第8話

「これはりんご飴でしょ――これは綿あめで――これはチョコバナナ!」


 街に着いて、早速デーヴィドくんが屋台の物を次々と買ってくれる。どうやら様々な国の屋台が揃っているみたいだけど、デーヴィドくんは意識して私の食べ慣れている物を選んでくれているようだ。買ってくれるというか、店主が暫くの沈黙の後何かに怯えて差し出している感じ。さっきから列を無視して店主から品を受け取っているのに、誰も怒りもしなければ注意もしない。


「デーヴィドくん、ちゃんと並ぼう?」


 罪悪感で後ろから声をかけると、デーヴィドくんが振り返ったけど――その瞳には嬉しそうな光が宿っていた。


「うん、わかった!」


 一緒についた屋台の最後尾で数分。デーヴィドくんのお尻から悪魔らしい尻尾がにょきっと生えた。かと思うと地面をたしったしっと叩き始め、その姿は猫を連想させた。


「えーと……そうだ。デーヴィドくん、クレープを買ってきてくれる?」


 きょとんとデーヴィドくんが私を見下ろす。


「二人で別々の屋台に並んだら、並ぶ時間は二分の一だよ」


 途端にデーヴィドくんの瞳がきらきらと輝きだす。


「買えたら待ち合わせ場所はあそこの赤い家の近くね」

「はーい!」


 魔界は物々交換で欲しいものを得るようだ。列の最先端に来て知り、私は結局何も買えなかった。

 そうして赤い家の近くで待つこと十数分。デーヴィドくんは戻ってこなかった。





「よお、姉ちゃん。美味しそうな物持ってるじゃないの」


 私はデーヴィドくんから貰った沢山の食べ物を抱えていた。悪魔って西洋って思ってたけど、東洋の食べ物も好むんだなあ。新鮮。


「姉ちゃん、何か願い事はないの? 俺が叶えてやるよ。対価としてそれは頂くが」


 鼻でくいっと腕の中を示される。


「願い事……家に帰りたいです」

「家? 家って人間界のってことか」


 目の前のちょっと厳ついお兄さん悪魔の口角が吊り上がった。


「いいぜ」


 わ、私、もしかして家に帰れる!? ……まだ、何も思い出してないけど。


「どうやって戻るんですか?」

「ああ、そこの角を曲がるだろ。それでまっすぐ行って、あっち行ってこう行って――まあ、行こうや」

「ちょ、ちょっと待って。クレープの屋台はこれから通るところにありますか?」

「いや、無いが。なんだ、食べたいのか?」


 食べたくはあるけど、それは帰ってからでいい。そんなことよりデーヴィドくんと出くわしたくない。

 それから二人は黙々と歩きだす。お祭りの賑やかさは全然遠ざからない。沢山の悪魔たちが街に集まってきているのだ。

 これで私家に帰れるんだ……!






「ところで私、自分の家の場所がわからないけど、お兄さんはわかってるんですか?」

「は? わからないってなんだよ――いや、まさかとは思うが、お前」


 そこまで言ったところで背後から爆破音が聞こえた。周囲の騒めきが大きくなる。


「お前、上級悪魔によって召喚されたとかじゃないよな!?」


 お兄さん悪魔の声に焦燥が滲む。


「それだったら何だって言うんですか?」


 それを聞いたお兄さん悪魔は私の手を強く握って走り出す。


「お前、それを早く言え! 記憶がないなんて上級悪魔に無理やり魔法陣を通された証拠じゃないか! 相手はそれだけお前を気に入ってるってことなんだよ。まずい、とんでもないのに手を出しちまった」

「は?」


 爆破音は私たちと同じ方向に、私たちより早く進んでいる。


「ああくそっお前遅いんだよ。騙して人気の無いところで美味しく頂こうと思っていたのに」


 そう言うや否や、お兄さん悪魔は私の手を放して飛び立った。


「何だったの……ていうか、私のお願いは!?」

「諦めな! 上級悪魔に好かれちまった時点で終わりなんだよ!」

「はあ?」


 いつの間にか爆破音はなくなっていた。周囲の悲鳴も止んでいて、後には恐怖に支配された空間が残る。

 一人取り残されて知らない場所で束の間心細さに支配されるも、既に聞きなれた声に緊張が解ける――はずがなかった。


「どうして逃げたの、優羽ちゃん」


 背筋がぞっとした。

 屋敷で感じたよりももっと酷い泥沼の底のようにどろっとした気配が背後に立った。

 ギギギっと音がしそうな固い首を捩じる。


「――デーヴィドくん」

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