第4話
「優羽ちゃん、そんなに泣かないで?」
デーヴィドくんが私の目元を優しく拭ってくれる。でもその顔は嬉しそうなんだよなあ。
「デーヴィド様が荒い飛び方をなさるからですよ」
「えー! そんなことないよ。とっても楽しい飛び方をしたよ!」
その楽しい飛び方とは何か聞きたいところだけど、嗚咽が漏れてそんな余裕なんてない。
楽しい楽しい空の旅から戻ってきて、早速私はベッドに飛び込んだ。
荒い飛び方は確かに怖かったけれど、魔界に連れてこられて、私が魔王様の残酷な楽しみのために差し出されること、帰るには上級の悪魔と契約しなければならないことを知って涙が止まらなかった。
帰る方法があるならいいじゃないか、と思うかも知れないけれどそう簡単ではない。悪魔は基本的に人間が嫌いなのだ。気に入られる人間は極少数で、ここにいるウィリアムさんやデーヴィドくんも上級悪魔だけど、ウィリアムさんはどうやら私が嫌いなようで、契約には大きな対価を求められるらしい。「悪魔は交渉上手なのであなたみたいなポンコツはとんでもない対価を求められるどころか、願いを叶えてもらう前に食われてそうですね」だそうだ。デーヴィドくんは私を帰したくないって。
他の悪魔の前に出たら、私は魔王様の捧げものだから食われることはないみたいだけど、契約の前に魔王様のご機嫌を損ねることが問題らしい。
「詰んだ……」
「デーヴィド様なら魔王様溺愛の弟君ですので許されそうですがね」
ウィリアムさんはどうでもいいといった風に呟いた。
「弟君なんですね……」
正直魔王様の弟だからって驚いてなんかいられない。
はあ、と頭を抱えてベッドにうずくまると、枕元に置いたままの魔法陣が目に入った。
「これってどうやって使うの?」
びろんと指でつまんで見せる。
「特に呪文は要らないから、僕に来てほしいってお願いするだけでいいんだよ」
そしたらなんでもしてあげる、とデーヴィドくんが私の頬にキスをした。
「なんでも?」
「そう、なんでも」
「じゃあ、帰りた――」
「帰すのは無理だけど」
デーヴィドくんの手に口を塞がれた。
ですよね。
「ところで、お祭りの日っていつにあるの?」
あー、それ? とデーヴィドくん。
「明日だよ」
「明日!?」
どういうことだってばよ……。
「捧げものの準備には猶予を持ってするんじゃなかったの!?」
「うーん、僕としてはそのつもりなんだけどね、優羽ちゃんが思ったよりなかなか目覚めなくて……」
私のせいでしたか。それはそれは大変ご迷惑をおかけしました。
あ、じゃあさ、このまま私は目覚めなかったことにしたら、魔王様も諦めてくれたり?
「それはあり得ませんね。むしろ喜びそうですが」
「お兄様、きっと無理やり起こしてから楽しみそうだよねー」
いやいやいや。
悪魔は人間が嫌いなんじゃなかったの? それより聖なるものをぶち壊すほうがいいの?
「人間の持つ聖なるものをめちゃくちゃにするのが楽しいんだろうね!」
明日か……明日――。
「明日のいつ?」
「夜だけど、朝から身を清めたり、裂きやすくて魔王様好みの服を選んだりしなきゃいけないからね。明日は早起きしてね!」
わざわざ服を裂く必要ってありますかね。
「ということなので今すぐ寝ましょう。快適な睡眠を邪魔してはいけないので、私はこれで失礼します」
快眠のためだなんて一ミリも思ってなさそうですね、ウィリアムさん。目が生き生きとしてきましたよ。
「はーい、おやすみー」
ウィリアムさんが出ていくと、当然というようにデーヴィドくんがベッドに入ってきた。
「お風呂には明日入るからね。さ、一緒に寝よ」
ぎゅーっと抱き着かれて身動きが取れなくなる。
デーヴィドくんの超自然を超えた力で部屋のろうそくが消えると、今度は私の額を撫でられる。
「おやすみ、優羽ちゃん」
明日、本当に魔王様に会うのかな。
そんなことを思いながら、私の意識はふっと途絶えた。
ろうそくの炎みたいに。
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