第5話
「起きて」
額にちゅっと温もりが触れる。
「朝だから起きて。お願い」
今度は頬に温もりを感じる。
それでも目を開けないでいると、次は耳たぶからちゅっと音がなった。
「早起きするって言ったでしょ」
無視し続けると温もりは離れていった。安堵して眠りを再開させると、今度は耳たぶに鈍い痛みが走った。
「いっ――」
びっくりして目を覚ますと、右頬を綺麗な金髪がくすぐっていた。
どうやらデーヴィドくんが耳たぶを噛んだらしい。
「やっと起きた」
ふわっと笑ったその顔は天使で。
「悪魔だなんて信じられない……」
「ありがと。優羽ちゃんには優しくありたいからね」
「それでも私、魔王様の捧げものになっちゃうの?」
デーヴィドくんが眉尻を下げて笑う。
「だから、僕を頼ってくれればいいのに」
「頼る……?」
寝起きで頭が回らない。頼るってどういう事だろ?
デーヴィドくんのほっぺたがぷくっと膨らんだ。
「折角ヒントあげてるのに」
「ご、ごめん、何かな?」
デーヴィドくんの手が枕元に伸びると、昨日の魔法陣を取って私に押し付けた。
「例えば、僕に飼って欲しい--とか」
ああ、確かに昨日なんでもしてくれるって言ってたなぁ。
「って、飼ってほしいとは……」
「言葉通りだよ。僕の好きな人として、僕の部屋に鎖で繋いでおいてあげる! お兄様にも手を出さないように約束させるよ、どう?」
どうって言われても……確かに私には魔王に好きなようにされて捨てられるって未来が待ってる訳だけれども、デーヴィドくんに監禁される事になってもいつ捨てられるかわからない訳で。
目の前のデーヴィドくんはにっこり優しそうに微笑んでいるけど、目の奥は獲物を見据えるような目で恐怖心が湧き上がってくる。デーヴィドくんって凄い趣味を持ってるよね。いや、魔王様の方が凄いか。
「僕にお願いする時は魂は要らないよ! ただ優羽ちゃんがずっと傍に居てくれるだけでいいんだ」
魂を要求されずずっと一緒ってことは殺されず、捨てられないってことだ。それならそれでもいいかも--と思ったところで、ドアの向こう側からノックが聞こえた。
デーヴィドくんは作り物のように綺麗な笑みで私の唇に人差し指を立てた。
ノックは断続的に聞こえてくる。
これは返事をした方が良いんじゃ……と思って口を開くも声が出ない。--声が出ない!? どう頑張っても出てこない。喉の奥でつっかえてる感じ。戸惑っているとデーヴィドくんが囁いた。
「ちょっと声を押さえてるだけ。待ってて」
声は優しいけど、人形のようなこの笑みって実は怒っているのでは?
よくわからないから私も大人しくしていると、ノックの代わりにドアが乱暴に開く音がして肩が跳ねる。
「デーヴィド様! 気配はあるのにお返事は無いしドアも魔法で開かないようにするとは!」
「もおぉ怒ると思った! だからウィリアムでも開けられるように手加減したんじゃん」
「そのつもりなら最初からしないで下さい!」
ウィリアムさんはまだ怒りが治まらないようでドシドシ歩くと私を抱きかかえてドアから出ていった。
「えっデーヴィドくん、いいんですか?」
あっ声が出るようになってる。
「今すぐ入浴しなければ間に合わないんです。それなのにあの方と来たら嬉々として遊びやがって」
ああ、そうなんですね。お風呂までの道中、私の部屋まで行くのにどんな罠が仕掛けられていてどんな苦労をしたのかを沢山聞かされたよ。ウィリアムさんって大変だなぁ。
「ここです」
言うや否やドアを開けポイッと私を文字通り放り投げた。腰痛いよ!! 投げないでよ!!
「え、あの」
「私をデーヴィド様と一緒にしないで貰えますか。自ら人間の世話をしてやる物好きではありません」
私だったら寝てる最中に風呂に放り込んでやるのに、とぶつぶつ聞こえて鳥肌立ったよ! 寝てる最中にお風呂に沈んじゃったらどうするの!?
いや、そんなことよりも。私お風呂で何するのかわからないんだけど、ただ体洗うだけならこんな朝早くから入る必要ある?
「入浴後は爪を剥ぎやすく伸ばしたり、髪を掴みやすく伸ばしたりもするんですよ。やる事はいろいろあるので早く済ませてきてください」
ぇぇえ捧げられる人って、爪剥がれたりしちゃうわけ!? 私、今顔青くなってるんじゃない? 無理だ、早くここから逃げなきゃ。
「因みに」
は、はい、なんでしょう。心做しかウィリアムさんの瞳が冷凍ビームを放ちそうな目をしているような……。
「悪魔は貴方の心の内を読むことが可能なので、逃げ出すことなど考えぬように」
えぇぇそんなことが可能なんですか! うっひゃあ私が逃げ出そうとしてることバレてるぅぅ。
ってどうしよう、私絶体絶命か悪魔のペットしか道が無くないか……。
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