第4話 ぶっ飛ばせ! 魔術相殺実習!

 昼食後、私たちは実習の礼装に着替え、商都のコロシアムを模した修練場にいた。


 向かい合う紺碧の礼装を纏う蒼玉の私たちと真紅の礼装を纏う紅玉のツェツィ達。


 そして、石造りの中央リングの上で双子のレプラコーンの教師が講義を始める。


「来週の校内魔術対抗戦に備えまして、今日の実習テーマは魔法の相殺です、ハイ」

「まずはあちらの人形をご覧ください、ホイ。理力よ、彼の者を遠ざけよ。拒絶し合う泡沫リパルシブバブル


 小人の教師が誓願呪文を唱えると手元の空間が泡のように歪み、リング脇の案山子に向かって飛んでいく。

 ふわふわの泡に触れた瞬間、案山子の一本足が折れてふっ飛んだ。


「これが今日の実習用の魔術、これを相殺で防ぐのが今日の実習です、ハイ」

「相殺は魔法での戦闘時に防御の要となる重要な概念です、ホイ」

「同属性、同系統、魔法の性質が近ければ近いほど相殺は起きやすいです、ハイ」


「例えばドラゴンの火焔に有利属性の水の魔法で対抗するのは一見合理的ですが、魔術師組合メイジギルド熟達者マスター級でもなければ防ぎ切るのは困難です、ホイ」

「一方で炎の魔法で相殺すれば実はもっと少ない魔力で防ぎ切れるのです、ハイ」


「それではまずは見本を見せます、ホイ」


 双子のレプラコーンの教師──初対面で名前を存じ上げないので私は脳内で仮にハイ先生とホイ先生とした──は向かい合い距離を取った。


「「理力よ、彼の者を遠ざけよ。拒絶し合う泡沫リパルシブバブル」」


 二人がほぼ同時に誓願呪文を唱えると、二人の手元の空間がまた泡のように歪み、それがお互いめがけて跳んで行く。


 ハイ先生の泡はホイ先生の泡より大きく、ホイ先生の泡はハイ先生の泡より速い。


 二つの泡は二人のほぼ中間位で衝突するとポンッという音と共に弾け、柔らかな風を生み出した。

 遠く離れた私たちの髪がわずかにそよぐ。


「ご覧頂けたでしょうか? 今のが同属性の相殺です、ハイ」

「相殺のない場合と比べて極端に被害を軽減できたのが分かったでしょうか、ホイ」

「出力が近ければ近いほど相殺は起こりやすくなります。ですので実戦では後の先、相手の魔法の出力を見極めてこちらの出力を最小限に調整して相殺を狙うのが重要です、ハイ」


「しかるに今回はこのウスノロの泡が打ち合わせより大きそうだったので、ワッシが速さを調節したお陰で事なきを得たのです、ホイ」

「このボンクラの提示した泡の大きさでは、生徒諸君がよくわからない可能性があったのを実戦で察したアッシが泡を大きくしたお陰で、皆に良く伝えることできたのです、ハイ」


「お?」

「あ?」

「先生、続きをお願いしますわ」


 講義中に急に怒りが沸点に達しかけた二人をツェツィが制止し続きを促す。


「失敬。これから紅玉と蒼玉でペアを作ってこの相殺をやってもらいます、ハイ」

「今回ワッシらが使う魔法は殺傷能力のない無属性魔法ですので、怪我の心配も、術者との属性不一致もないハズです、ホイ」


「ただ魔力量は種族や才能などの先天的要素もありますので、誠に勝手ながら、このボンクラではなくアッシが既にペアを作らせてもらっています、ハイ」

「魔力量だけでなく個人個人の技量を加味して、繊細さに欠けるこのウスノロだけでなく、ワッシもペアに調整を加えておりますので皆様ご安心ください、ホイ」


「あ?」

「お?」

「先生、発表をお願いします」


 再び沸点に達しかけた二人を私が制止し続きを促す。


「失敬。ではこれがペア表です、ホイ」


 ホイ先生が指を鳴らすと蒼玉と紅玉の間にペア表が浮かび上がる。


 探すまでもなく私の名前は表の一番上に合った。

 そして、私のペアは──。


「まあ、当然ですわね」


 私と同じ感想を抱いたであろうツェツィが独りごちる。


「まずフラウ・ノイエンドルフとフラウ・ペトルスクロイツに実習してもらいます、ハイ」

「ではお二方、こちらへ、ホイ」


 ハイ先生とホイ先生がリングを降り、私とツェツィがリングに上がり向かい合う。


「一時間前に言ったこと、覚えてるよね、ツェツィ?」

「あら、そんな心配をされるなんて心外ですわ。この二ヶ月で腑抜けて人間とトロルの区別がつかなくなってしまったのかしら」

「うん。覚えてるならいい。それで相殺の実習だけど、勝敗はどうやって決めるの?」

「そんなこともわかりませんの? ワタクシたちは今やリングの上、でしたら──」


 ツェツィの周囲の大気が張り詰め、魔力が迸る。

 風なんて吹いてないのに刺すような寒気を全身に感じる。

 今すぐこの場から逃げ出したくなる重圧感プレッシャーが場を支配する。


「最後までリング上に立っていた方が勝ちに決まってますわ」


「うん、いいね。ツェツィのそういうとこ、嫌いじゃないよ」


「おバカさん。ワタクシはずっと大嫌いでしたわ。ここで白黒つけて、半端者のお守りなんてコレっきりにしてやりますわ!」


 私も魔力を解放する。本気を出すのは久々だ。

 そういえば何で私はやめたんだっけ──。


「余計なことはいいから! 全力で来なさい、パメラ!」


 ツェツィの叱咤が思考を遮る。

 そうだ、今はツェツィをぶっ飛ばすことに集中しなきゃ。


「うん! いくよ、ツェツィ!」


「「ちょっとちょっとちょっと、キミたち実習で何しようとしてんの!」」


 ハイ先生とホイ先生が今日一番シンクロした声を上げる。


「「理力よ、彼の者を遠ざけよ! 拒絶し合う泡沫リパルシブバブル!」」


 私たちはそんな先生の言葉なんて無視して同時に呪文を絶叫した。

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