第22話 異世界恋バナお嬢様部
「な、何とかなりましたわね」
ワタクシは一息ついて紅茶を啜りながら呟く。
ワタクシたちはゆうに大人三人分の大きさはある活版印刷機を、魔法を駆使して蒼玉寮の三階から部室に運び込んだ。
「リオの部屋から出すのが一番大変だったね。ジゼルが力持ちで助かったよ」
テーブルを挟んでパメラがクッキーを齧りながら同意する。
活版印刷機はいつも会議で使っているリビングの隣の部屋に安置された。
今隣室ではリオが新聞のレイアウトに合わせて活字版を並べて、ジゼルがプレス機を掛けている。
活版印刷は人魔大戦中に発明されたと聞いてはいたが、まさか前世でいうグーテンベルク式の初期型とは。リオは旧式のおさがりと言っていたが、せめてタイプライターくらいには小型化して欲しいところだ。
ドワーフの蒸気機関といい技術の進歩が待ち遠しい。
カップを受け皿にコトリと置くと、不意にパメラの絵が目に入る。
エルフの魔法使いは相変わらずカッコよく魔法を放っている。
何度見ても恐ろしいクオリティだ。
「それにしてもパメラ、よくこれを一夜で仕上げましたわね」
「うん。いくらでも褒めてくれていいよ」
「そりゃいくらでも褒めてさしあげますわ。でも貴女ちゃんと寝てますの?」
「あっ。そっかまだリオにしか言ってなかったね」
不意に存在を明かされるリオしか知らないパメラの秘密。胸がチクリと痛む。
ホントにこの五年で遠くなってしまいましたわね。
まあワタクシが悪いのだけれど……。
「私、寝なくていいんだ」
「え? ちっちゃい頃は寝てましたわよね?」
「うん。よくツェツィの家で一緒に寝たよね。でも大きくなってからはだんだん寝れなくなってきてさ。今じゃもうサッパリ。あ、体調は大丈夫だから心配しないで」
パメラは山羊みたいに立派な頭の角をさすりながら衝撃の事実を答えた。
「寝なくていいって、ホントに一睡もしませんの?」
そうだとしたらなんと羨ましい。
睡眠なしで本調子が続くのなら一日の時間は常人の一・五倍だ。
ネタ出し、下書き、清書、推敲、打ち合わせ。
時間なんていくらあっても足りない。
寝なくていい絵師とは、なんて酷使しがいのある──もといなんて心強い味方だろうか。
「うん。一睡も。多分ママの遺伝だと思う。ママも全然寝ないから」
「ああ、アルマおばさまの血なのね。納得ですわ」
四天王の一人、アルマ=ペトルスクロイツは最上位の夢魔として知られている。
夢魔とは人の夢枕に現れ、性交などで精気を吸い取る類の魔族、現代日本風に言えばサキュバスというやつだ。
やはりエロゲ作りのパートナーとしてパメラ程の逸材はいない。
「おじさまが人間なのよね?」
「うん。だから私は半夢魔だね」
今や“裏切りの”ペトルスクロイツとして有名なパメラの母は、四天王の立場にありながら人間の聖職者と恋に落ち、父である大魔王を裏切ったと言われている。
魔族と人間の交わり。それは甘美な禁断の果実。
以前のワタクシなら美しいラブロマンスとだけ思ったかもしれない。
だが、今となっては聞かなくてはならないことが山程ある。
「じゃあパメラはおばさまのお腹から生まれましたの?」
「え? そうだと思うけど」
「夢魔のセッ──愛の営みってどういう風にするのかしら?」
「え? え?」
ワタクシの質問にパメラは虚を突かれた様子でクッキーを貪る手が止まる。
「仮にもおじさまは聖職者だから、多分おばさまから誘ったのよね? 断り切れなくなっておじさまが折れたか、はたまた逆レか……。それで前戯があって、普通にベッドで物理的に交わるのかしら? それともこう夢魔特有の何か、例えば夢とか魔力とかを介して──」
「ちょ、ちょっと! ツェツィ、ストップ!」
パメラはとうとう顔を真っ赤にしてワタクシの追求を遮った。
「どうしましたの?」
「どうしましたのじゃないよ! 何で私いきなりこんなエグいこと聞かれてるの?」
「恋バナってやつですわ」
「親のじゃん! 普通友達とかでする話でしょ! 馴れ初めとかから始めるヤツ!」
「おじさまとおばさまの馴れ初めなら教えてくれますの?」
「それも嫌だよ! 何を好き好んで親の生々しい話しなくちゃいけないんだよ!」
「あら、夢魔の娘なのに初心ですのね」
「初心で悪かったね!」
パメラは茹蛸のようになって目をグルグルさせてヒートアップする。
二人きりだし半夢魔なんだからエッチな話もいけるかと思ったがダメだったか。
「それでなんでこんな話になったのさ?」
「これも
「エロゲの?」
「ええ、エロゲとは真実の愛の物語。エロゲを作るにあたってセッ──愛の営みは決して避けて通れない問題。むしろどうやってそこに至るかが全てと言えますわね」
ワタクシ自身の好みは本番に至る過程重視という感はあるけれど、本番こそが最も重要な抜きゲーも数多存在するわけで、エロゲを愛の営み抜きで語ることは絶対にできない。
「それでこの世界には人間以外にも数えきれない種族がいますわね。エルフとかはまあわかるけど、ハーピーやリザードマンは卵生だし、エンジェルやエレメンタルに至っては生殖自体をしないじゃない。さっきパメラに聞いたような人間を想定した愛の営みの話で、他の種族が盛り上がれるのかどうかは全くの未知ですわ。つまり、この世界で流行る愛の物語を紡ぐには、各種族の生殖方法や性癖を熟知しておく必要があるのですわ!」
ワタクシの力説をパメラは両手で目を覆いながら恥ずかしそうに聞いている。
「それで魔族のソレを知りたくて、私に夢魔の、その、アレのことを聞いたんだね?」
「その通り! さあ、おじさまとおばさまはどうやってパメラを生みましたの?」
「え、えぇ~~~」
「お待たせッス!」
ワタクシがパメラを問い詰めた瞬間、印刷室の扉が開き原稿片手にリオが現れた。
「あ、リオ! 助かった~!」
チッ。
パメラがリオに抱き着き、ワタクシはチャンスを逃したと悟り舌打ちをする。
「え? どういう状況ッスかこれ?」
「なんでもありませんわ。おつかれさま、リオ、ジゼル」
「? まあいっか。はい、こちら出来上がった原稿ッス」
リオがパメラを引きずりながら卓上に原稿を置く。
大きな紙一枚、両面印刷で二つ折りの活字原稿だ。
一面には大きなスペースと『第四回校内魔術対抗戦来る! ゲスト講師、エルフの魔法使いの全て!』の見出しが躍り、見開きの二面三面はエルフの魔法使い特集、裏の四面は例年の魔術対抗戦の概要と、匿名の天使のインタビュー記事になっている。
「いい出来じゃない、フォントの大きさ調整、さぞ苦労したでしょうね」
「ツェツィさん、わかってくれます? 丁度いい母型が在るかヒヤヒヤだったッス」
「ふーん。それじゃこの原稿のスペースに私の絵を貼って完成だね」
思わず涙ぐむメカオタク二人の共感を無慈悲に両断し、パメラが空いているスペースに絵をペタペタと貼りつける。
一面の大きなスペースにエルフの魔法使いのアニメを、二面三面には世界樹の大杖などの装備品とエルネスト家の家系図を、四面には目線の入った匿名の天使の肖像が貼られた。
「「「できた!」」」
「おめでとうございます」
これで、フリーデンハイム学園新聞第一号原稿の完成だ。三人が同時に歓声を上げ、インクで汚れたエプロンを着たジゼルが新聞の完成を祝福した。
「じゃあ早速これを魔導輪転機にかけるッス。あとは部数ッスね」
「一学年三百人弱ですから三学年で九百人、教師陣や予備も考慮しますと──」
「千部ね! 記念すべき第一号の発行部数はキリ良く千部としますわ!」
この新聞がワタクシのエロゲの第一歩。そして勇者としての世界平和の第一歩。
その喜びを胸に秘めながらワタクシは高らかに宣言した。
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