第17話 脳回撹拌 前編

「まずは世界の話題からいきましょうか。今のワタクシの関心はなんと言ってもドワーフの科学ですわ。ドワーフの都で蒸気機関の機械巨人を動かすのに成功したそうじゃないの」

「あ、一発目がその話題ってもしかしてツェツィさんもメカ好きな人ッスか?」


 ワタクシの振った話題に開口一番リオが喰いついた。


「ええ、大好きよ!」

「おお……同性でメカ好きを公言してくれた人は初めてッス。うぅ……涙が」


 ワタクシの一切の躊躇いのない返事を聞いて、リオが予想外の涙を流す。


 そ、そんなに意外なコトだったかしら? 

 思わず心の中でたじろぐワタクシ。


「え? ツェツィ、そんなにメカ好きだったっけ?」

「あっ。え、ええ。実はそうだったのよ……」


 そうか。言われて気が付いた。


 確かに頭を打つ前のワタクシはメカにこれっぽっちも興味はなかった。

 メカ好きは全てオッサンの趣味なのだ。


 自分の中のオッサンの存在に気が付いて、同性としての趣味が合ったと感涙しているリオに何か申し訳ない気持ちが溢れる。


「そう、同性……よね。なんかごめんなさいね」

「何に謝ってるの?」

「ま、まあいいじゃない、そんなことは。それより蒸気機関ですわ。ドワーフの都では城門も蒸気機関で開けるし、エレベーターや鉄道もあるそうじゃないの!」


 パメラの追求をなんとかはぐらかす。

 三分の二がオッサンだなんて悟られてなるものですか!


「まだドワーフの都の中くらいでしか流行ってないみたいだけど、これから蒸気機関はこの世界の生活を一新していくわよ。スチームパンクの予感にワクワクが止まりませんわ!」

「スチームパンク?」


 ああああああああああ! バカバカ! ワタクシのバカ!


 オッサンを隠し通す決意したのも束の間、迂闊にもすぐさま失態を演じる。


 スチームパンクとは蒸気機関によって時代にそぐわないオーバーテクノロジーが実現されているSFの一大ジャンルだ。

 もちろんこの世界のみんなが知っているハズが無い。


 でもしょうがないじゃない! 

 蒸気機関のオーパーツなんてロマンの塊なのだから!


「それでは一つ目の世界の話題は蒸気機関の機械巨人、と」

「ドワーフの話題が出たついでなんスけど、ドワーフの都の魔導輪転機が一台盗まれたらしいんスよね。同じく人間に保管されてた王都の一台も盗まれたみたいッス」


 ワタクシが悶えている間にジゼルが話をまとめ、そのお陰でうまく流れが変わり、今度はリオが話題を提示する。

 流石はワタクシのジゼル、やはり持つべきは有能な従者ね。


「魔導輪転機は国宝級なんでしょ? そんなホイホイ盗まれるのおかしくない?」


 昨日の食堂でのリオとの会話を思い出しパメラが疑問を口にした。


「はい、明らかに異常事態ッス。犯人も捕まってなくて同一犯なのかも不明ッスね。自作自演の可能性も有力ッス。とにかく大いなる陰謀の香りがするッス」

「怪盗万面相とかじゃない?」


 リオが陰謀論を主張すると、パメラは容疑者として王都の大怪盗の名を挙げた。


「王都の詳しい刑事は犯行予告が無いから絶対に違うと断言してるみたいッスよ」

「なんで怪盗をそんなに信頼してるのよ、その刑事は……」

「では二つ目は魔導輪転機盗難事件、と」


 ワタクシの真っ当なハズの疑問に答える者は無く、ジゼルがまとめ、話題が移る。


「陰謀論ついでだけどさ、元魔族同盟の軍事演習が目立ってきてるのが気になるな」


 魔族同盟側の軍事事情に異常に詳しい引きこもりのパメラが不穏な噂を漏らした。


「誰が煽ってるのか知らないけど、オークとかディープワンとか一部の魔族がまた反連合を掲げ直してるね。このまま平和条約破棄まで行くんじゃないかって心配する人もいるみたい」


「流石にどんなおバカな魔族でも条約破棄はあり得ませんわ。散り散りの軍を再編しても数は良くてトントン。大魔王が滅びて、七鬼将は半壊、四天王も最後の一人。対して連合の勇者一行は七人全員存命。起きてる祖神もこっちが多いし、戦力差が大きすぎますわ」


「だよね。あと四天王のバルサザールが復活したとか騒いでる人もいるね」


「バルサザールってルフの魔法使いにコテンパンにされたっていうあのバルサザールッスか?」 

「うん。そのバルサザール。アンデッドの大群を見たって報告がちらほらあるって」


「復活した四天王バルサザールが魔族を煽動して同盟の再編を目論んでいると?」

「もしくは行方知れずの最後の一人ッスね。今の同盟で頭張れるようなカリスマは限られるッス」

「あり得るとしたらそっちでしょうね。あのエルフの魔法使いに敗れて復活できるハズがないもの。うん、完全に眉唾な話だけど、不安を煽りまくる記事も大概大衆ウケしますわよね」


 ワタクシは前世のミステリマガジンや心霊バラエティを思い出し期待を口にした。


「ママも昨日念話で『なんか最近懐かしい大嫌いな感じがする』とか最高に意味深なこと言ってたから、その言葉も載せたら大ウケしないかな」

「パメラさんのママってガチの四天王ッスよね? 情報ソースとして強すぎ、大アリッス」

「むふー」


 商人気質のリオも売れ筋の予感に太鼓判を押し、パメラが親の七光りで胸を張る。

 こんな時だけ大魔王の孫で四天王の娘というバックボーンのなんと強いことか。


「では三つめは四天王復活の噂、と。これは太字にしておきますね」


 ジゼルもみんなの期待を感じ取ってタイトルを強調して記録した。


「ジゼルは何か無いかしら?」


 先程は切って捨てられたがもう一度書記に徹するジゼルに話題を振ってみる。


「なら個人的な興味で申し訳ないのですが、グドルフ様の引退が衝撃的でした」


 ブレインストーミング形式のお陰か、控えめなジゼルも遂に意見を出してくれた。


「ああ、ワービーストの武闘家ね」


 勇者一行の一人、ワービーストの武闘家グドルフ。一対一なら世界最強と言われる男だ。


 勇者一行の七人──人間の勇者、エルフの魔法使い、ドワーフの戦士、リザードマンの盗賊、ワービーストの武闘家、フェアリーの予言者、エンジェルの司祭。


 彼らは大魔王を打倒した後、連合に配慮してパーティーを解散し、それぞれの故郷へ戻って行った。

 だがグドルフだけは故郷に戻らず商都の最強闘技者として名を馳せている。


「まあコロシアムで永久覇者の名を欲しいままにしてたッスからね、引退は不思議じゃないッス。むしろ今の今まで殿堂入りさせず最後まで現役を貫かせてたコロシアム運営の判断を疑うッス」

「結局十五年間無敗だったわね。でもリオ、メカのロマンは解るのに辛口じゃない」


 意外にもタイマン最強のロマンは解さないリオにワタクシは疑問を投げかけた。


「賭け試合はスポンサーの宣伝ッスからね。常勝じゃ賭けにならないし、でも負けでもしたら不敗神話に傷がつく。リスクしかない選手をよく今まで出場させてたと感心するッス」


 リオが親指と人差し指と中指をこすって金のジェスチャーをしながら語る。

 このエルフ、金のことになると急にリアリストになりますのね。


「いえ、リオ様。グドルフ様の役割はお金だけでは決して計れません」


 守銭奴の言葉に珍しくジゼルが嚙みついた。

 普段と全く変わらぬ無表情だが、今回はその裏に熱い魂を感じる。

 闘技の話になるとこの冷血メイドは目の色が変わる。


「ジゼルは闘技が大好きですわね」

「はい。己の肉体一つ、他の全てを捨て世界最強という無意味な称号だけを追い求める方々にジゼルはトキメキます。そんな中でもステゴロを貫き頂点に立ち続けていたグドルフ様は強さの象徴でした。一対一での世界最強。それは生物としてのロマンです。ある種の真理を求め続ける求道者ともいえるでしょう。引退の時の『吾輩はリングを降りるのではない。次のステージへ上るのだ』という言葉もまさに強さという道を追い続ける彼の──」


「はい、そこトリップしない。みんな追いてかれてますわよ」


 やはりこうなりましたわね。

 いくら否定はご法度のブレインストーミングといえども過度の脱線は話が別だ。

 ワタクシは議論の軌道修正のためジゼルにストップをかけた。


「ハッ。こ、これは失礼いたしました。直ちに無言の書記に戻ります」

「いえ無言じゃなくていいから。極端なのよ貴女はいつも」

「はい、ではそこそこ喋る書記に戻ります」


 ジゼルが正気に戻ったのを確認し、ワタクシは議論を一段落させる。


「さて、良い案がいくつか出たしそろそろ学内の話題に移りましょう。誰かある?」


 ワタクシが問いかけるとすぐにジゼルの手が挙がった。

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