第20話 今日のおやつは国宝級

「ごきげんようみなさん!」


 連合歴二〇八年六月十五日。

 ワタクシは今日も胸を高鳴らせながらあばら屋のドアを開く。


「あ、ツェツィ、おつかれ」

「お先に失礼しております、ツェツィ様」


 部室の中には既にパメラとジゼルがいた。

 二人の手元のカップには赤褐色の液体、卓上の大皿には白と黒の焼き菓子が並び、バスケットの中に色取り取りの果実が盛られている。

 今日のおやつは紅茶とクッキーとフルーツだ。

 ジゼルはリンゴをナイフで剥いている。

 そしてパメラは皿からではなく、専用のクッキー袋の中身を貪っている。


「リオは魔導輪転機を持ってくるからちょっと遅れるって」


 リオの不在の理由をパメラが述べ、ワタクシはその向かいの席に座る。

 ジゼルが即座に紅茶をカップに注ぎ、ワタクシに差し出した。

 それを受け取り今日の活動内容を切り出す。


「そう。じゃあリオを待つ間に記事をまとめましょう。ワタクシは、はい、コレ」

 

 ワタクシは自分の鞄の中からエルフの魔法使い特集をまとめたものを取り出す。


「オッケー。私の方も、はい、コレ」


 パメラが鞄から紙を取り出す。紙の上には総天然色のエルフの魔法使いがいた。

 肖像画の完成版だ。


 ご丁寧に既に動画魔法も掛けてある。

 エルフの魔法使いが指を一回弾くと火柱が上がる。

 火柱が消えもう一回弾くと樹が生える。

 樹が枯れてもう一回弾くと虚空の裂け目から三つ首の犬が現れる。

 犬が跳んで虚空の裂け目に消え、もう一回指を弾くとまた火柱が上がる。

 その後はリピートのようだ。


 一人で動画を描こうと思ったら軽く一週間はかかりそうなフルカラーアニメーションが目の前に出来上がっていた。

 これをパメラは一夜で描き上げてきたのだ。


「流石パメラね。舐めてたわ。まさかもうアニメが実現できるなんて……」


 舐めていた。そう、この世界の技術レベルを。

 

 前世と比べてたしかに科学技術は四、五百年遅れている。

 だが、魔法の力を使えばエロゲの再現は可能だとワタクシは確信した。


「アニメ?」


 げっ。しまった。

 ワタクシ感動のあまりまた失言を。


「アニメについては新聞が軌道に乗ったら嫌になるほど教えてあげますわ」


 ワタクシは流れるようにパメラの質問を先送りにし、新聞原稿に話題を変える。


「後は対抗戦の記事ね。ジゼル、ラファエル先生は捕まったかしら」

「はい。ただラファエル先生はあまり今年の内容をご存知無いようでした」


「あら、役に立たないわね、あのぐうたら天使」

「天使なんていつも所詮下請けだからね、元々そんなに期待してなかったでしょ」


 ワタクシとパメラはいつものノリで流れるようにラファエル先生をディスる。


「それで聞き出せた内容のまとめがこちらになります」


 今度はジゼルが鞄から紙を出す。

 活字かと見紛うジゼル直筆の文字が整然と並んでいる。


「対抗戦の競技はアルハンブラ先生とゲスト講師が考えること、ラファエル先生の護符はサリサ先生に頼まれて一年生全員分を作っていること、重要なのはこの二点になりますね」

「あの女の考える競技なんて碌でもない内容に決まってますわね」

「護符も何に使うんだかわかったもんじゃないね」


 エルフの魔法使いの牛耳る校内魔術対抗戦を想像して三人の背筋が凍る。


「ラファエル先生も疲労困憊して天使使いが荒いとぼやいてらっしゃいました」

「え? あのラファエル先生が?」

「一クラス四十人前後で七クラスだからざっと三百個くらいですわね。護符の効果の強さにもよるとしても、五日で三百個も作るとなると、流石にしんどいのかしら」


「お待たせッス!」


 人でなしのエルフの依頼に忙殺されるラファエル先生の身を案じていると、勢いよくボロ屋のドアが開いた。

 いつもの学生鞄を抱えたリオが嬉しそうな顔をして飛び込んでくる。


「ああリオ、ごきげんよう。待ってる間に記事をまとめていたところですわ。これがエルフの魔法使い特集と校内魔術対抗戦の記事。そしてこっちがパメラの挿絵ですわ」

「うわ、凄いクオリティッスね。色と動きが付くとめちゃくちゃ人目を引けそうッス」

「むふー」


 リオがパメラの描いたアニメに目を見張り、パメラが自慢げな顔をする。


「じゃあウチが記事を活字に起こして、そこにパメラさんの絵を貼れば完成ッスね」

「ええ、あとは複製して頒布するわけだけど……。魔導輪転機はどこですの?」


 制服姿のリオは、いつもの帽子と眼鏡と学生鞄しか身に着けていない。


 そう、用意すると言っていた魔導輪転機がどこにも見当たらないのだ。


「そう言ってくれると思ってたッスよ。ではご覧あれ! これが魔導輪転機ッス!」


 そう叫び、リオは小脇に抱えた学生鞄を開いて中から何かを取り出した。

 それを純白のテーブルクロスの敷かれた卓上に置く。


 人の頭くらいの大きさの紺色の水晶だ。


 美しく正二十面体にカッティングされたそれは、金色に鈍く光る台座の上で、夜空に星を散りばめたようにキラキラと輝いている。


「これが魔導輪転機? 思ってたより小さいのね」

「もっとメカメカしい何かかと思ってたよね」

「むしろオシャレなお部屋のインテリアとして最適に見えますね」


 ワタクシたちは口々に魔導輪転機の感想を述べる。


「うーん、侮ってくれますねえ。それじゃあ試運転をば」


 リオはそう言いながらパメラの絵を手に取る。

 正二十面体の紺水晶は特殊な鈍い金色の台座に載せられており、“入力”と書かれた矢印とその反対に“出力”と書かれた矢印が刻印されている。

 リオはパメラの絵を“入力”の側に置いた。


魔導器起動アクティベーション対象ターゲット『エルフの魔法使いの肖像』。数量クオンティティ。一枚」


 リオがそう唱えると紺水晶の中で輝く星々が一層瞬き、青い光がパメラの絵に向かって放たれた。その光は絵の描かれた紙を舐めまわすようにその表面を撫でる。

 すると、水晶を挟んで反対側にも同じ光が放たれ、テーブルクロスを撫でていく。

 十秒程の時間をかけて、“出力”の矢印の先にパメラの絵が描かれた紙がそっくりそのまま現れた。

 そのエルフの魔法使いも指を弾き、火柱や大樹やケルベロスを生み出している。


「凄い! 動画魔法ごとこんなに簡単に複製できちゃうんだ!」

「フフーン。まだまだ驚くのはコレからッス」

 感動するパメラを前にリオはしたり顔で卓上のリンゴを取り“入力”の先に置く。

魔導器起動アクティベーション対象ターゲット『リンゴ』。数量クオンティティ。四個」


 一個のリンゴが四個に複製された。

 リオが元と複製のリンゴを一個ずつパメラに渡す。


「パメラさん、食べ比べいかがッスか?」

「え? コピーも食べれるの? じゃあリンゴ食べ放題じゃん!」


 そう言いながらパメラは二つのリンゴを嬉々として受け取り、まずはオリジナルの方を皮ごと大きく一齧りする。

 シャリッと小気味よい音が鳴り、瑞瑞しい黄白色の断面が覗く。


「あ、これ良いリンゴだね。すんごく甘くておいしい」

「お気づき頂けましたか。リンダリン高原から取り寄せた上物です。普段召し上がられるリンゴの倍ほどの甘味をお楽しみいただけるかと」


 パメラがリンゴの味を褒め、ジゼルが少し得意げに蘊蓄を語る。

 パメラは咀嚼を終えると今度はコピーの方のリンゴを一齧りした。


「あっ。すごい。同じ味だ」

「でしょ? これ食べ物の味までコピーできるんスよ。はい、皆さんもどうぞッス」


 リオが残ったコピーのリンゴをジゼルとワタクシにも放る。

 受け取ったリンゴを小さく一齧りすると、口の中にほんの少しの皮の苦みと、尋常ではない果肉の甘みが広がった。


「ホントにおいしいわね。元のリンゴをそのままコピーできているのなら驚異だわ」

「はい。このクオリティの複製が量産されれば、対象のブランド破壊に繋がるかと」


 そう、リンゴ程度だからまだよいが、高度な武器や魔術の掛かった物品、希少金属、芸術作品などをこの速度で大量にコピーできるとなれば、魔導輪転機の存在は価値の崩壊を起こしかねない。


 また考え方を変えると、食料を無限にコピーできるのであれば兵站や食糧自給の概念が丸ごと覆ることになる。

 

 リオが国宝級というのも大いに頷ける。


「正にその通りッス。ただ、そううまい話だけじゃ無いんスよね」


 そう言いながらリオは自分のコピーリンゴを一齧りすると、その断面をワタクシたちに見せつける。

 

 コピーリンゴの断面には、黄白色の果肉は見当たらず、紺水晶と同じような星の散りばめられた夜空が広がっていた。

 

 そしてパメラに問いかける。


「パメラさん、そのコピーもっと食べれます?」

「もちろんっ! おいしくていくらでも食べれるよ!」


 パメラは夜空を覗かせるリンゴをさらに一齧り、二齧り。

 リンゴがどんどん星空になる。

 

 そして最後に一齧り。

 芯だけになったと思った瞬間、リンゴが星屑になって消え去った。


「あっ。口の中のリンゴも無くなってる」

「ある一定以上のダメージを受けると複製は消滅するということでしょうか?」


 コピーのリンゴの消滅を見届け、ワタクシたち口々に感想を述べる。


「魔導輪転機の複製物は、宣言した対象と認識できなくなると消滅するらしいッス」

「リンゴじゃなくてリンゴの芯って認識になったから消えたってことかしら?」

「リンゴは食べ物だから、食べれなくなったから消えたんじゃない?」

「誰がリンゴを認識しているかということも関わってくるのでしょうか?」


「その辺りの詳しい境界はまだ調査中みたいッス。よいしょっと」


 ワタクシたちがコピーの消滅について考察する中、リオが鞄からとんでもなく分厚い書物を取り出す。皮でしっかりと装丁された本から付箋が何個もはみ出している。


「これがウチの親父が送ってきた魔導輪転機の説明書ッス。ドワーフのオッサンたちのレポートのコピーッスね。魔導輪転機の使い方と今解ってる全てが載ってるッス」


 そしてリオは本に挟まった一通の手紙を取り出してワタクシに投げて寄越した。


「それと親父からの衝撃の一言が添えてあったッス」


 ワタクシはその開封済みの手紙を受け取り、その短い文面を読み上げる。


「『賊に一機盗まれた。ウチの保有はこれともう一機だけだ。上手く使え』」


「えっ。エルネスト商会の魔導輪転機も盗まれたんだ……」

「これで七機見つかった魔導輪転機の内、盗難三機、破損一機ッス。残りはエルネスト商会保有が一機、ドワーフの都に一機、そしてウチらのこの一機だけッス」


 クッキーとフルーツの間に何気なく置いてある国宝級のソレを見て、固唾を飲む。


 つまり、世界にあと三つしかない魔導輪転機をワタクシたちは手に入れてしまったのだった。

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