第6話 エロゲってなに?

「さて昨日の授業の続きからだが、諸君は覚えておいでかな? そう、人魔大戦終結後の人類連合第四の問題だったな。第四の問題、それは簡潔に述べると大魔王の覚醒だ。大魔王は魔族の中でも魔王と呼ばれる有力者たちの中から突如現れる。つまり、当代で最も強い力を持つ魔族は、次なる大戦の火種になりかねんということだな。あー、ここからはフラウ・ペトルスクロイツには申し訳ないのだが、中立な立場からみた客観的事実として許して欲しい。次期大魔王として現在最も警戒されているのが大魔王の娘、四天王が一柱、アルマ=ペトルスクロイツだ。だが“裏切りの”ペトルスクロイツとして知られている彼女は、人類連合の勝利の立役者でもあった。彼女の裏切り──もとい改心が無ければ勇者一行が大魔王を討つことは無かったからだ。魔族との融和を掲げた以上、ペトルスクロイツを処刑するわけにはいかない。しかし、かといって大魔王候補を野放しにしておくのは怖い。そう考えた連合が講じた策は、ペトルスクロイツを戦勝の功労者としてルーヴェンブルン王国の伯爵位に封じることだった。そして、その領地はノイエンドルフ公爵領のすぐ傍とした。つまり、大魔王の娘の首輪として勇者を利用することにしたのだ──」


「これ、アルハンブラ先生、全然慎重に語れてないッスよね」

「そうだね、ド直球だね」


 実習から一夜明け、私はリオとアルハンブラ先生の歴史学の授業を受けている。

 いつもと同じ窓際の一番日の当たる席で。

 

 昨日は医務室から蒼玉寮に帰った後、少しも絵を描けなかった。


 そして結局今朝の呼び出しにもツェツィは来なかった。私だけが先生の説教を受けた。内容は少しも覚えてないけど。


 それで今もボーッと講義を聞き流している。


 ツェツィ大丈夫かな? 

 ツェツィだから大丈夫かな。


 それだけが頭の中をぐるぐるぐるぐる回っている。


 ふと窓の外を見ると、何か紅いものが浮いているのが見えた。


 じっと目を凝らす。


 紅い紙飛行機だ。


 なんだ、ただの紙飛行機か。

 私は視線を戻し、虚空を見つめる作業に戻る。



 え? 


 

 一瞬スルー仕掛けた自分を正気に引き戻し再び窓の外を見る。


 紅い紙飛行機はまだ近くを浮いている。

 ここは地上からかなり離れた第二講義塔の七階だ。この位置に紙飛行機を飛ばすには時計塔の上から飛ばすしかない。


 そう、あの紙飛行機に魔法がかかっていない限りは。


風に遊ばれてイノセントゼファー


 私は小声で簡易呪文を唱え、紅い紙飛行機を引き寄せた。


 紙飛行機を広げると、連合統一文字でこう書かれていた。


『パメラへ。今すぐ学園聖堂まで来なさい。ツェツィより』


「先生!」


 私は文面を読むなり立ち上がり叫んだ。


「お、おう、どうしたフラウ・ペトルスクロイツ? ワシの教え方が至らなかったかね?」

「私、昨日の実習以降ずっと体調が悪いので早退します!」

「あ、ああ、そうかい。お大事に」

「パメラさん、全然不調に見えないッスよ、もっと演技して」

「ごめん、リオ、ノートと鞄よろしく!」


 私はそれだけ言うと何も持たずに窓から飛び降りた。


 講堂からクラスメイトの動揺が聞こえたのも一瞬。私はすごい勢いで落ちていく。


「風よ、我におおいなる翼を授けよ!大嵐の囁きミストラルソング!」


 誓願呪文を唱えると突風が吹き荒れ、私の体は乱暴に舞い上がる。


 私は大庭園の上空を横切り、湖畔にある学園聖堂へと飛んだ。


          ◆◆◆


「ツェツィ!」


 私は彼女の名を呼びながら学園聖堂の大扉を勢いよく押し開けた。


 正面には創世の女神様と使いの天使たちが描かれたステンドグラス。

 その前にはパイプオルガン。

 その前には司祭様用の祭壇。

 そして、その前には黒髪の女の姿があった。


 女は私の訪問に気づき振り返る。

 間違いなくツェツィだ。


「良かった、ツェツィ、無事だったんだ!」


 私は全力で駆け寄りそのままツェツィに抱き着いた。


「パ、パメラ、ちょっと大袈裟ですわ」


 腕の中のツェツィが少し苦しそうに声を上げる。

 彼女の返事の切れ味は私の想像のそれより遥かに鈍かった。


『ワタクシを誰だと思っていますの? それより呼んだらもっと早く来なさい。エントでも干からびる程退屈でしたわ』


 くらいは言われると思ったのに。


 まあいいや、ツェツィが無事なんだから!


 私はツェツィを解放すると頭を下げて謝った。


「ごめん! 久しぶりにツェツィと本気で遊べるってはしゃぎ過ぎちゃった!」


『ワタクシとの真剣勝負を遊びと思ってましたの? その謝罪こそが屈辱ですわ!』


 私の頭の中でツェツィの罵倒が響く。


 だが、実際に聞こえてきたのは穏やかな声音だった。


「いえ、ワタクシの方こそごめんなさい。パメラが怒るのも当然のことをしたわ。勝負の結果がどうあれ、フラウ・エルネストには必ず謝ります」



「────え?」



「ジゼルにも悪いことをしたわね。あの子には損な役回りを押し付けてばかりで」

「え? え?」


「昨日は大嫌いなんて言ってしまったけれど、貴女との本気を出し合える関係、嫌いではなかったのよ。むしろ貴女が本気を出さなくなってからは少し寂しくて、もう一度戯れてみたくて、だから食堂であんな愚かな嫌がらせをしてしまったの。どうか許して頂戴」

 

 お、おかしい。


 ツェツィがこんなこと言うハズがない、まさか自分を省みるなんて。

 

 夢か? 私は昨日痛めた腰を思い切りひねってみる。


「痛ッ~~~~」

「貴女、一体何をしていますの?」


「ねえ、おかしいよ。頭が悪いの? いつもの罵倒はどうしたの?」


「貴女ワタクシをなんだと思っていますの? ワタクシの頭は良いに決まっているでしょう? 罵倒を求めるなんて卑しいメス豚でしたの?」


「そう、それそれ、凄く良い! その調子だよ、ツェツィ!」


「まごうことなきメス豚の言動ッ! これは貴女の方が重症じゃありませんこと?」


「いやー、ツェツィがしおらしいこと言うもんだからホントにツェツィ? って心配したよ」



「……そう、やっぱり貴女もそう感じるのね」

「え?」


「貴女にぶっ飛ばされて目が覚めた、いえ思い出したというべきかもしれませんわね」

「思い出した?」


「そうワタクシが強大な力をもって生まれた意味を、この世界で成すべき使命を」

「う、うん?」


「パメラ、貴女とならきっとできるわ。いえ、きっと、貴女とじゃないとできない」

「は、はい?」



「パメラ、ワタクシと一緒にエロゲを作りなさい!」

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