第2話
「に、人間界?」
いやいや人間界なんて、範囲が広すぎる。ここだって人間界じゃないの。
「あはは。人間界って面白い言い方するんだね。お祭りの直前に連れてくるの? でも捧げるのなら少し前から取り掛かっておいた方がトラブルも少なそうだよね」
デーヴィドくんが楽しそうに少し癖のある髪を揺らした。
「だから僕、ちゃんと用意したの。今回のお祭りは僕が大きくなったから、捧げものを管理してって言われたんだよ」
「そうなんだ、偉いね。お祭りって屋台があるのかな。私も行ってもいい?」
「うん! 優羽ちゃんも参加できるはずだよ。とっておきの楽しい席を用意するから、楽しみにしてて」
「ありがとう。ところで私、名前教えたっけ?」
「だって、君だって僕たちの名前を会話から知ったでしょ。それと同じだよ」
そ、そっか? いや、なんか違うような。そもそも私、自分のことを優羽って呼んでたっけ。
ウィリアムさんの凍てつくような視線は更に濃くなった。
「私、さっき目が覚めて、気が付いたらここに居たの。ここはどこ? なんで私はここに居るのか知ってる?」
「ここはねー、魔界でね、優羽ちゃんは僕が連れてきたんだよ」
僕が連れてきた? 私を?
「どういうこと?」
情報を組み合わせると、捧げものを用意する係のデーヴィドくんが私を連れてきたってことになるけど、ただの偶然?
「そのまま気づかなければいいんですよ」
ウィリアムさん、相変わらず冷蔵庫にお住みのようで。
「そんなことを言ったらだめだよ、ウィリアム。優羽ちゃんには優しくしてあげないと」
「そんなことを言って、あなたが楽しみたいだけでしょう。それは魔王さまのために取っておかなくてはなりません。そろそろ切り上げ――」
「今回の捧げものは優羽ちゃんなの!」
ウィリアムさんの声を遮って聞こえた言葉は簡単に私の頭に収まってくれなかった。
「魔界とか魔王とか、設定が通っていて凄いね。それで、結局ここはどこなの? 私はなんでここにいるの?」
理解しない私にデーヴィドくんは怒ったようだった。
「本当だってば! 手っ取り早く悪魔の召喚を見せてあげるよ。これ、ここに置いて」
折りたためば持ち運べるくらいの紙の大きさにでかでかと魔法陣のような物が描かれている。
指示通り紙を近くの床に置くと、諦めたようなウィリアムさんが折りたたんだ紙を差し出した。
それは大きく、五芒星が描かれている。
「優羽さん、これ要りますか?」
「何ですか、これ?」
「悪魔から人間を守るための魔法陣です」
「ええっ! 僕は優羽ちゃんには悪いことはしないから、そんなの必要ないよ。僕、優羽ちゃんが好きなんだ」
いたずらっ子のような微笑でデーヴィドくんが部屋から出て行った。
「ほら! どう?」
ぱっと手足を広げたデーヴィドくんが置いた紙の上に現れた。
「うわあ、瞬間移動みたい。タネ明かしはしてくれるの?」
「だぁかぁら、本当なんだって! もう、信じてくれないならそれでいいけど」
デーヴィドくんがぶつぶつ言いながら紙を折りたたんだ。
「これ、僕をすぐに呼べる便利な紙なんだ。あげる。お守り替わりにどうぞ」
困ったときに呼んでね、と可愛いウインクもおまけでもらった。
「ありがとう?」
未だに魔界だなんて信じられないけど、ここがどこかはそのうち知ろうと思う。ほら、あるじゃん。電柱に町名とか。西洋でもあるのかな。
「そういえばここってお城みたいだね。旧ヨーロッパの」
「お城だよ! 案内してあげる」
デーヴィドくんが手を引っ張って部屋を出ようとする。
私はウィリアムさんがこっそりため息をついたところを見てしまったよ。
「あの……大丈夫ですか」
心労が凄そうだよね、この人。
「大丈夫です。いざとなったら殴ってでもあなたの記憶を消去させていただきますので」
ちょっと、今ウィリアムさんが悪い笑い方をしたよ! 楽しんでやがる!
まあでも、見た感じそこそこ広い建物のようなので私も負けないくらい楽しんで来ようと思うよ!
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