第21話 犬の命は国宝級?

「ぬ、盗まれないようにしなくちゃね。保管はどうしたらいいんだろ。誰がする?」


 魔導輪転機の貴重さを再認識したパメラがワタワタしながら盗難を警戒する。


「そうですね。ここは誰かが持つのではなく、この部室に保管するのが上策かと」

「え? このボロ屋にッスか?」


 ジゼルが意外な答えを返しリオが隙間風吹き抜ける扉を見て当然の疑問を呈する。


「あっ。私たちの誰かじゃなくてラファエル先生にお願いするんだね」

「はい。先生にお任せするのがこの学園で最も安全な防犯対策かと」

「なるほど。それなら小屋自体の耐久性は大きな問題じゃないッスね」

「あの天使、ワタクシのお願いなら聞いてくれるらしいから何の問題も無いわね」


 小さな校医を思い浮かべ、満場一致で魔導輪転機の部室での保管を決定した。


「さて、話を戻してリンゴの話だけど、パメラの口の中のも消えたって言ったわね」

「うん。リンゴの芯が消えたのと同時にモグモグしてた分も消えちゃったんだ」


「そこがうまい話だけじゃ無いとこッスね。説明書によれば本体が消えると胃の中のも消えるそうッス。消化済みの成分は調べようが無いッスけど、多分同様だろうと」

「つまり食料をコ

ピーして兵站を支えるようなことはできないということですわね」

「ええ。消費や破損を前提とした用途の物品は、複製に向かないってことッスね」


 それを聞いたパメラが溜め息をついて残念そうな声を上げる。


「なーんだ。これでおばちゃんのフライドオンモラキ無限に食べれると思ったのに」

「お腹は満ちずとも、料理の味と触感は楽しめますよ」


「そうだけど食べ終わった後の満腹感も食事の醍醐味だよ。それにどんどんフライドオンモラキを食べていって、積みあがっていくオンモラキの骨を眺めることもできないじゃん。骨だけになった時点でフライドオンモラキじゃなくてオンモラキの骨として認識され──」


 何かに気づいたかのようにパメラの言葉がそこで止まった。

 そして自分の言葉を反芻する。


「──オンモラキの……骨?」

「どうしましたの?」

「いや、ちょっと思ったんだけどさ」


 ワタクシの問いかけにパメラは少しためらって、そして重苦しそうに口を開いた。



「これさ、生き物もコピーできるの?」



 その言葉で一瞬にして冷たい空気が部室を包む。

 紺色の正二十面体は何も変わることなく星空のようにキラキラと輝いている。


 そしてリオが沈黙を破り、一言。



「できるッス」


 

 ワタクシは思わず魔導輪転機を見つめる。

 先程は美しいとさえ思った紺水晶の煌めきが、どこか怪しさを帯びて見えた。


「ここにレポートがあるッス。最初にミミズをコピーして、問題なくコピーは成功。元のミミズが死ぬくらい分割するとコピーは消滅したと書いてあるッス」


 リオが分厚い説明書をめくりながら、生き物のコピー歴を語っていく。


「次にネズミをコピーしたッス。性別とか、体格とか、入れ墨とか、色んな個体を複数コピーしたみたいッスね。そのどれも成功。そっくりそのままコピーされ、なんと餌の嗜好も一緒だったみたいッス。──そして、コピー同士の生殖が成功したとも」

「そ、そこまで試しましたの?」


 どこか生命の禁忌を犯すような実験記録に驚くワタクシ。


「ええ。今もコピーの子孫がどこまで世代継続できるか実験してるみたいッスね」


 その話を聴いてどこの世界にも倫理を置き去りにした科学の探究者はいるのだと実感する。


 生理的嫌悪感が先に立つエピソードではあるが、エロゲのために技術の進歩を待ち望むワタクシは、進歩のためにデータを積み重ねる彼らを非難できないなとも思ってしまう。


「そして、ネズミの次は犬を。でもこれが生き物のコピーの最後になったッス」

「え? 犬の次は猿とかの流れになるところじゃありませんこと?」


「その予定はおそらくあったんでしょうが、物理的に不可能になったんス。犬一匹のコピーを終えた瞬間、魔導輪転機は粉々に砕け散ったッス。これが破損した一機の顛末ッスね」


「ミミズとハツカネズミはコピーできたのに? 犬と何が違うのかしら?」

「理由は色々考察されてますが詳細不明ッス。これ以降破損のリスクを重く見て、ドワーフの間ではあらゆる生物を対象とした魔導輪転機の使用は禁止されたッス」


 リオが語り終わり、静寂が部室を包む。


「ごめんね。私が変なこと思いついちゃったせいで空気が……」

「いえ、パメラ様が気づかなくともいつかは出た話題かと」

「ええ。ワタクシたちの活動で生き物をコピーする心配はいらないのだからもう忘れましょう。さあ、気を取り直して新聞を完成させるわよ!」


 ワタクシは暗くなった空気を吹き飛ばすように本題に移る。


「残る作業は活字起こしだけッスよね? 寮に戻って活版印刷機で刷ってくるッス」

「いえ、お待ちください」


 リオが記事をまとめて鞄に入れようとするのを遮り、ジゼルが口を開いた。


「魔導輪転機を部室で保管するなら活版印刷機も部室に置いてはいかがでしょう?」


「いいわね。今後の制作環境を考えるに効率的だわ。部室で全てが完結するもの」

「でもデカいッスよ? 寮にはワービーストのオッサン三人がかりで搬入したッス」

「大丈夫、この四人なら魔法で何とかなるって」


「じゃあ善は急げね。早速運びましょう。魔導輪転機はリオが持っておいて頂戴」

「合点承知ッス!」


 リオが魔導輪転機を自分の鞄にそっと納める。

 パメラは齧りかけのオリジナルのリンゴを自分の腹に納める。

 そして、ワタクシたち四人は蒼玉寮のリオの私室を目指した。

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