第18話 脳回撹拌 後編

「さて、良い案がいくつか出たしそろそろ学内の話題に移りましょう。誰かある?」


 ワタクシが問いかけるとすぐにジゼルの手が挙がった。


「この時期の話題といえば何をおいても一年次の校内魔術対抗戦ではないかと」

「ああ、それは間違いないわね。たしかもう来週よね」


 そう、学園では毎年六月に新入生の力試しに校内魔術対抗戦なる催しが開かれる。

 ワタクシも初参加で詳細はわからない。

 まあ前世で言うと体育祭みたいなものだろうか。


「今回は満を持してエルフの魔法使いがゲストッスからね。話題性はバッチリッス」


 校内魔術対抗戦では毎年世界の大物魔術師がゲスト講師として呼ばれるのが通例なのだとか。

 去年は東の大魔導師で、一昨年はお爺様の側近の宮廷魔術師だったらしい。

 そして今年のゲストは世界最高の魔法使いである、あのエルフの魔法使いだ。


 だが今大会の注目度が高い理由はそれだけにとどまらない。


「それに今年の一年は大物揃いよね。ワタクシが言うのもなんだけど」

「はい。ツェツィ様やパメラ様は言うに及ばず。金剛のドラゴニュート、黒曜のヴァンパイア、紫晶のゴブリンなどなど、実力も権力も世界最高級の方々が揃っておいでです」


 紅玉、蒼玉、翠玉、黄玉、紫晶、金剛、黒曜。

 フリーデンハイム学園を構成する七つのクラスの代表者たちが次々と挙がる。


「見てる分には楽しそうッスけど、参加するウチらはめちゃめちゃしんどそうッス」


 それを聞いたリオは、彼らと覇を競うことになる当日を想像して弱音を吐いた。


「いえ、そうおっしゃいますリオ様も負けず劣らずかと」


 その様子を見たジゼルが即座にリオを持ち上げる。


「いやいや買い被りっすよジゼルさん。ウチはただのしがない商人ッス」

「あら、リオ。ジゼルに褒められるって相当よ?」


 リオは否定したがジゼルの審美眼は絶対だ。

 ジゼルが良くないモノを褒めることは決してない。


 そう、例えそれがワタクシへお世辞を言うべき場面であっても。


「うん、リオは頭が回りすぎて自己評価低めなのが玉に瑕だよね」


 そしてパメラがリオに褒め殺しの追い打ちをかける。


「ちょ、ちょ! 褒められ慣れてないんでそういうのはホントやめて欲しいッス!」

「ウフフッ。それなら今度からもっといっぱい褒めてさしあげますわ」

「リオ、ツェツィに弱点を教えるのは愚の骨頂だよ」


 リオの顔から火が出たのを見てワタクシはリオの弱みを心のメモ帳に書き留めた。

 ワタクシの悪辣さをよく知るパメラがそばで笑っている。


「ああもう! 次! 次行くッス!」

「はい、では学内の一つ目の話題は校内魔術対抗戦ということで」


 尖った耳の先まで顔を真っ赤にして逃げるようにリオが話題を変える。


「ふぅ。そんでウチの中で今激アツなのは何と言ってもアニマクロスッスね」

「「「アニマクロス?」」」


 一息ついたリオが謎の単語を取り上げ、一同が首を傾げる。


「おや、皆さんご存じ無いッスか? さっき出てきた金剛のドラゴニュートと、同じく金剛のエンジェルがメインを張ってる歌唱ユニットッス。カワイイし歌も踊りも演出も超一流で、活動開始して二ヶ月足らずッスが既に学園中でカルト的人気を博してるッス」


 なるほど、平たく言えば学園アイドルね。


「あ、それならちょっと知ってる。なんか学園のいたるところで爆発とともに急に歌い始めるんだよね。この前は朝の礼拝の時間にもやったって聞いたよ」


「それは最早テロリストではなくて?」


「本人たちはアイドルって自称してるらしいッスよ」

「え? アイドル? リオはアイドルを知ってますの?」


 この世界の住人の口からアイドルという概念が出たことに驚き聞き返してしまう。


「いや、初めて聞いた言葉ッス」


 そして返ってくる当然の反応。

 やはりアイドルという概念が浸透しているわけではないようだ。


 この世界にも演劇や歌謡はあるから、大物役者や有名歌手といったスターはいる。

 だがアイドルとなると話は別だ。

 アイドルはある種のコンセプトを軸として役者を揃え、グループ単位で夢を売る職業だ。この文化レベルの世界で自然発生するものとは思えない。


「アニマクロスはその二人が立ち上げたユニットなのかしら?」

「公称はそうッスがウチは仕掛け人がいるんじゃないかと睨んでるッス」


 そう、つまり、アイドルを知っている仕掛け人がいる。


 そして、アイドルを知っているということはもしかすると、ソイツがワタクシの前世とも繋がりのある可能性だって……。


「ツェツィさんやけにアイドルの話に喰いつくッスね?」


 げっ。しまった。

 これも内なるオッサンに行き着く話題だったか。

 返答に詰まるワタクシ。


「もしかしてこういうカワイイのも好きッスか?」

「え、ええ。そう、そうなのよ! カワイイヤッター!」


 よかった。怪しまれてはいない。

 アイドル好きは間違いないのでここは乗っかっておけばセーフ。


 しかし、これで完全にメカ好きでドルオタの勇者の娘が完成してしまった。

 だがまだ身内の秘密なのでどうとでもなろう。

 この先気をつければセーフ、セーフですわ。


「そうッスよね! アイドルはビジネスチャンスの臭いがプンプンするッス。流行り切る前にアタックをかけて人気の片棒を担ぐのもアリッスよ。部長、一緒に交渉どうッスか?」

「はい! この話はまた今度! 次! 次行くわよ! はい、パメラ!」


 これ以上墓穴を掘る前にアイドルから離れようとパメラに話題を振るワタクシ。

 ジゼルは空気を読み無言で記録紙にアニマクロスと書き込んでくれた。


「私? うーん、派手な話って言ったらアレだよね。黄玉のホムンクルス停学の話」

「ああ、第四部室塔爆破事件ッスね」


「この学園はテロリストの巣窟ですの?」


「黄玉のホムンクルスは凄腕の錬金術師なんスがちょくちょく実験で爆発を起こすんスよね。それでこの前は第四部室塔が吹き飛んだッス。幸い爆発に巻き込まれたのは本人と紫晶のレイスだけで無事だったんスが、崩れた瓦礫で怪我人が出たせいで停学になったッス」


 なるほどテンプレ実験大好きっ子がいるのね。

 エロゲの技術担当としてそのうちドワーフあたりを捕まえようと思っていたけど、錬金術師もアリかもしれませんわね。


 でも──。


「でも錬金術にはワタクシも興味があるけど、怪我人が出るのは良くないわね」

「ホントホント、調子に乗ってもいいけど他人を巻き込むのはダメだよね」

「一昨日修練場を破壊したアンタらも人のこと言えないッスよね?」

「「うぐっ」」


 他人事だと口を滑らせたワタクシとパメラは、リオに正論をぶち込まれて沈んだ。


「さ、さて、だいぶ案も出たしそろそろまとめに入りませんこと? ジゼル?」


 気まずさから逃れようとブレインストーミングの終了を提案しジゼルを見る。


「はい、ではこちらをご覧ください」


 壁の大きな白紙には議題が、活字かと錯覚するほど整った字で記録されていた。


 エルフの魔法使い発見、蒸気機関の機械巨人、魔導輪転機盗難事件、四天王復活の噂、ワービーストの武闘家引退、校内魔術対抗戦、アニマクロス、第四部室塔爆破事件。


「さて我がフリーデンハイム学園新聞第一号に相応しい記事はどれかしら?」


「自分で出しといてなんだけど、第四部室塔爆破事件は無いよね。やっぱり第一号に誰かが傷ついた話題は良くないと思う」

「魔導輪転機と蒸気機関の話題はメカ好きのウチらには激アツッスけど、他の生徒の興味を引くかと言われると弱そうッスよね」

「そうなるとグドルフ様引退もマニアックな話題かもしれませんね」


 ジゼルが意見に合わせて、消極的となった案を一つ一つ斜線で消していく。


「残ったのはエルフの魔法使いの発見、四天王復活の噂、校内魔術対抗戦、アニマクロスね」


「四天王復活はインパクトがあるしパメラさんのお母さんのお陰で陰謀論記事としては有力ッスよね。でも割とネガティブな話題なんで第一号に相応しいかは微妙ッス」

「たしかに第一号がこれだと二号以降の記事に胡散臭さが漂いかねませんわね」


 瞬間的な話題性は認めつつも、長期的な視点のイメージ戦略としては上策と言い難いという点でワタクシとリオの意見は一致した。

 ジゼルが四天王復活の噂にも斜線を引く。


「逆にアニマクロスは話題性バッチリで明るくポジティブな話だね」

「ですが記事にするには当人たちへの取材と許可が必要になりますね。金剛のエンジェルはいざ知らず、あのドラゴニュートに協力を取り付けるのはいささか困難が伴うかと」


 たしかにパメラの言う通りアニマクロスは話題としては非の打ち所がない。

 しかし、ジゼルが言うことも尤もだとワタクシは金剛のドラゴニュートを思い浮かべながら同意する。


「たしかにあの子とは相性が悪いわね。取材するならワタクシ以外の誰かがいいわ」

「ジゼルもツェツィ様の腰巾着として認識されているでしょうから厳しいかと。大物魔族同士ということでパメラ様はいかがでしょう?」


「えぇッ! 無理無理ッ! 知らない有名人に声かけるとか絶対ヤダッ!」

「その陰キャ根性どうにかなりませんこと?」


「ならアニマクロスのインタビュアーは自動的にウチッスね。合点承知ッス!」


 話の流れからリオがインタビュアーを買って出る。

 これでアニマクロス担当は決まりだ。


「ではアニマクロスは記事の有力候補ということで」


 ジゼルがアイドルアニマクロスの文字に下線を引いた。


「さて、残る話題はエルフの魔法使い発見と校内魔術対抗戦だけれど……」


「やっぱり今一番ホットなのは校内魔術対抗戦の話題だよね」

「ネガティブさも一切ないし何より新聞としてのタイムリーさもあるッス」

「取材もラファエル先生から聞き出せばよいので比較的容易いかと」


 ワタクシが話題を振ると校内魔術対抗戦に対して好意的な意見が返ってくる。


「やはり来週の校内魔術対抗戦が最善という結論に返って来ますわね。リオは慧眼だわ」

「油断した頃にサラッと褒めてくるッスね……」

「あ、照れてる照れてる」


 自然に漏れたワタクシの褒め言葉にまたリオが赤くなり、パメラがそれを茶化す。


 長々と議論したが、結局リオの草案の方向性を少し変えたものが最も優れているようだ。


「対抗戦と絡めてゲスト講師のエルフの魔法使い特集を組むのはどうかしら?」

「賛成ッス。連合側でも同盟側でも勇者一行が気にならないヤツはいないッスからね」

「うん、いいと思う。先生に関してはここにいる全員が知り合いだもんね」

「はい、取材が至難なお方ですが、取材せずとも皆が知らぬ情報を記事にできるかと」


 エルフの魔法使いの記事についても好意的な意見が寄せられた。


「決まりね。記念すべき第一号は校内魔術対抗戦及びエルフの魔法使い特集とするわ!」


 ジゼルがエルフの魔法使い発見と校内魔術対抗戦に丸をつけ皆が拍手で賛同する。



 ここからワタクシたちの新聞作りが、ワタクシのエロゲ作りが始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る