第4章 魔族の煽動者

第23話 インフルーエンス・ドラゴン

「さて新聞の頒布から三日経ったけど評判はいかがかしら?」


 ワタクシはプレートを席に置くと、開口一番そう尋ねた。


 連合歴二〇八年六月十八日。

 昼休憩の学生食堂、窓際の一番日の当たる席で新聞部の四人は一つの食卓を囲んでいる。


 千部刷った新聞の内、百部ずつ七つの学生寮に、二百部を食堂などの施設に、そして残りの百部を各所の掲示板に貼り教職員に配った。


 最善はホームルームで各クラスに配ってもらうことだったのだが、それは部活動の枠を越えると学園長の許可が下りなかった。


 つまり、新聞を手に取るかどうかは生徒の自主性に任せるところとなったのだ。


「予想通り人類連合側には大受けッスね。流石は勇者一行の一人、頒布後から人間もエルフもドワーフも、みんなエルフの魔法使いの話題で持ち切りッス」


 リオがカタキラウワのボロネーゼをフォークで巻き取りながら答えた。


「校内魔術対抗戦のネタも当たりッスね。エルフの魔法使いの考える競技内容予想ゲームが蒼玉では大流行りッス。予想で対策が立てば本番も有利ッスからね」

「紅玉も大体同じね。ワタクシとジゼルもエルフの魔法使いについて質問攻めですわ」


 いよいよ開催が明日に迫った校内魔術対抗戦。生徒の話題は対抗戦ほぼ一色だ。


「あと予想よりエルフの魔法使いの絵を描いたヤツは誰だって話題が激しいよね。私だってことがバレちゃったら凄く恥ずかしいから困るなあ」

「その話題が出るたびにパメラさんのニヤケ面を取り繕うウチの身にもなって欲しいッス」


 困ると言いながら満更でもなさそうな顔のパメラをリオがたしなめる。


「ただ予想通り魔族への受けがイマイチッスね。文字を読めないのが辛いってのは織り込み済みッスが、魔族の仇敵のエルフの魔法使いの記事はやや不評ぽいッス」

「確かに紅玉でもそれは感じますね。文字の読める魔族は大体一読してくれているようですが、文字の読めない魔族が読んでみようとなるには一歩足りないようです」


 ジゼルがナプキンで口を拭いた後、リオの懸念に同意する。


「パメラの絵を見て手に取ってくれるところまではけっこう行くのだけれどね。見開きの活字に圧倒されて新聞を置いちゃう魔族を何度も見ましたわ」


 そう言ってワタクシもハオマジュースを飲みながら今回の反省をする。

 話題性のある記事選びも、絵が読者を引き付けるという目論見も概ね上手くいったといえよう。


 上手くいっていないのは、文字の読めない魔族の興味を引くに至らなかったという点だ。


「つまり次回の課題は魔族が気になる話題の提供ということになるのでしょうか?」

「いえ、それだけじゃ文字が読めない魔族は喰いつかないでしょうね。ここは──」


 ワタクシは空になったグラスをプレートに置いて言い放つ。


「インフルエンサーが必要ですわ!」


「「「インフルエンサー?」」」


 三人が聞き慣れない単語を復唱する。

 うん、このパターンもお決まりになってきましたわね。


「インフルエンサーとは広告塔になり得る有名人のことですわ。既に人気の高い人物が商品の宣伝をすれば、その人物を好きな人が商品に興味を持ってくれますわよね?」


 ワタクシはまた前世の知識を披露する。


 SNS全盛の時代、商品価値そのものではなく誰に取り上げられるかが売上を左右する様は嫌という程見てきた。


 有名人に案件を頼むのも節操のないコラボも、極めて有効な宣伝戦略だ。

 この世界でも利用しない手はない。


「それわかるッス。ツェツィさんのお父さんが『このペンダントに命を救われた』って言ってくれたお陰で、同じデザインで何の魔力も無いペンダントが飛ぶように売れたッス」

「その例えはなんかちょっと恥ずかしいわね。でもその通りよ。だから同じようにワタクシたちも魔族の人気者に新聞を宣伝してもらえばいいのですわ!」


「この学園で魔族の人気者と言えば黒曜のヴァンパイアや紫晶のゴブリンあたりでしょうか?」

「同盟側の超有名どころッスよね。でも黒曜のヴァンパイアにアポを取るのは至難ッス。紫晶のゴブリンもがめつくて、いくら吹っ掛けられるかわかったもんじゃないッスよ」

「じゃあさ、他に今この学園で魔族の人気者っていったら──」


 パメラが左の方向にオンモラキの骨を向ける。

 骨の先には、三つ隣のテーブルを丸ごと独り占めにする女生徒の姿。

 純白の制服を纏い、燃え盛る炎のような赤い長髪をしている。


「──アニマクロスだよね?」


 アイドルユニットアニマクロスの片割れ、金剛のドラゴニュートがそこにいた。


 ドラゴンが人間の形をとっているのがドラゴニュートだ。彼女の頭の両側には少し黒ずんだ二つの角、背中には蝙蝠のような赤い羽根、そして白いスカートからは蜥蜴みたいな立派な赤い尻尾が覗いている。


 その学園アイドルはパメラと同じくらいフライドオンモラキを山盛りにして、次から次へとワイルドにガツガツと平らげていた。


「アニマクロスには熱狂的なファンが多い、間違いなくインフルエンサーッスね」

「アニマクロスは我々もちょうど次回の記事で取り上げようとしていましたね」

「新聞記事でコラボして、本人から『今回のフリーデンハイム学園新聞はアタシたちの記事よッ! 応援よろしくぅ!』とでも煽って貰えばファンはイチコロですわ」

「なんで今声真似したの?」

「という訳でリオ、出番よ。アポを取ってきなさい!」

「ええッ? 今からッスか? まだ勝算が無いッスよ!」

「そんなのいつまで経っても有りはしませんわ。むしろ相方も仕掛け人もいない今が好機じゃない。それであの子を攻略するなら──ごにょごにょ──」


 金剛のドラゴニュートの性格を知るワタクシは、渋るリオに攻略法を耳打ちする。


「──はえー。なるほど、方針はわかったッス。でもそんなに上手くいきますかね?」

「ええ、エロゲならあの手のキャラはこのパターンで間違いなく落とせますわ!」

「その一言でめちゃくちゃ不安が強まったッス!」


 魔族に絶大な影響力を持つあのアイドルを口説き落とせれば、新聞の流行は約束されたも同然だ。エロゲの普及のためにもこのチャンスは逃せない。


 アニマクロスの攻略はまさに、どんな手を使ってでも乗り越えるべき大一番。


 その成否はリオの双肩に委ねられた。

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