第3話
「ここが僕の部屋だよ」
お城と聞いていたように確かにとんでもなく広いし豪華なんだけど、どっちかというと屋敷みたい。魔王様の部屋もさらっと案内されたけどここで生活をしているみたいで、離宮もないようだ。
「入る?」
楽しそうに笑って振り向いたデーヴィドくんの目は怖かった。瞳の奥が蛇のように細まった気がして。さっきから自分の現状把握に精いっぱいだったけど、ここでやっと帰りたいって気持ちが生まれた。
「私ってどうやったら帰れるのかな。お金もたぶん持ってないし……」
ここら辺の地形も知らないし。
さっきからなんとなく目をそらしていたけど、白くてちょっとすけすけなワンピ―スに裸足の恰好しているんだよね、私。こんな服を持っている記憶なんてないし、でもその前は何を着ていたのかも覚えてないし。そういえば、私ってここに来る前は何してたんだっけ?
「帰りたいの?」
「え?」
デーヴィドくんがきょとんと聞いてくる。
「何か、家のことを思い出したの?」
「ええ?」
「お母さんの顔や家の場所、自分の年齢とか思い出せる?」
言われてみれば全てがぼんやりしている。どうしてデーヴィドくんはそのことを知っているの。
「覚えているわけないよね。しょうがないよ。召喚した時に優羽ちゃんは魔法陣を通り抜けてきたんだけど、人間にはちょっと酷で一時的に記憶が混乱しているから。魔王様に会うときまでには思い出すだろうから、安心していいよ」
ファンタジックな単語ばかりで受け入れられないけど、私がおかしいのかな。デーヴィドくんとウィリアムさんがおかしいんじゃなくて? 夢でも見てるのかな。
「全然信じられないって顔してるね。頬っぺたつねってあげよっか?」
「いった!」
デーヴィドくん、それ抓るんじゃない、叩いてる!
でも痛いってことは私は本当にここに存在してるって訳で。
「わあ、だんだん不安そうな顔してきた。ふふ、可愛い。でも優羽ちゃんは僕のお気に入りだから、特別に優羽ちゃんのことについて教えてあげるよ! 僕は君のことならなんでも知ってるから」
優羽ちゃんの背中のほくろの位置だって知ってるんだよ、とデーヴィドくんが囁いた。
変態ですか?
「な、なんで知ってるの」
デーヴィドくんが私の体を見下ろす。
「優羽ちゃんを着替えさせたの、僕だし」
「……」
「ふふん、何でも聞いて!」
「デーヴィドくん、次の部屋の案内をしてもらっていいかな」
はぁい、とちょっと残念そうなデーヴィドくん。
いや……どんなに可愛くても、流石に肌を見られたら嫌だよ。私、下着はちゃんと自分のかな? くそぅ、今すぐ確かめたくてたまらない!
「ああ、そうだ。優羽ちゃんが目覚めるまでの間、お風呂に入れていたのも僕だよ」
声が出ず口がぱくぱくと動く。
――もう、何も思うまい……。
一通り案内してもらって始めの部屋に戻ると、ついてこなかったウィリアムさんはそこにいなかった。忙しいのかな。
デーヴィドくんはさっきからずっと私にべったりだ。
「デーヴィドくんは忙しくないの?」
「僕のお仕事は優羽ちゃんのお世話だから。これでずっと一緒に居られるね」
そういったデーヴィドくんの微笑みは天使のようだけど、時々私への執着が強く感じられるような……。私たち、初対面だよね?
「僕ね、僕ね、優羽ちゃんのことずっと見てたの! 泣く姿や叫ぶ姿、やらかして絶望する姿まで」
「あの、さっきから思ってたけど、そんなに悪魔になりたいの? 趣味が独特なんだね」
するとデーヴィドくんは顔を真っ赤にしてほっぺたを膨らませた。
「もお、本当だって言ってるでしょ! やっぱり信じてもらえないと嫌だ! こうなったら街も見に行くよ」
言うや否やデーヴィドくんはおててをぐーにして踏ん張る姿勢を見せた。
「――っ」
バサッと音がした。
目の前の光景に息が詰まる。
「どう? 僕の羽。まだ成長途中だけど、お兄様の次に立派になるつもりなんだ!」
「今も十分立派だと思うけど……お兄様って?」
「魔王様のことだよ」
デーヴィドくんの背中から生えた黒い羽は艶やかで、でこぼこの無い革のようになめらかだった。
「行くよ。来て」
そうして横抱きで窓から飛び立たれ、飛行するデーヴィドくんや空に浮かぶ三つの月を見て、私は魔界に来てしまったのだと理解せざるを得なかった。
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