第5話 ゆうやけこやけでまたあした


 目が覚めると私はベッドの上にいた。

 アレ? 夢? 

 どこから?


「痛ッ~~~」


 ベッドから起きようとすると全身に激痛が走る。

 あっ、夢じゃなさそう。

 骨折れてる?


「あ、起きたみたいッスね」

「リオ?」

「ハイハイ、パメラさんのビジネスパートナー、エルネスト商会のリオッスよー」


 私の隣には、礼装から制服に着替えたリオが座っていた。

 私は安堵して体を起こす。痛みが走らないようにゆっくりと。

 窓の外は西日が差し込み、夕暮れに差し掛かっていた。


「ここは?」

「あ、記憶飛んじゃってます? 修練場横の医務室ッス。さっきラファエル先生が診察してくれて、骨も大事な器官も大丈夫って言って出て行ったッスよ」


「え? じゃあなんでこんなに痛いの?」

「全身打撲でいいみたいッス。痛み止めはお仕置きとして無しということで」

「あのぐうたら天使めー」

「まあまあ、大事なかったってことで良かったじゃないッスか」


 既にこの場にいない校医に憤る私をリオが優しく諭す。


「そうだ、魔術実習は?」

「パメラさんたちの一戦で中央リングがボロボロになったんで中止ッス」


「え? 魔法の相殺は?」

「え? じゃないッスよ。相殺の風圧だけで被害甚大ッス。何で二人ともあんな本気出したんスか。お陰でアンタら二人、明日朝一で先生に呼び出しッスよ」


「だって先生が殺傷能力無いから怪我しないって……」

「いやアンタら、自分らが本気だしたらどうなるかって薄々わかっててやったでしょ」


 リオの問いに自問する。

 確かに先生の保証のせいにしてハメを外したかもしれない。


「うん、ごめん」

「ウチの身にもなってくださいよ、これ、ウチのせいで始まった喧嘩みたいなもんなんスから」


 リオは私から目を逸らし窓を向いた。


「起きなかったらどうしようって心配したんスから……」


「……リオ、泣いてる?」


 リオは丸眼鏡をはずして、目を袖で拭って、こちらに向き直った。


「泣いてないッス! まあでもパメラさんが約束守ろうとしてくれたのはちょっと嬉しかったッスよ。ありがとうございます、パメラさん」

「うん。どういたしまして────あっ」


 私はそう返事して、勝負の経緯を思い出す。


「そうだッ! どっちが先にリングから降りた?」

「へ?」

「それがツェツィとの勝負なのッ! 絶対リオに謝らせてやるんだッ!」


「うーん、二人が同時に吹き飛んだんでどっちがってのはちょっと……」

「じゃあ先に地面に付いたのはどっち?」


「それだったらツェツィーリエさんは真っ直ぐ観客席の壁に激突して、パメラさんは放物線を描いて観客席に突っこんだからツェツィーリエさんが先かもしれないッス」


 それを聞いて私は思わずガッツポーズをした。


「よっし、私の勝ッッ、痛ッ~~~~~~!」

「ほらほら急に動くから。ゆっくり動かないとダメでしょー」

「もう、おばあちゃんみたいな扱いすんなよー」


 そのバカみたいなやり取りに私とリオはクスクスと笑った。


「それでツェツィはどこ? ここにもういないってことは先に起きてるんでしょ?」

「それが……。ツェツィ―リエさんはまだ目覚めてないんスよ」



「…………嘘」



 私はリオの言葉に茫然となる。

 起きてない? あのツェツィが?


「あっちも明らかな異常はないらしいんスが壁に頭を強く打ったみたいで……。今は紅玉寮の自室でラファエル先生の診察を受けてて、絶対安静面会謝絶ッス」


「いやいやいやいや、あのツェツィだよ? 勇者の娘で、魔法も剣術も最強で、十二歳でドラゴンを倒して、傲慢で不遜で自己中で何物も省みない、向かうとこ敵なしのツェツィだよ? そんな頭打ったくらいで起きないわけな──」

「でも、人間ッス」



「──あっ」



「あっ、すみません。そういうつもりで言ったんじゃ──」


 そうだ、生まれた時から私はツェツィとずっと一緒だった。


 いつも一緒に遊んで、勝負も互角で、本気を出しあえるのも二人だけ。


 でもあの日、私が最後に本気を出した五年前のあの日、二人とも大怪我をした。


 翌日も私は遊びに行って、そして、初めて断られた。


 私の怪我は治ってたけど、ツェツィはまだ傷ついたままだった。



 そうツェツィは勇者の娘で、だけど人間で──。

 私は──。





 自分の耳の上を両手で触る。

 山羊のように渦巻いた立派な角が相変わらずそこにある。








 私は──大魔王の孫で、半魔族だった。

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