」
「おじさんに謝らない屁理屈こねるだけのアンタの脳みそなんかより百倍マシよ!」
「あのー? 水差して悪いんスが、おじさんってなんスか?」
空気を読んだリオの一言で、レティシアは一旦落ち着きを取り戻した。
ワタクシは遠い眼をしながら十二歳の頃を思い出してリオの質問に答える。
「昔、聖都と商都の間の街道をナワバリにしてたドラゴンがいたでしょう? それがレティの母方のおじさんだったらしいの」
「ああ、“黄金街道の主”ッスね。特段人を襲う訳でもなく、街道の周りを飛んでた名物ドラゴンだったッスけど、いつの間にかいなくなっちゃったッスね」
「アレ、実はワタクシが追い払ったんですわ、三年前に」
「そう! おじさんはただ交易路の往来を眺めるのが趣味の優しいドラゴンだったのに、たまたま通りかかっただけのツェツィがおじさんの楽しみを奪ったのよ!」
「え? なんで? むしろ野盗とかから助けてくれる守り神的存在ッスよね?」
レティシアがワタクシの所業を告発し、リオがワタクシに疑惑の眼差しを寄越す。
「だって積み荷を襲って巣にため込む系の悪のドラゴンかと思ったんですもの。そんなアリの行列をジーっと眺めるのが趣味みたいな陰キャドラゴンがいると思わないじゃない?」
「それでコイツはおじさんを挑発して、誤解を解こうとして地上に降りたおじさんをボコったのよ!」
「な、なんでわざわざ自分からドラゴンに喧嘩売ったんスか?」
「いえ、あの頃のワタクシ、エルフの魔法使いの修行で最強になって、血に飢えていたというか調子に乗っていたというか……。それで、ドラゴン、腕試しに丁度いいかなって……」
ワタクシは当時の気持ちを思い出して気まずくなりながら心情を暴露した。
内なるオッサンがまた叫ぼうと悶え始めてきている。
自分の顔がどんどん赤くなってくるのがわかる。
「どう? コイツはこんなヤツよ! リオも付く側を間違えるんじゃないわよ!」
「うーん。今聞いた限りだと一〇〇%ツェツィさんが悪いッスね」
「「そうよね!」」
リオの公正極まりない判定にレティシアとワタクシは声を揃えて同意した。
「って、なんでアンタも同意してんのよ!」
「ワ、ワタクシも……成長した、と、いうことですわ……」
心のオッサンが羞恥で叫び出すのを堪えながら、ワタクシは震え声を捻りだした。
「何? アンタも反省したってこと? じゃあとうとうおじさんに謝るのね?」
「謝る? フッ、舐めて貰っては困りますわ。そんな訳ないじゃない!」
ワタクシは本心とは裏腹に謝罪をキッパリと否定してみせた。
リオが『はえ? 何でここで謝らないんスか?』って顔でこちらを見ている。
大丈夫、考えはある。そう、たとえここでワタクシが素直に謝ったとしてもレティシアの好感度が新聞に協力してくれる程回復するとは思えない。
だから、むしろここは謝るのではなく────煽るッ!
「ねえ、レティ。ワタクシたちの度重なる勝負に終止符を打つのなら、それに相応しい舞台がすぐそこに迫っていると思いませんこと?」
「──明日の校内魔術対抗戦ね!」
「その通りよ。対抗戦で貴女がワタクシに勝てたのなら、お望み通り謝ってあげる。まあそんなことは万が一にもあり得ないでしょうけどね」
「言ったわね!」
「その代わり貴女が負けたらワタクシの新聞に出て、宣伝もして貰いますわよ?」
「望むところよ!」
よし、釣れた! 何とか上手く勢いだけでごまかせたようだ。
レティシアがおバカで助かった。
話の流れをよく思い返せば、負けた時に新聞に協力しないといけない理由なんて、レティシアには少しも無いというのに。
条件付きで約束を取り付けたワタクシはどうだとばかりにリオの方をチラ見する。
リオは尊敬半分、不安半分の表情でワタクシを見ている。
不安はもちろんワタクシが負けた場合の心配だろう。
大丈夫、勝てばいいのですわ、勝てば!
ワタクシは余裕の笑みを浮かべて会話の〆に捨て台詞を吐いて退場しようとする。
「ウフフッ。明日が楽しみですわ。悔しがる貴女の顔が今から目に浮かぶ──」
「フラウ・ノイエンドルフ!」
だが言い終える前に、捨て台詞は食堂中に響くしわがれ声によって引き裂かれた。
「ツェツィーリエ=フォン=ノイエンドルフはおるか!」
げっ。この声はアルハンブラ先生!
まさか食堂で決闘まがいの約束をしたことを咎められるのだろうか?
それとも頒布した新聞絡みで何か不祥事が?
余裕の笑みを失ったワタクシを見るレティシアの顔にはざまあみろと書いてある。
ワタクシはリオ、パメラ、ジゼルと仲間たちに視線を送る。
皆一様にご愁傷さまですといった表情を返してくる。
なんで体を張った部長を誰も助けようとしませんの?
「それと、フラウ・ペトルスクロイツ! パメラ=ツー=ペトルスクロイツは!」
「えッ! なんで私ッ? あっ」
意表を突かれ自分の名前を呼ばれたパメラが思わず大声を上げる。
静寂の食堂にその声は響き渡りアルハンブラ先生がワタクシとパメラを捕捉する。
「おお、二人ともそこにおったか。食事中に悪いがちょっと来てはくれないかね?」
「「は、はい!」」
ワタクシとパメラは威勢だけは良い返事をして、アルハンブラ先生の下におずおずと歩き出す。食堂の全員が背中を見つめているのがわかる。
針のむしろとはまさにこのことだ。
「せ、先生、私たち何かしましたでしょうか?」
アルハンブラ先生のすぐ目の前まで来たところでパメラが小声で尋ねる。
「おおすまん、心配させてしまったか。悪いことではないとも安心してくれたまえ」
先生は不安を感じ取り優しい眼をして謝罪を述べた。
怒られるわけではないと知り、パメラの顔が明るくなり、ワタクシもホッと一息をついた。
だが、先生は続けて言った。
「ちょっとキミたちにサリサの──エルフの魔法使いの相手を頼みたくてな」
その一言でワタクシたちは天国から地獄に叩き落とされ、胃がハチの巣になった。
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