第3話 紅玉の才媛
「ツェツィ……」
「今その名を呼ばないでくださる、フラウ・ペトルスクロイツ? 場を弁えなさい」
私があだ名を呟くと女は不快感を露にした。
公爵令嬢、ツェツィーリエ=フォン=ノイエンドルフ。
人間の勇者とルーヴェンブルン第三王女の一人娘。
人類最高級の魔術師。
王室剣術免許皆伝。
紅玉一、いや学園一の才媛。
「これはこれは、ノイエンドルフ様。従者殿にご心配を掛け申し訳ありません」
「ちょっと、リオ、なんで君が──」
被害を被った側であるハズのリオが逆に謝罪を述べ始める。
私の疑問にリオは答えない。
「あら“裏切りの”ペトルスクロイツとつるんでいるにしては礼儀が成っていますわね。覚えておいてあげますわ、貴女お名前は?」
ツェツィは私の家の異名を口にしながらリオに名を尋ねた。
「はい、リオ=グリュネワルト=エルネストと申します。以後お見知りおきを」
リオは深々とお辞儀をしてツェツィに名を答える。
私がリオの行動に納得できずにいるとリオは机の下で私の足をトントンと叩いた。
あっ、これ教室の時と同じか。
感づいた私が濡れた原稿を見つめると、滲んだインクが形を変え、文字を成した。
『強者におもねり弱者を貪るのが商人の生き様ッス』
ブレない答えだなあと思った。
まあリオがそれでいいならいっか。
「エルネスト? ああ、ということはあのエルネスト商会の」
名前を覚えるのが苦手なツェツィも、流石にエルネストの名は覚えていたようだ。
「父の装備の幾つかは貴女の店のモノだったわ。よろしくね、フラウ・エルネスト」
ツェツィは私の方に向き直り、優雅に腰を屈め扇子で口元を隠して耳打ちをする。
「お友達が死の商人の娘とは、やっぱり貴女にお似合いね、パメラ」
ツェツィのつまらない悪口に私は負けじと言い返して見せる。
「でしょ? リオは最高の友達だよ」
それを聞いてツェツィは綺麗な顔を少し歪ませた。
「そう、最高の……。そうね、とっても素敵なお友達だわ。世界征服が夢だなんて。描く絵も幼稚だったら発想も幼稚で本当に素敵」
それだけ言うとツェツィは私から離れた。
そして、その言葉で私は気づく。
「ツェツィ、君、さっきの私たちの会話を全部聞いていたね?」
「あら、亜人共の喚き声が騒々しい
ツェツィは威厳たっぷりに白を切ってみせる。
私はツェツィの側で直立するメイドのジゼルを見つめた。
ジゼルの持つプレートには空のグラスだけしか乗っていなかった。
「ジゼル、君達の昼食は?」
「申し訳ありません……」
私の問いかけにジゼルは目を伏せて謝罪だけを述べた。私は席を立って呟く。
「そっか」
間違いない、ジゼルが水を零したのはわざとだ。
それも、ツェツィの命令によって。
「ツェツィ、リオに謝って」
「ウフフッ、どうして? 水を零したジゼルはたくさん謝ってるわよ?」
「いやいやいやいや、いいッスよ、パメラさん!」
私の横でリオが慌て始める。
「よくない。私と母への侮辱は許す。でも私への嫌がらせでリオの夢を踏みにじるのは許さない。私の友達に謝って、ツェツィーリエ=フォン=ノイエンドルフ」
「ウフフッ、ホントにそのエルフと仲良しなのね。あのパメラ=ツー=ペトルスクロイツが。でもどうしましょう? 謝れといわれても何に謝ればいいか、皆目見当もつかないわ」
「ツェツィ!」
怒りで魔力の籠った私の声がキンッと食堂に反響する。
食堂の全員が一斉に耳を塞ぎこっちを見た。
両手のふさがったジゼルと、余裕の表情を崩さぬ目の前のツェツィを除いて。
「あらあら、そんなに怒っちゃって。ごめん遊ばせ皆様、お食事の続きをどうぞ」
ツェツィが周囲に愛想を振りまくと、皆ゆっくりと歓談を再開し始める。
生徒の視線が逸れたのを確認すると、ツェツィはパシッと扇子を閉じて提案した。
「じゃあこうしましょう。せっかく次は合同魔術実習なのだから。貴女がワタクシに勝てたのなら、お望み通り謝ってあげる。まあそんなことは万が一にもあり得ないでしょうけどね」
「言ったね?」
私は強くツェツィを睨みつける。
「ウフフッ、その目、久々に見られたわ。せいぜいその気迫を絶やさないことね」
ツェツィはリオに目線を移し、紅のスカートを少し摘まんで会釈する。
「それではごきげんよう、フラウ・エルネスト」
「あ、どうもッス」
ツェツィはそう言い残すと席に着くことなく食堂を後にした。
ジゼルは申し訳なさそうに私たちに一礼すると、ツェツィの背中を追いかけた。
「いやー、凄い迫力ッスね、ツェツィーリエさん。アレが勇者の娘ってやつッスか」
二人が去ったのを見届け、リオは大きく一息つき素直なツェツィの感想を述べる。
「噂通りというか、ちょっと勇者の娘にしては性格がアレでしたが……。まあウチとしては廃棄予定の原稿と引き換えに公爵令嬢に覚えて貰えたんなら上々ッス」
「ごめん、リオ。アイツ、私を挑発するために今日ここに来たんだ」
「え? そうなんスか?」
「学園に入学してこの二ヶ月間、一回も顔を合わせなかったのに、蒼玉と紅玉の合同実習の直前にこんなことしてくるなんて……」
「パメラさん、ツェツィーリエさんと知り合いなん──あっ、そうか」
「うん、幼馴染なんだ、ちょっと家庭の事情でね」
リオが察して、少しの沈黙が流れる。
そして、私は決意した。
「リオ、私、新聞の絵を描くよ」
「パメラさん、ああは言ったけど同情で無理はして欲しくないッスよ」
「ううん。同情なんかじゃない。私がツェツィに認めさせてやりたいんだ。リオの夢は世界征服できる最高の夢だって……。それと約束──」
私は大きく息を吸って宣言する。
「──ツェツィはこの後ぶっ飛ばす!」
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