サゲ

 九口がそっと座布団から退き、流れるように七星が座りました。


 〇


 お珠とお玉の仲も一年たったころ、猫のほうのお玉がいいました。

「ねえ姐さん、チョイとお願いがあるんです……」

「なんだいお玉ちゃん。藪から棒に」

「その三味線の腕を見込んで、アタイの里の祭りを盛り上げてやくれませんか」

 否やはありません。お盆となれば、生徒の皆々様も、やれ墓参りだ、やれ花火見物だ、やれ花火見物にかこつけた見合いだと忙しいのです。

「あたしはもう若くはないから、嫁入り前の娘さんたちみたいにはならないのよねェ。一人旅を引き留める人はいやしないし」

「それでこそ自由ってもんですよ」

「ものは言いようだ」

「猫の細道って言葉があるんですよ、ええ。つまり一見歩きにくそうでも思わぬ近道が、という意味です。猫の国の言葉なんですよ」

「猫の細道」

「そう、猫の細道です」

「猫のお里に、好い男がいるわけもないけれどねェ」

 道中のやり取りです。そうは言っても、お珠さんの足取りは軽やかでした。

「アラマア、もしかして江戸に行くの? 山の中の隠れ里とかじゃアないのねェ」

「猫の里は人の世の裏側にあるんでございますよ。ササ、こちらへ――」


 〇


 やっぱり七星の娘役は色っぽいナアと、誰ぞが口にし、七代目が髭をしごきます。

「こりゃ、細波が書いたやつだな」

「わかりますか」

 細波は薄く微笑みました。

「おまえ、女主人公が好きだろう」

るほうも、書くほうも、そうですね。色っぽいほうが熱が入りやす」

「むらがありすぎんだ、てめえは」

 畳んだ扇で、鈴生師匠はチョンと細波の額を突きました。視線と耳はずっと七星に向いています。

「あすこを九口から七星に変えたわけは? あンまんま九口にやらせりゃア楽だったろうによオ」

「これは師匠と七星さんの喧嘩ですからね。七星さんが師匠を誘惑せにゃア、意味がありませんでしょう? 」

「へっ」


 〇


「筋書きはこうだ……お珠は猫の国へ誘われ、そこで披露した演奏で猫たちの心を掴む。そしてこのまま猫の国に永住しないかと問いかけられる」

「音楽だけで? 」

「ちがう。三味線のもとになったお玉の母親の幽霊があらわれて、『この人はい人ですよ』と言うのだ。それですっかりお珠は猫たちの人気者になるというわけだ」

「それでどうなるの」

「一番好きな三味線を褒められる生業なりわいに生きるか、一番好きなものを自分だけの楽しみとして細々と生きるか。――七星さん、貴女アンタならばどうします」

 七星は、臭いものでも嗅いだように鼻に皺を寄せました。

「そりゃアタイに決めろってことかい? 」

「……でなけりゃ師匠は納得なさらんと思います」

 九口がおずおずと言いました。「細波さん、オチがつけやすいのはヒトの世に戻るほうでしょうか」

「そうだな。人の世に戻るということは、俗世で老いて死ぬということ。話としては綺麗にまとまるだろう。しかし七星さんのことも含めて見りゃ、猫の世に生きるほうを選べば、皮肉がきいてくると思いまさア」

 七星は、本番ぎりぎりまで長く一匹で考え込んでおりました。

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